佐藤文香のネオ歳時記

第20回「項顕にす」「レインブーツ」【夏】

「ダークマター」「ビットコイン」「線上降水帯」etc.ぞくぞく新語が現れる現代、俳句にしようとも「これって季語? いつの?」と悩んで夜も眠れぬ諸姉諸兄のためにひとりの俳人がいま立ち上がる!! 佐藤文香が生まれたてほやほや、あるいは新たな意味が付与された言葉たちを作例とともにやさしく歳時記へとガイドします。

【季節・夏 分類・生活(ファッション)】
レインブーツ

傍題 レインコート

 雨が嫌いだ。外が明るくならなくて憂鬱、湿度が高くてさらに憂鬱、気圧も下がって調子を崩す、もちろん洗濯物は外に干せない、自転車だって使えない、傘が邪魔で忘れて帰りがちなどなど、考えるだにマイナスなことばかりである。そして、私にとってもっとも堪え難いのは、靴がぐしょぐしょになることだ。革靴はそもそも濡れちゃまずいし、ヒールのある靴は滑って危険、スニーカーは布地の部分から浸水する。帰路ならまだ帰宅してすぐに新聞紙を詰めるなりすればいいが、出勤や登校中にすでに水浸しとなると、足先から一日の精力がすべて出て行ってしまう気がする。さらにこの季節になると、「水虫」が夏の季語であることも思い出さずにはいられない。
 私の雨嫌いを知ってか知らずか、ある年の誕生日(私の誕生日は梅雨入り直前)、妹が長靴をくれた。日本野鳥の会のもので、かなりしっかりしたつくり。膝下まですっぽり隠し、カーキ色に「B」というロゴ(BirdのBだろう)がかわいい。以来、雨の日の外出はこの長靴一択となった。長靴を履くと決まれば、おのずと着る服も決まってくる。せっかくなので、傘も少しいいものを購入した。雨の日は雨の日にしかできないオシャレを、と考えることで、幾分か気が晴れた。
 金井美恵子さんの最新エッセイ集『たのしい暮しの断片』によると、金井さんもこの長靴を愛用しているという。

長い筒状の部分は裏が布張りになった薄い柔軟なゴム製で短く折り畳むとショート・ブーツになるし、長く伸せば、かなり強い雨の中を歩いても、足が濡れたりハネで汚れたりすることもない。   
(金井美恵子『たのしい暮しの断片』、平凡社)

 たしかにどんなにひどい天気の日でも、この長靴さえあれば、足への雨の侵入はない。その代わり通気性もよくないので蒸れはするから、帰宅したらブーツ用のドライペット(除湿剤)を入れるのをお忘れなく。
 ここまで「長靴」という言葉を使ってきたが、近年のオシャレなものについては「レインブーツ」と呼ぶのがふさわしい。レインコートを着る人は、レインブーツを履く人に比べたら少数派かもしれないが、雨でも自転車で小さい子供の送り迎えを余儀なくされる親の間では、前かごまですっぽり覆うポンチョタイプが流行っているようだ。
 雨は年中降る。けれども、この長い日本列島で、多くの地域の人が一定期間どうしても雨について考えてしまうこの梅雨という時期、少しでもご機嫌に過ごせるようそれぞれの知恵を出し合う連帯感は悪くない。レインブーツやレインコートは、私たちの味方である。

〈例句〉
barber日の出レインブーツの青が通過  佐藤文香
昇給や翌朝畳むレインコート