『ドライブイン探訪』刊行記念トーク

橋本倫史×見汐麻衣
「ただ それだけのこと」

『ドライブイン探訪』刊行記念トークイベント

2019/3/20に福岡・本のあるところajiroで行われたトークを掲載いたします。

橋本 今回、「本のあるところajiro」でトークイベントを開催することになったきっかけは、お店の方から「いつか弊店で刊行記念のイベントをしていただけないか」とメールをいただいたことにあるんです。そのメールをいただいたその日のうちに「もし福岡でトークをするのであれば、見汐麻衣さんと」と返信して、今日の会が催されることになりました。

見汐 よろしくお願いします。結構飲む人なんですね?

橋本 結構飲みます。人前で話すのは緊張するからというわけでもないんですけど、ここまでのトークは毎回お酒を飲みながら話していて、今日も飲みながらトークさせていただきます。でも、僕はまだ今日3杯目ですけど、見汐さんはもう結構飲んできたんですよね?

見汐 はい。でも、ちゃんとおしゃべりできると思います。

橋本 僕が見汐さんとトークしたいと思ったことには、いくつか理由があるんです。この『ドライブイン探訪』は、文字通りドライブインを取材した本なんですけど、僕が最初にドライブインを巡り始めたのは2011年だったんですね。

見汐 それを聞いて、「そんなに前からやってらっしゃったのね」と、びっくりしました。

橋本 軽バンを持っている友人から「1ヶ月くらい使わないから、取材したいテーマがあれば使っていいよ」と言われて、「じゃあドライブインを巡ってみよう」と旅に出たのが2011年の夏の終わりなんですけど、数枚だけCDアルバムを積み込んで、そのうちの1枚が見汐さんが組んでいた「埋火(うずみび)」というバンドの『わたしのふね』というアルバムで。埋火は福岡で結成されたバンドで、見汐さんも九州にゆかりがあるということもあって、「ぜひ見汐さんと」とお願いしたんです。今日はトークが始まる30分前に見汐さんにお会いしたんですけど、そのときから緊張していて。ここまで『ドライブイン探訪』の刊行記念トークイベントをいくつか開催してきましたけど、ゲストにお呼びしたのは何度も話したことがある方ばかりだったんです。でも、見汐さんとはほぼ話したことがなくて。

見汐 ライブにきてくださる姿をお見かけすることは多々あるんですけど、橋本さんはだいたい飲んでらっしゃるから、話したことはないんです。

橋本 見汐さんは2017年3月から、高円寺の「円盤」というお店で「うたう見汐麻衣」という企画を隔月で開催されてますよね。『ドライブイン探訪』は『月刊ドライブイン』というリトルプレスが元になっているんですけど、この創刊号が刷り上がったのも2017年3月だったんです。僕はほぼ毎回「うたう見汐麻衣」を聴きに行って、見汐さんの歌を聴きながら考えていたことがあって、その話をぽつぽつできたらなと思っています。

見汐 私で大丈夫かわからないですけど、よろしくお願いします。

誰かの記憶が詰まった歌謡曲

橋本 ドライブインを取材するなかで感じたことはいくつもあるんですけど、その一つに、「歌っていうものは、ドライブインって場所と相性がいいんだな」ということがあって。『ドライブイン探訪』で取材したお店は22軒あるんですけど、そのうち2軒がカラオケを楽しめるお店なんですよ。

見汐 読みました。最初に『月刊ドライブイン』として出版されていたときに、橋本さんから1冊いただいて、それが面白かったので、他の号も中野にある「タコシェ」というお店に買いに行きました。それがこうして1冊になって読むと改めて面白かったんですけど、そこに歌のことがあって。

橋本 そのうちの1軒は現役のドライブインではなくて、ドライブインをされていた方の息子さんが店を引き継いで、現在はカラオケ喫茶として経営されているお店なんですけど、もう1軒はドライブインとして営業を続けながらも、夕方5時になるとカラオケが歌える店になるんです。そのお店を取材していたときに、歌とドライブインは重なるものがあるなと思ったんですよね。それと同時に、「これまで自分は、『歌とは何か?』ということをあまり考えずに生きてきたな」と思って。そもそも僕はあまり音楽になじみのない少年時代を過ごしていたんですけど、見汐さんは小さい頃から歌に縁があったんですよね?

