『ドライブイン探訪』刊行記念トーク

橋本倫史×向井秀徳
「記憶を探す、街を彷徨う」

『ドライブイン探訪』刊行記念トークイベント

2019/2/13にReadin' Writin' で行われたトークを掲載いたします。

橋本 ドライブインというのは、今残っているのは個人経営の店が多いんですね。40年、50年も家族で経営してる店だから、ちょっと家みたいになってるとこもある。常連のお客さんからもらったお土産が並んでたり、おそらく店のお子さんが好きだったのであろう、30年くらい前の漫画のポスターが黄ばんだ色になりながらも貼られていたり、時間の経過がすごく見える。僕はそこに何かを感じるから、ドライブインを巡ったんだろうなと思うんですね。じゃあ何でそこに何かを感じるようになったかというと、この15年、向井さんの歌を繰り返し聴いてきた影響が大きくあると思うんですよね。向井さんの歌には、ある街の風景の中に立っている「俺」がいて、そこで何かを感じているさまが歌われることが多いように思うんです。つまり、ただ街の風景を歌にするだけではなくて、そこにセツナミーを感じたり、ささくれ立った気分になったりしている「俺」のことが歌われている。それを繰り返し聴いてきた影響は大きいなと思うんです。

向井 街の見え方というのは、年齢を重ねるごとに変わってきたような気もするし、夕暮れ時にはこんな気分になるっていうのは変わらない部分もありますね。

橋本 向井さんはこれまで、CITYという場所を繰り返し歌われてきましたよね。向井さんはある時期まで佐賀に住まれていたわけですけど、高校を卒業して佐賀から博多に出るときとか、そこでバンドを組んで東京に出るとき、博多や東京という都市はかなりギラついた場所に映っただろうなと思うんですよね。その都市のギラつきというものを感じたことがある人は多い気がするんです。自分が生まれ育った町から、もっと大きな都市に出る、と。ただ、年齢を重ねるごとに変わってくるものがあるとすれば、CITYの見え方というのも向井さんの中で変わってきた部分があるんですか?

向井 街を変化させようとする勢いが確実に激しくなっているような感じというのは、肌で感じてますね。ただ、街というものは新陳代謝していくもので、しょうがないことなんだなとも思いますね。渋谷の再開発に対しても、「その再開発の波に乗っていかなければいけない!」という焦りみたいなやつはないんですよ。それはたぶん、年齢なのよ。もし若いときだったら、もっとガツガツした気持ちが生まれたかもしれない。でも、そういうのはないね。私は福岡から東京へ出てきてからずっと渋谷区民なんですけど、渋谷区にはなんとかアンバサダーという役割があるの知ってますか。昔、アンバサってジュースがありましたけど、ジュースじゃなくてアンバサダー。俺も渋谷区民だし、もうちょっと若いときであれば「何かをアンバサしたい!」と思ったかもしらんけど、全然思いませんね。

橋本 新しい潮流に乗っかっていくかどうかは別としても、なくなっていくものがありますよね。向井さんが出かけている銭湯というのもどんどん減ってますけど、ドライブインもどんどん減っていて。そこで「ドライブインが残って欲しい」と言えるかというと、「残って欲しい」とまでは言えないんですよね。では、なくなっていくものに対してどういう態度でいればいいかってことについて、ドライブインを巡りながら考えたんですけど、答えがなくて。

向井 答えはないですね。しょうがない。「諸行は無常である!」と言って、飲み屋で冷酒の一杯でも飲んでますよ。その一言で片付けようや。諸行は無常である。ただ、銭湯はね、流行ってるとこは流行ってますよ。家族が引き継いでいるわけじゃないかもしれんけど、建物をリニューアルして利用客が増えたりね。引き継ぐ人がいなくて畳んでしまうとこも多いけど、リニューアルして成功してるとこも多いですよ。たしかに、綺麗だしね。風呂入りに行って汚かったら嫌だね。汚い銭湯を「渋い!」とは思わないですね。汚ねえラーメン屋なら、それも味になるかもしれんけど。

