世の中ラボ

【第111回】期待の「歴史修正主義」批判本を読む

ただいま話題のあのニュースや流行の出来事を、毎月3冊の関連本を選んで論じます。書評として読んでもよし、時評として読んでもよし。「本を読まないと分からないことがある」ことがよく分かる、目から鱗がはらはら落ちます。PR誌「ちくま」2019年7月号より転載。

 南京虐殺はなかった、慰安婦は性奴隷ではない、先の戦争の反省や謝罪を示すのは自虐史観である……。この種の言説を「歴史修正主義」と呼ぶならば、その書籍での発祥は藤岡信勝+自由主義史観研究会『教科書が教えない歴史』(一九九六年、産経新聞ニュースサービス)だと私は考えている。翌九七年には「新しい歴史教科書をつくる会(つくる会)」が発足し、九八年には小林よしのり『新・ゴーマニズム宣言SPECIAL戦争論』(幻冬舎)がベストセラーになった。
 それからもう二十数年がすぎようとしている。その間にも、この種の本はめきめき増殖を続け、教科書から慰安婦の記述が消える、近隣諸国との関係を悪化させる、ヘイトスピーチを生む、など教育、外交、生活面でも具体的な弊害が生じている。
 右のような現象を考える上で無視できないのがいわゆる「ネット右翼」の存在である。匿名掲示板「2ちゃんねる」が開設されたのは九九年。修正主義の黎明とほぼ同時期である。
 こうした傾向を苦々しく感じる人も当然いたはずなんだけど、残念ながら、有効な反論が十分に展開されてきたとはいえない。本欄も含め、私自身、この種の本はわりと頻繁に批判してきたつもりだけれど、ほとんど何の役にも立ってませんからね。
 ただ、今年に入って少し風向きが変わってきた気がするのだ。四月に公開されたミキ・デザキ監督のドキュメンタリー映画「主戦場」の予想以上のヒットはその一例だろう。慰安婦問題を中心に、歴史修正主義者と彼らに対する批判者の意見を並列的に取り上げたこの映画は、修正主義のインチキ臭さをあぶり出す結果になった。
 映画だけではない。同様の問題意識に基づいた本が今年に入って何冊も出版されている。さて、どんなことが書かれている? 