見汐 そうですね、ありました。私は佐賀県の唐津市ってところで生まれて、小さいときに父親の実家に預けられて育ったんです。そのとき、おじいちゃんおばあちゃんに「幼稚園の皆が持っているオモチャを買って欲しい」と言えなかったんですね。どうしたらいいんだろうと思っていたら、「自分で稼ぎなさい」とおじいちゃんに言われて。そう言われても、「うん?」と思うじゃないですか。まだ3歳とかだったので、「稼ぐって何?」ということがまず一つあって、おばあちゃんに稼ぐってどういうことかと尋ねたら、「老人会で旅行に行くんだけど、そこで歌を歌えばおひねりというものがもらえるから、それでオモチャを買えばいいんじゃないか」と言われたんです。うちのおばあちゃん裁縫の先生をやっていたから、上等な着物をこしらえてくれて、それを着て歌ったんです。そうしたらお金が本当に飛んでくるんです。それでオモチャを買ったときに、「歌えばお金になるんだ」っていうことを刷り込まれたんですよね。今もそれを生業としているんですけど、ミュージシャンになりたいというより、そういう環境の中で歌えばお金になるんだっていうのが小さいときからあって、それをそのまま続けている感じなんですよね。

橋本 そういう場所で歌うとなると、自分はこの歌が好きだから歌うってことよりも、この歌を歌えばおひねりがたくさん飛んでくるなってことが基準になってきますよね。

見汐 三十何年前のおじいちゃんおばあちゃんは戦争を経験している人たちだから、日本が復興していく中で流行った「戦後歌謡」と呼ばれる歌を歌うと皆さん喜ぶし、泣いたり笑ったりされてたんですよね。それは自分が好きな歌かと問われると、そうではないわけですよ。でも、それを歌うと皆が喜んで、ちり紙に巻かれたお金がたくさん飛んでくる。そこで歌いながら、ただ単純に楽しいなと思ってました。

橋本 その戦後歌謡は、おじいちゃんおばあちゃんたちの記憶が詰まった歌だったということですよね。その歌を耳にすることで過去を思い出して、懐かしくなったり感極まったりして、それでおひねりが飛んでくるわけですよね。もちろん3歳の時点ではそんなふうに言葉で考えないにしても、そういう構造になっているんだということは当時から意識してたんですか?

見汐 うちのおばあちゃんは戦争が終わるまで満州にいて、小さい頃から「満州」という言葉は聞いていたんです。満州から引き揚げてくるときに、大変な思いをした話を聞かされたり、同じような方たちもきっとたくさんいて、たとえば並木路子さんの「リンゴの唄」を歌うと、きっとその人たちの中で思い出す何かがたくさんあって、それで泣いたり笑ったりするんだろうなということは幼心に感じていたんですよね。その思い出が苦い思い出なのか楽しい思い出なのかはわからなかったけど、きっと何かあるんだろうなということは、皆さんの表情を見て思ったりしてました。

橋本 それはつまり、自分は知らない誰かの記憶に触れるってことでもありますよね。それって結構すごいことだと思うんです。幼い頃は無邪気にやっていたとして、成長するにつれて「自分がやっていたのはそういうことだったのか」と気づいて愕然とする瞬間が訪れたりはしなかったんですか?

見汐 愕然と――。ちょっと話がズレますが、私の母親は飲み屋を経営していたんですけど、母親と一緒にいたいから、週末になると夜は飲み屋で過ごしていたんですね。それはちょうどバブルがはじける前の時期で、ものすごく田舎の店だったけど、繁盛していたんです。そこで歌うと、老人会で歌っていたときみたいにお金がもらえるんですね。お客さんの中にカタギじゃない人がひとりいて、その人は母のことが好きだったっていうのもあるとは思うんですけど、そのお客さんは私の歌を聴くと「明日から頑張ろうってほんとに思うんだ」と言ってくれていて。それを聞いたときに、大人も色々あるんだな、大変なんだなと思ったのはおぼえています。

記憶に触れることのおそろしさ

橋本 なんでその時代の話をしつこく聞いているのかっていうのは、理由があるんです。『ドライブイン探訪』で取材したお店は、少なくとも3回は訪れているんですね。千葉の南房総市に「なぎさドライブイン」というお店があって、そこも最初は普通にお客さんとして訪れて、2回目はちょっと長居をしてお店の方と会話をして、「実はドライブインのことを取材してまして、よかったら今度お話を聞かせてもらえませんか」とお願いをして、3度目に訪問したときに取材をしたんです。そうやって話を聞かせてもらった半年後、バラエティ番組から出演依頼があって、どこか行きたいお店はありますかと言われたので、「なぎさドライブイン」を再訪することにして。ロケの日、お父さんは常連さんを集めてくださっていて、遅れて到着した頃にはもう宴会が始まっていたんですね。到着するなり、お父さんはカメラに向かって「俺と橋本さんは一生の付き合いだから。な、橋本さん!」とおっしゃったんです。そう言われて嬉しくなるのと同時に、びっくりして。だって、3回行っただけなんですよ。「取材したドライブインを3回ずつ訪れている」と言うと、「そんなに丁寧に取材されてんですね」なんて言ってもらえることもありますけど、たった3回なんですよ。それで「一生の付き合いだからな!」とまで言ってもらえるって、一体どういうことなんだろうと。