橋本 向井さん、前におっしゃってましたよね。自分が九州にいた頃の基準だと、汚いラーメン屋にはハズレがないと思ってたけど、東京ではそれが通用しなかった、と。

向井 そうですね。やっぱ佇まいが渋い店だと――いや、でも、今はもうないですね。福岡でも、汚ねえ店はなんかまずいね。ウマい店は、古くさくてもちゃんと綺麗にしてますよ。MATSURI STUDIOの近くにもじいさんがやってる中華屋さんがいっぱいあって、よく昼飯食いに行ってたんだけど、ある日「都合により休業させていただきます」と貼り紙が出ててさ。ほどなくして「長らくのご愛顧いただきましてありがとうございました」って潰れてるのね。気合いを入れたラーメン屋さんというのもあって、そういう店は美味しいんだろうけどさ、行列ができてるわけだ。昼飯食うのはそういうとこじゃなくて、パッと入って「タンメン!」と注文して食うのがいいんだけどね。何の変哲もないただの中華屋のタンメンが好きなんだけど、そういう場所がまったく減ってるんですよ。食うところがなくなってきているということに、現実問題としてぶつかりますね。別に日高屋でもいいんだけど、なんかデジタルなんですよね。

橋本 向井さんは、ライブで日本各地を移動することが多いですよね。最初にバンドでツアーにまわったときは、ツアーに出るってこと自体がまだ珍しかったんだと思いますけど、そんな日々が日常になって、日常という言葉も通り過ぎるくらい当たり前になってくると、移動した先で目にする街の風景というのも見え方が違ってくると思うんですよね。僕が最初に原付で旅に出たときから、ドライブインはそこにあったと思うんですけど、その当時は移動すること自体が珍しくて、あんまり風景のことは見えてなかった気がするんです。でも、移動を繰り返しているうちに目が変わってきて、そこにあるドライブインが目に留まるようになったんだと思うんです。向井さんの中では、街の見え方が変わってきたところは何かありますか?

向井 またセツナミーの話になりますけど、自転車であちこち行っているとね、いよいよアパートが切ないなと思って。アパートですよ、アパート。中野区でもいいですけどね、細かい道に入ると、アパートがずらーっと並んでるのよ。そこを通るたび、その一室一室に住んでる人たちの生活が、なんかこう、よぎるわけですよ。どんなふうに暮らしてるのか、具体的にはわからんけども、自転車でサーッと行くたびに「いろいろなことがあるんやろうな」とよぎるわけですね。「このアパート、くるね」と。それは別に、形状じゃないんですよ。そのアパートが建設されてる場所も関係してるのかもしれないけど、「これ、いいね」と思うアパートがある。それをね、名づけてるんですよ。「おお、実にアパーティング・アパートメントだね」と。そうやってアパートに対して気持ちが入ることは今までなかったですね。それは自転車の速度感っていうのも作用してるんじゃないかと思う。歩いてどこかに行くとき、そういうことを考えたことはないからね。

橋本 きっと、ちょうど良いスピードがあるんでしょうね。車だと速過ぎるし、歩いているとそこまでじっくり観察しないという。

向井 最近好きなのは、たとえば「80年代 街」とかで、ネットで画像検索するんですよ。そうするといろんな写真が出てきて、「新車買いました!」ってときだろうね、当時の大学生みたいな人がプレリュードと一緒にニカッと写っているような、まったく個人的な写真もたくさん出てくる。もちろん全然知らない人ですよ。でも、そういった写真を見ると、なんとも言えない気持ちになる。自分の人生とは関わりがない人の記録がここにあるんだと思って、変な気持ちになる。それが好きで、よく見てますね。そうやって検索していると、街の風景の写真も出てくるんですよ。それが一体どこなのか、探すことを趣味にしてますね。

橋本 ああ、実際に探すんですか?

