いづみさん

横溢する「いま」を刻む言葉と身体
『いづみさん』刊行記念トーク

PR誌『ちくま』の好評連載であった『いづみさん』(今日マチ子:マンガ、青柳いづみ:文)が5月にめでたく書籍化されました。そこで、連載時から読まれていて、青柳さんやマームとジプシーとのコラボもされている穂村弘さんに、読者代表として、あらためて通して読んだ感想など青柳さんとお話しいただきました。

■動物と人間のあいだで
―― 穂村さん、特によかった回とかありましたか?
穂村 繰り返しになるけど、全体的に言ってることがころころ変わる、その変わり方が好きかな。たとえば、3話(「北京」)の、アジアがいやだったけど好きになった、と思ったけどやっぱりいやだった、でも日本もアジアだ、みたいな(笑)。さっき言った誕生日の話もそうだし、あと18話(「欠点」)で、「今よりあとに起こることは今のわたしにはまったく関係がなく、あとのわたしが何とか解決するだろうと本気で思っているところがある。一瞬ごとにあたらしいわたしがぽこぽこと生まれ出て、これまでのわたしは死んでゆくけれど、あたらしいわたしも今以外のことの責任を負わないので、今よりまえに起こったことはすぐ忘れてしまう」とあるんだけど、これはつまり動物の生なんだよね。猫があくびをしようと肛門まるだしで歩こうとかわいいのは、前後を気にせずひたすら今を生きているからという気がする。青柳さんもそういうところがあって、でも人間なので、先の引用部に続けて「何かが苦しい、という感触だけが残っている」となって、そのすれすれさが魅力なんだと思う。すごく動物っぽさがあるんだけど、そこから人間になりそうな波動も随所に出ていて、主に外部から困ったことが生じたときに、声が出なくなったり、「わたしってなんだろう」と悩んだりしている。今日さんも「いつまで少女でいるつもり?」って(笑)。
青柳 なんか気がつくといつも怒られています(笑)。
穂村 嘘を書けないんだなというモードと、平気で嘘を書くというモードの切り替えもわかりそうでわからないところがあるよね。あまり中間の状態がなくて、突然大嘘書いてるなというところがある一方で、嘘書けないんだなという感じで本当のことを書いている部分がある。
青柳 中間ってなんですか?(笑)みんな中間なんですか?
穂村 なんか0と100を極端に行き来してる気がする。やっぱり離人症的に「いま、いま、いま」と生きていると、その都度別人みたいな感じになるのかな。たぶんその感覚が「青柳さん」を感じさせる文章になっている。
 最初はもっと書き飛ばしたような文章だろうと思っていたけど(笑)、すごく真剣に青柳さんの文章だった。
青柳 そこはちょっと人間が入っちゃったのかも。けっこう書き直したのもあるしね。
穂村 もっとすかすかの文章だった?
青柳 そうですね(笑)。
穂村 そこで人間になるしかないのかどうかという問題はあるよね。文章について言うと、僕は推敲をするわけだけど、推敲って三歩進んで二歩下がるとか三歩進んで四歩下がるようなことで、後者のように推敲する前のほうがよかったということはままあるのね。僕はそれでも推敲をやるしかないという考え方なんですね。つまり、人間になっていくしかないという考えで、そうでないというあり方には疑念を覚えるのね。ただ、それは言語表現だからというのはあって、舞台化が前提の脚本とか誰かが歌う歌詞についてはその限りではないと思う。しかし、印刷のみの言語表現の場合は、ひとは人間になっていくしかない、なぜならば言語そのものがそれを要求する、そこから完全に自由になれるほどの天才は見たことがない。宮澤賢治でも推敲の鬼になってしまう。だから文筆というのはある意味で凡才のやる表現ジャンルなんだよね。青柳さんの文章を読んでいて不安になるのは、青柳さんが舞台の上で日々受ける「おまえは人間にならなくてはいけない」とか「身体があることを思い出せ」とか「いつまで少女でいるつもり」という現実のフィードバックと、それを受け止めるようなはぐらかすような青柳さんの微妙な反応が生々しく伝わってくるからで、そこがこの本の面白いところだよね。

 

 

■なぜ沖縄に繰り返し行くのか
―― 文章においても、現実においても、というか、現実がそうだからそういう文章になるという感じで、青柳さんの絶対的に「いま」を生きる姿勢がうかがえた気がするんですけど、そのなかにあって、沖縄へのこだわりはなぜなんでしょうか。
青柳 なんでなんでしょうね。今年も行ったけど、また行くよ。行くとしんどくなるんだけど、行かなければいけないという気持ち。
穂村 なにがしんどくなるの?
青柳 なんでわたしは今ひとりでこんなところに来ているんだろうと。わたしは誰だったっけと思って、急にこわくなることがある。でもそういうこともすぐに忘れちゃうから、また行くんだよね。
穂村 生真面目さ、とも違うんだけど、ときどきそういう特性を感じることがあるよね。急に率先してトレーニングを始めたり物を片付けだしたり。後輩に模範を示すというわけでもないし、あれはなんなの?(笑)
青柳 わたし、そんなことしてるっけ? してるか。単にそう思ったからしてるだけだよ。何も考えてない。
穂村 文章も行動もランダムでありつつ一貫しているんだよなあ。

(2019年6月3日、筑摩書房にて収録)
 

2019年7月17日更新

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青柳 いづみ(あおやぎ いづみ)

青柳 いづみ

東京都出身。二〇〇七年、マームとジプシーの旗揚げに参加。二〇〇八年、『三月の5日間』ザルツブルグ公演よりチェルフィッチュに参加、以降両劇団を並行し国内外で活動。近年は演出家・飴屋法水や彫刻家・金氏徹平との活動、音楽家・青葉市子とのユニット、またナレーション、文筆活動なども行う。主な出演作に『現在地』、『部屋に流れる時間の旅』(以上チェルフィッチュ)、『cocoon』、『カタチノチガウ』、『sheep sleep sharp』、『BOAT』、「マームと誰かさん」シリーズや小説家・川上未映子との共作『まえのひ』『みえるわ』など(以上マームとジプシー/藤田貴大作品)。

穂村 弘(ほむら ひろし)

穂村 弘

1962年5月21日北海道生まれ。歌人。1990年に歌集『シンジケート』でデビュー。短歌のみならず、評論、エッセイ、絵本翻訳など広い分野で活躍。2008年に『短歌の友人』で第19回伊藤整文学賞、『楽しい一日』で第44回短歌研究賞を、『鳥肌が』で第33回講談社エッセイ賞を受賞。著書に『整形前夜』『現実入門』『本当はちがうんだ日記』『きっとあの人は眠っているんだよ』『これから泳ぎに行きませんか』『図書館の外は嵐』など。歌集に『ラインマーカーズ』『手紙魔まみ、夏の引越し(ウサギ連れ)』『水中翼船炎上中』など。

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