見汐 何だろう。この本を読んでいて思ったのは、ドライブインをされてる方たちは橋本さんのように訪れる立場でなく、ひとつの場所に留まって迎え入れる立場じゃないですか。同じ場所で日々の営みというものを粛々と営んでいる側からすると、何度も足を運んでくれる人って憶えるし、興味が湧くと思うんです。母の店で過ごしていたときも、何度も来てくれる人がいたら、「このお客さん何してる人だろう?」と思ってましたもん。

橋本 『ドライブイン探訪』は、お店の歴史を聞き書きした本でもあるんですけど、お店を営んでこられた方の半生を聞き書きした本でもあるんです。「どういうきっかけで結婚されたんですか?」とか、そういう話も聞いているから、「一生の付き合いだからな!」となるのかもなとは思っていて。

見汐 身内とも話さないような、自分の歴史を語るんですもんね。著名な人であればよくあることかもしれないですけど。毎日粛々と営みを繰り返す場所に突然取材にきてくれるって、私だったら驚きと、ありがたいなという気持ちも湧くと思いますけどね。

橋本 今日はずっと、その「なぎさドライブイン」のことを考えていたんです。というのも、今度またバラエティ番組に出演することになって、その番組は千葉出身の方がMCだということもあって、そこでも「なぎさドライブインを紹介するのはどうですか?」と推薦していたんですよね。今日の夕方、スタッフの方からメールが届いていて、「確認のために電話をしてみたら、もう閉店されたみたいです」と書かれていて。『ドライブイン探訪』を出版する前にすべてのお店に電話をかけて、その段階ではまだ営業を続けていると知っていたから、そんなはずないと思ってすぐに電話をかけたんです。そうするとすぐにお店のお母さんが出てくれて、「そうなのよ、もう閉店しちゃったのよ」とおっしゃって。理由を尋ねると、「2月に入ってすぐ、主人が急になくなって、ひとりじゃ続けていくのは無理だから、もう閉めることにしたんです」と。1年前に「一生の付き合いだからな!」と言われたのが最後になって、そのあと「なぎさドライブイン」行けてなかったんですよ。取材したドライブインのうち、ほとんどのお店には出版社から献本してもらっていたんですけど、「なぎさドライブイン」と「ドライブイン扶桑」は比較的近くにあるのと、「一生の付き合いだからな!」と言ってもらったお店には直接渡しに行かなければと思って、本を送ってなかったんです。でも、渡せないままになってしまったんだなっていうことを、今日はずっと考えてました。

見汐 会いたい人にはね、すぐに会いに行ったほうがいいんだよ。場所もそうだけど、人も永遠じゃないんだもんね。

人生は「 あっという間」?

橋本 ドライブインで「一生の付き合いだからな!」と言われたことは、結構僕の中に残り続けていて、そう言われたからには「取材が終わったからもう行きません」では済ませられないなと思うんですよね。結局、行けないままになった僕が言っても、全然説得力はありませんけど、それでもそう思ったんです。人の心に触れてしまうことって、それぐらいの大きなことだな、と。さっき見汐さんに「どこかのタイミングで愕然としなかったんですか?」と聞いていたのも、それがあるからなんです。歌っていうものには、そうやって人の心に触れてしまう力がすごく詰まっているな、と。

見汐 自分がライブを観に行ったりしていると、音楽の場合は突然懐にグイッと入ってくる瞬間があるなと思うんですが。映画や本というのは、自分から観ようとしたり読もうとしたりしなきゃいけないけど、音楽は瞬間的に深くまっすぐ感性に刺さることがあるから、すごいものだなと思うんです。話が少し戻りますけど、「リンゴの唄」を聴いて皆が泣くっていうのは、私の歌を聴いて泣いてるんじゃなくて、その歌がきっかけで思い出すことがあるんだろうなと思います。