着々と用意されていったネトウヨ的言論空間
『歪む社会』はジャーナリストの安田浩一と社会学者の倉橋耕平の対談本である。修正主義的な言説が台頭した過程を追った密度の高い本だが、メディアとの関係を語った箇所が私には新鮮だった。
 九〇年代後半をふり返り、安田は週刊誌の中堅記者だった当時、新人の言葉に驚いた経験を語っている。〈仕事をはずれた席で、「『戦争論』っていいですよね」とか「小林よしのりっていいですよね」と僕に語るのです〉。それまでも慰安婦や戦争について話す機会はあったが〈「日本が起こしたのはアジアに対する侵略戦争だよね」ということで、保守的な人も含めて認識はほぼ一致していた〉。〈そういう時代背景のなかで「従軍『慰安婦』って、いなかったんでしょう」と唐突に後輩から言われて愕然とした〉。
 かつては共有されてきた最低限の歴史認識が、なぜ崩れたのか。倉橋はこの時代の論壇誌の変化に注目する。〈「正論」は、大島編集長時代の九八年に、約四〇〇頁の誌面のうち10%も読者投稿コーナーを設けます。そんな論壇誌など、ほかにはありませんでした〉。また、小林よしのり『ゴーマニズム宣言』シリーズは、慰安婦に関して「さあ朝日新聞が正しいか? 産経新聞が正しいか?」と称して読者投稿を募り、慰安婦の「強制連行はなかった派」が八割に達したと発表、これをもとに作品を展開する。こうしたやり方は〈「参加型文化」と「集合知」と呼べるものだと分析できます。すなわち、九〇年代の右派・保守論壇は、通説の歴史に対して「みんなで考えよう」「みんなで考えたことを共有しよう」という姿勢を持って作られていったのです〉。
 この時代、インターネットの普及率はまだ高くなかったが、右のような現象が進行していたのだとしたら、「集合知」に依拠するネトウヨ的な言論空間はすでに準備されていたことになろう。倉橋は「つくる会」のディベート好きにも言及している。〈ディベートに勝つためには、その場かぎりの知識や論理だけが必要とされ、その他の要素や一貫性は無視してもよい〉し、二項対立のゲームだから〈妙な説や変な言い分の俗説であっても、科学的・客観的に検証されてきた通説と最初から同じ土俵に上がることができます〉。つまり俗説側は「下駄を履かせてもらえる」のだと。
 問題はこうした言論状況にメディアや言論人が鈍感だったことだろう。日本ではじめて慰安婦問題を載せたのは九六年、二三区すべてで採用されていた日本書籍の教科書だったが、「つくる会」などの攻撃により、二〇〇二年には東京都で同社の教科書を採択した区は一区まで減り、〇四年、同社は倒産する。が、そんな未来が訪れるとも知らず、〈僕ら週刊誌の記者たちは笑いながら「つくる会」の設立をながめていた〉(安田)。
 出版市場のピークは九六年。活字媒体にはまだ活気があったことも、余裕をカマしていられた原因だった。だがその後、出版物の発行部数は急激に落ち続け、代わってネットが台頭する。〈〇〇年代には歴史修正主義を盛りあげたり擁護するための方法がやたらと蓄積されていきました〉(倉橋)。
 右派言論界がこうしてディベートに勝つテンプレートを整えていく一方で、メディアの側も変化する。ひとつは出版不況に由来する商業主義の進行、もうひとつは編集者らの世代交代だ。〈元左翼の幹部連中が一斉に退職し、僕らの世代がデスクとかキャップになり、小林よしのりを評価する記者たちが取材の現場を歩く。そして、幹部連中に嫌な思いをさせられた僕らの世代の編集者が、自分の部下にはそういう思いをさせまいと、部下に対して放任になる。/結果として、小林よしのりを評価し、僕らに放任された人たちが、いまの大出版社で幹部になっているんですね〉(安田)。
 こうして粗製濫造されたヘイト本。で、左派は何をした?
〈何もできませんでした。取材や調査を重ね、何度も校閲をおこない、一冊二〇〇〇円から三〇〇〇円の本を作り、地道に売るのが常でした。そんな本が、一〇〇〇円前後で粗製濫造されるムックに対抗できるわけがありません。/乱暴な言い方になりますが、いま考えてみれば、左派も粗製濫造したほうがよかった〉(安田)。
〈本の現物だけではなく、広告の面でも右派が勝っています。/たとえば、電車の中吊り広告や新聞の広告欄を見ると、右派の雑誌広告が目につきます。違う雑誌の広告なのに、似たような見出しが並んでいることなど、ざらにあります。こうしたことを、左派はやってこなかったし、いまもやっていません〉(倉橋)。
 まったくその通り! というしかない。

