海をあげる

優しいひと

 夕刻になってから、医師からドクターストップがかかってハンガーストライキを中止することを決めたというお知らせが届く。元山さんは続行すると言ったらしいけれど、みんなが説得して元山さんはハンガーストライキをやめることを発表した。

「2019年1月19日17時、ハンガーストライキ開始から105時間が経過したところでドクターストップがかかりました。
 親、「辺野古」県民投票の会の役員、サポートいただいた周りの方々の意向を受け、ここでやめる決断をしたいと思います。」

 元山さんが何も食べずに、外で座り続けていた5日間、5つの街の市長たちは最後まで、自分の街の住民に投票させると言わなかった。
 でも、元山さんはもうひとつの布石をうっていた。ドクターストップがかかったというお知らせには、別の言葉も書かれている。

「市長の態度が変わらない中、県議会の皆様の動きに賭けたいと思います。」

 その発表から数日たって、県政与党からは辺野古新基地建設に「賛成」と「反対」に加えて、「どちらともいえない」を加えた三択案が提示された。「どちらともいえない」は、事実上の白紙投票と一緒である。自民党が難色を示しているなかで、公明党沖縄県本部の金城勉(きんじょうつとむ)県議が説得にまわり、最終的には県議会で全会派の賛成を得て三択案が了承された。ハンガーストライキのあと、元山さんの病室を金城県議は訪ねてきて、最後まで説得にまわると話して帰ったことも聞いている。その後、自分の住む街の住民には投票をさせないことを勝手に決めた5つの街の市長たちは、なだれをうつように県民投票へ参加させると発表した。
 翌週の辺野古の集会には、家族みんなで参加した。全員で投票したいという願いは叶ったけれど、その願いを叶えるためには、誰かがここまで身体をはらなくてはその願いは叶わない。政治を握られて、メディアを握られて、これからも正念場は続くのだろう。それでもその日は、みんな晴れ晴れと明るかった。

「もっと広げて、もっと直接社会に訴えるような活動をすることも必要だと思います」

 私はあの夏、元山さんにそう言われた。それはたぶん、元山さんだけの言葉ではないのだろう。元山さんにバトンを渡しただれかがいて、バトンを受け取ったひとはなにかをやって、それから他のだれかにバトンを渡してリレーは続く。
 私たちの島には鬼がいて、夜になるとそこらじゅうを歩き回ると娘は言う。ムーチーを食べると強くなって、鬼をやっつけることができると娘は言う。毎日ご飯をたくさん食べて、大きくなると娘は言う。
 私もいつか、元山さんの言葉に追いつくことができるのだろうか。これまでだれかがそうしてきたように、拳をあげるのではなく、吹きさらしのどこか、座るひとが求められる場所、元山さんがあの日ああしてひとりで座ったように、私もまた、ひとりで座ることができるのだろうか。

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