向井 あのね、Googleマップで探すんです。わかりやすいのは、電柱なんかに地名が書かれていればすぐ探せるんやけど、特に探し甲斐があるのは商店街ですね。商店街の風景って、基本的にどこも同じだからね。でも、最近は結構な確率でたどり着けるようになって、パッと見れば「これは何県だな」とわかるようになって。後ろに山の影が写っていれば「これは中国地方だな」と。

橋本 山の感じって、地域ごとに結構違いますよね。

向井 違うと思うんだよね。北海道は街のつくりが全然違うからわかりやすいけどね。「雪が降ってる、これは北だ」とかね。そうやってたどり着くのは、ひそかな楽しみですね。

橋本 最近、向井さんがバンドでも弾き語りでもよく演奏されている曲に、「amayadori」という曲がありますね。これは2008年にリリースされたコンピレーション・アルバムに寄せられた曲ですけど、その頃はあまりライブで演奏されてなかったですよね?

向井 ええ、してないですね。

橋本 でも、それが最近になって頻繁に演奏されるようになって。「amayadori」の歌詞には、降り続く雨の色を青だとイメージするけれど、それが実際には黄色であり、しかしながら他人から見ればあきらかにねずみ色である、といったフレーズが登場しますよね。他人から見ればあきらかにねずみ色で、実際には黄色であるものを青だと認識する。それを「幻を見る」と形容すると怪しい感じになってしまうけど、「天狗」という曲にあるように、他の人には見えない何かが、向井さんに見えるようになっているのではないかという感じがするんですよね。

向井 いや、そういうことでもない気がしますね。自分だけが幽霊のような存在になって、そこから世界を見ている――そういうことではないと思いますね。雨宿りをしている人たちが皆、それぞれ考えていることがあって、それが同時多発的に渦巻いている。「人間は一つの感情で構成されているわけではない」というのは昔から思っていることで、そういう歌も作ってきましたけど、「amayadori」で歌っているのもそういうことじゃないかと思いますね。私だけが離れたところから世界を眺めているわけじゃなくて、全員そうなんだと思う。それはアパート一室一室に対して何かがよぎるってことと近い気がしますね。いろんなことがあり過ぎてよくわからんけども、「でも、それが世界だろう!」って、それだけはわかる。私は別に、世界を理解しようとも思ってないし、理解する必要もないと思ってますけどね。

橋本 僕がやっている仕事はドキュメントで、ドライブインであればドライブインを一軒一軒訪ねて、そこにどういう生活があって、どういう時間が流れてきたのか聞いてまわる作業なんですよね。向井さんは、ある風景を目のあたりにしたとき、それを歌にするわけですよね。それは、ドキュメントとは根っこが違う作業だと思うんです。僕は、目の前にある風景に気になることがあれば、直接質問としてぶつけるんですよね。でも、向井さんはそうやって直接問いかけるわけではないし、問いかけることでは解決しない何かがあるってことだと思うんです。

向井 そうですね。そこで答えを知ったところで、「ああ、そうですか」となるだけだと思う。「なんでこんな気持ちにさせられるんだろう、教えてくださいよ」と、風景に対して問いかけることはないですね。答えを求めようとはしません。こういう感情なんだと説明できればすっきりするのかもしれないけど、それが説明できないから、歌を作って歌ってみようとするんだと思いますね。

2019年8月30日更新

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橋本 倫史(はしもと ともふみ)

橋本 倫史

1982年広島県東広島市生まれ。学習院大学卒業。2007年よりライターとして活動。また、2007年にはリトルマガジン『HB』を創刊。以降、『hb paper』、『SKETCHBOOK』、『月刊ドライブイン』などのリトルプレスを手がける。

向井 秀徳(むかい しゅうとく)

向井 秀徳

1973年生まれ、佐賀県出身。1995年、NUMBER GIRLを結成。1999年、『透明少女』でメジャー・デビュー。2002年、NUMBER GIRL解散後にZAZEN BOYSを結成。自身の持つスタジオ「MATSURI STUDIO」を拠点に、国内外で精力的にライブを行い、現在まで5枚のアルバムをリリースしている。著書に『厚岸のおかず』(イーストプレス)、『三栖一明』(ギャンビット)がある。
 

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