惨状を打開する強力なツール
 はたしてこの惨状からの失地回復は可能なのだろうか。状況を変えるには「敵」を知るのが先決。『ネット右翼とは何か』は、同じ問題意識を共有する研究者らが、杳としてつかみどころのないネット右翼の実像を描き出そうした画期的な試みである。
 結論を先にいうと「四六時中パソコンの前にはりつく風采が上がらない男性」という一般的に流布する「ネット右翼」のイメージは、男性であることを除けば実像に即していない。
 社会学者の永吉希久子は、東京都市圏在住の20歳~79歳の男女七万七千人強を対象にした「市民の政治参加に関する世論調査」(二〇一七年)から、どんな人がネット右翼(中国・韓国への否定的態度を持ち、政治志向は保守的で、ネット上での意見発信や議論をする人々)になりやすいかを導き出した。それによると、若年層(20代)より中高年層(40代・50代)、正規雇用者より自営業者や経営者がネット右翼になりやすい(「ネット右翼とは誰か」)。さらに政治社会学者の樋口直人は「Facebook」のユーザー七百数十人の属性からネット右翼像を描いている。それによると、高学歴で(60%が大卒)、年齢は30代~50代が働き盛りがほとんど。六分の五は男性で、職業が判明した二百数十人の約半数が自営・経営者だった(「ネット右翼の生活世界」)。
 ネット右翼=若年層ではないという事実にホッとする半面、働き盛りの男たちが主流らしいのは「敵の手強さ」を示してもいる。安田浩一がいうように、それは10代、20代で小林よしのりに出会った世代が年齢を重ねた結果ともいえそうだ。
 一方、今日の惨状に、山崎雅弘『歴史戦と思想戦』は風穴を開けようとした本である。前二冊が歴史修正主義の台頭を苦々しく思う「ホーム」の読者向けだとしたら、本書はいわば「アウェイ」の真ん中に乗り込んで、修正主義への反論を試みる。
 産経新聞にならって、歴史修正主義を「歴史戦」と山崎はいいかえる。「歴史戦」とは中国政府や韓国政府による歴史に関連した日本批判を「不当な攻撃」ととらえ、〈自国中心の戦闘的な態度で過去の歴史と向き合う〉やり方のこと。「歴史戦」は戦時中の「思想戦」や「宣伝戦」とも同型であることを念頭に置きつつ、焦点となるトピックに、山崎はていねいな反証を加えていく。慰安婦、南京虐殺、東京裁判史観、コミンテルン脅威論、GHQの陰謀……。「自虐史観」の「自」とは何かを論じて彼はいう。「日本」というが、それは天皇を中心とした戦前戦中の「大日本帝国」と、民主主義国に生まれ変わった戦後の「日本国」に分断されている。である以上〈戦後の「日本国の日本人」が戦前や戦中の「大日本帝国」を批判しても、それは「自分で自分を虐めるマゾヒズム」にはまったく当たりません〉。なかなか鮮やかな切り返しである。
 ただし、そうはいってもだ。この本が粗製濫造本と広告攻勢による右派の一人勝ち状態に対抗できるかというと、心許ない。本としては、これでもまだ難しすぎるし長すぎるのだ。ディベートでも歴史戦でも、少なくとも右派は戦いには本気だったし、読者をノセる技術には長けていた。学ぶべきはその二点だろう。せっかく危機感を共有する気運が出てきたのである。歴史修正主義を粉砕する強力なツールが、さらに増えることを望まずにはいられない。
 

【この記事で紹介された本】

『歪む社会――歴史修正主義の台頭と虚妄の愛国に抗う』
安田浩一+倉橋耕平著、論創社、2019年、1700円+税

 

〈通説をねじ曲げ、他者を差別・排除し、それが正しいと信じる。そんな人たちが、なぜ生まれるのか?〉(帯より)。『「右翼」の戦後史』などで右翼の周辺を取材してきた安田(六四年生まれ)と、『歴史修正主義とサブカルチャー』で歴史修正主義の話法を分析した倉橋(八二年生まれ)の刺激的な対談本。九〇年代から今日までの歴史修正主義台頭の経緯と右派言説の特徴を整理する。

『ネット右翼とは何か』
樋口直人、永吉希久子ほか、青弓社、2019年、1600円++税

〈誤ったネット右翼像を刷新する――。八万人規模の世論調査、「Facebook」の投稿、botの仕組みなどを実証的に分析して、愛国的・排外的な思考をもち差別的な言説を流布させるネット右翼の実態をあぶり出す〉(カバーより)。二〇一八年六月に行われたシンポジウムをもとにした、六人の著者による論考集。キモヲタ、独身ニート、無職……といった従来のイメージが覆される。

『歴史戦と思想戦――歴史問題の読み解き方』
山崎雅弘、集英社新書、2019年、920円+税

 

〈「従軍慰安婦はいなかった」「南京虐殺はなかった」「GHQが日本人を洗脳した」……それってホントなの?〉(帯より)。著者は戦史・紛争史研究家(六七年生まれ)。歴史を「事実」や「学びの対象」ではなく「戦場」と見なす思考形態を「歴史戦」と呼び、彼らの思考形態のどこがどう変なのかを読み解いた労作。ネトウヨになってしまった家族や知人に手渡すと効果的かも。

PR誌ちくま2019年7月号

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