漫画家入門

第12回 カナダ

2018年5月

今月来月は、編集部の都合で、番外編のエッセイをお届けします。

 高校2年の1学期、僕は自分の身勝手で、極めて大切なことでA君を裏切ってしまった。謝る間もなく夏休みに入り、彼は単身アメリカへ旅に出かけてしまった。A君の親に帰国する日取りを訪ねても分からないという。当時は携帯やメールのような連絡手段がなく僕は夏休みが明けるのを待つしかなかった。しかし2学期が始まっても彼は登校してこなかった。学校帰りに彼の家を訪ねるとA君はすでに帰国していた。部屋から現れた彼は玄関の上がり框から無言のまま冷たい目線で僕を見下ろし微動だにしなかった。僕は土下座して謝罪した。僕がそのとき何を言ったのかよく覚えていない。とにかく凄まじい緊張感だった。しかし意外なことに彼は許してくれた。その後、どこかしこりは残したままで、核心には決して触れずに、しかし表面的には馬鹿話ばかりの日常に戻っていった。
 高校を卒業後、僕とA君は上京した。僕は大学のために東京の西のはずれに、A君はギターの専門学校へ通うため新宿のほど近くに住み始めた。窓から都会のビル群が見える彼の部屋に僕はたびたび遊びに行き、朝まで音楽や漫画の話をした。彼のギターテクニックは、その頃すでに僕には一生追いつけないほど卓越していて、エレキギターだけでは飽き足らず、少しずつクラシックギターへ傾倒していった。新たにバンドメンバーを集め、二人それぞれが作曲した曲を持ち寄り、何度かライブをしたが大した手応えもなく、デモテープを音楽会社に送ったこともあったが「何かのパクリ」と辛辣な言葉をもらっただけだった。それ以降、お互いの環境の違いと物理的な距離も相まって、徐々に疎遠になっていった。
 数年後、A君からメールが届いた。インドで狂犬病にかかって山奥の寺院で寝ているという内容だった。僕がそれにどう返信したのかは覚えていない。
 またあるとき、突然「今ちょうど東京にいるから会おう」と連絡があった。その頃、僕はどうにか漫画で生活できるようになっていた時期だったのだけど、彼は海外を転々としていて、そこで知り合ったというドキュメンタリー作家志望のフランス人の若者を連れて来ていた。僕は新宿の喫茶店で取材を受けた。それが形になったのかどうかは知らないが、世間話に花は咲いた。
 それからしばらく経って、僕が30手前になる頃だ。僕は資料写真を撮るために珍しく帰省していて、だだっ広い枯れた田んぼの真ん中を走る一直線の農道を一人で歩いていた。周囲は見渡す限り、どこまでも田んぼだ。とぼとぼと歩いているとまっすぐに伸びた農道の向こうから一台の黒い車がのろのろと走って来て、僕の横で止まった。僕は昔から絡まれ癖があるので、面倒なことになったら嫌だな、と少し身構えた。
「浅野じゃん」車の窓からA君が覗いていた。この時は違う意味で本当にどきっとした。話を聞くと、これまでオーストラリアで牧場の手伝いをする生活をしていて、つい先日帰ってきたばかりだという。少し世間話をして、さっき買ったばかりという携帯の電話番号を交換した。別れ際何か言われた気がするけどよく覚えていない。「じゃーな。もう会うことはねーと思うけど」そんな感じだったと思う。
 そして2018年、カナダで再びばったり会った。厳密には、A君の友人がたまたま僕のツイートを見て、それを彼に伝え、会うつもりはないけどとりあえず行ってみようとなったらしい。しかし出くわしたのは会場から離れた街角である。「なんかこっちにいそうな匂いがしたんだよ」そんなことを言っていた。今はカナダ在住だという。数分、彼の仕事の話や、こっちでの生活の話を聞いた。「お前、まだプンプンやってんの?」と聞かれたので、僕は「とっくに終わったよ」と答えた。別れ際に彼の携帯で写真を撮ったが、二人ともどこかポーズがメタルバンド風だった。「またどうせどこかで会うだろ」と僕が言うと「そうだな。じゃーな」と答えてA君は去っていった。
 僕は待たせている担当氏の元へ急いで戻ったが、しばらく呆然としていた。あの顔を見ると本当にドキッとするのだ。それはきっと、あの高校のときの緊張感がいまだに自分の中で継続しているからなんだと思う。今後、また会うことがあるかもしれないし、ないかもしれない。いずれにせよ腐れ縁だと思う。
 帰国の日、イベントの主催者の方が空港まで車で送ってくれた。僕は丸暗記のひどいカタカナ英語でお礼を言った。ほとんど伝わっていなかったと思うが、それが自分の精一杯だった。
 僕は人とコミュニケーションを取るとき、時折過剰に愛想を振りまいてしまったり、余計なサービス精神を発揮してしまう。その様は時に情けなく無様だが、それでも他人に好かれたいと思っている。自分の本性を知っているからこそ、他人から嫌われたくないと思っている。
 けどA君は例外だ。もはや何を話そうが、それらはすべて「うわべ」だ。だからあえて会う必要もない。偶然に任せるくらいが丁度いい。きっと彼も同じように思っているはずだ。歪んではいるが、そういう意味で僕は親友だと思っている。もし僕が死んで、遠い地でそれが彼の耳に入ることがあっても、彼は鼻で笑って一蹴するだろう。もちろんそれで良い。