橋本 歌にはそういう強さがありますよね。一曲っていう短い単位に詰まっているものもありますし、もっと短く、あるワンフレーズを偶然耳にしただけで思い出されてしまうものがある。歌にはそういう持ち運びやすさがありますよね。それに比べると、本はやっぱり重くて、まずは「これを読んでみよう」と手にとってもらう必要があって、冒頭から順に文字を目で追って読んでもらう必要があって、何か一つの感慨を届けるまでに受け手に労力を払ってもらう必要があって。でも、歌は能動的に聴こうとしなくても、偶然ラジオから流れてきたり、街角で流れてきたりすることで、「ああ、この曲」って思う瞬間もあるじゃないですか。あの持ち運びやすさと、その一瞬で何かに触れることができる強さがあるなと思うんです。

見汐 それは自分がやっているときにも思いますし、人様のライブを聴いているときにも思います。どのタイミングでその曲に出会ったかによって、その曲を聴いたときに甦ってくるものは各々違うんだけど、音楽にはそういうすごさがあると思います。

橋本 音楽って、もちろんすごく長い曲もありますけど、4分か5分くらいのものがすごく多いですよね。その、5分なら5分にすべてを詰めるってこともすごいなと思うんです。特に歌謡曲であれば、誰かの人生や感慨が数分間に凝縮して詰め込まれていて、その詰め込まれ方がすごいな、と。それはドライブイン巡りをしていても感じるもので、ドライブインは60年代に創業されたお店も多いんですけど、そうすると半世紀近く続いてるわけですよね。そこで「この半世紀って、どんな時間でしたか?」と質問すると、皆さん「あっという間でした」とおっしゃることが多くて。それは僕の質問が誘導してしまっているところもあるのかもしれないですけど、僕からすると、50年って時間は途方もないものに感じられるんですよ。実際、そこには途方もない時間があって、途方もないほどいろんな出来事があったと思うんです。でも、それは括弧に入れて、「あっという間でした」と答えてらっしゃるんだと思うんですよね。その言葉の裏には、何かこう、「人生ってそういうものでしょう」という達観がある気がして。もちろんいろんな出来事があったけれど、それを語りだせばきりがないし、人生っていうのはそういうものだ、と。その達観と、数分間に何かを凝縮して歌にするってことはとても近いことであるような気がするんです。

見汐 何でしょうね。たとえば自分の人生について取材されて、「今まで何十年生きてきて、どうでした?」と聞かれたら、「あっという間でした」ってなりませんか? 日々いろんなことがあるけど、それは自分が望む望まないにかかわらず、「おぎゃあ」と産まれてきて、産まれてきたからには生きていかなきゃいけなくて、そのなかでいろんなことがあるでしょう? そうしたら、私はもう、「あっという間でした」としか言えないと思ってしまう。

橋本 そのことを考えると、自分はまだ子供なのかもしれないなといつも思うんですよね。「あっという間でした」と言うふんぎりがつかなくて、過去に撮った写真とかを見返しながら、「このときはこうでね」と事細かく言ってしまう気がするんです。でも、見汐さんのライブを観るたびに圧倒されていたのもそこで、「この人はきっと、『あっという間でした』と答えるだろうな」と思っていたんです。ほとんど話したこともないからパーソナリティは全然知らないですし、ライブで歌っている姿しか知らないから勝手な想像に過ぎないですけど、そう答えるだろうなとずっと思っていたんです。見汐さんは、ご自身で作られた歌だけじゃなくて、誰かの歌をライブで歌うことも多々ありますよね。たとえば江利チエミさんの「わたしの人生」という歌も時々歌われてますけど、あの歌詞にもすごくあっけらかんとしたものを感じるんです。そんなふうにあっけらかんとした態度に至れるのは一体どういうことだろうと、ドライブインを巡っているときにも、見汐さんの歌を聴いているときにも感じていたんですよね。

見汐 基本的に「死ぬまで生きる」ってことしか考えてないからですかね。この世に生を受けること自体自分の意思とはまったく関係のないことじゃないですか。あるときから自意識というものが芽生えて、逡巡しながら暮らしていろんなことがありますけど、過ぎてしまえばないものなんですよ。いくつで死ぬかはわからないけれど、最後は皆死ぬじゃないですか。等しく死ぬんです。そのとき自分が何を思い出すだろうって、酒場で友達と話したことがあるんですね。私はきっと、「大きい風呂敷で経た時間すべてを包んでいるけれど、風呂敷を広げて見てもその中には何もない」ってことしか思わないと思うんですよね。そう話したら、「いや、何かあるでしょ」と言われたんですけど、でもやっぱり、等しく何もないと思うんです。もちろん実際にはいろんな出来事があるし、自分がこの世からいなくなっても自分の作った曲は残るかもしれないけど、生きているうちに見聞きするすべてはその瞬間瞬間で完結するものだと思うので。「何かがあった」ということを包む風呂敷が残るだけで、その風呂敷を広げたら何もないと思う。

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