加納 Aマッソ

第16回「タイトルだけで何がわかる、タコが」

 2005年、国立国会図書館で児童ポルノにあたる可能性がある本の閲覧が禁止されたというのを、何かの関連記事で目にした。当時そのニュースを見たという覚えはなく、メディアでどの程度報じられ、議論が巻き起こったかはわからない。しかしそこは天下の国会図書館、該当するとみなされた本も処分されることはない。おそらく今も、私たちの目につかないような怖ろしいほど暗くてひんやりした奥の書庫に、丁寧に収蔵されているだろう。ザ行の棚かパ行の棚か。それともChildのCの可能性もある。棚の側面には、傷ついた子供が泣いてるようなイラストが描かれている、ようなことは多分ない。
 児童ポルノ規制のあり方を論じるのは他人に任せるとして、大事なのはそれらの選別時の様子だ。白いヒゲが床まで伸びたヨボヨボの老館長が法務省からの指摘を受けて、争う気配を寸分もみせず、即座に閲覧禁止という決断を下し、「じゃキミとキミで、お願いね。今月中ね」と持っていた杖で指して、選別作業要員に男二人を任命した。図らずも同期入社で犬猿の仲、犬塚(27)と猿丸(26)である。
 犬塚は、時間をかけて一冊一冊めくりながら、明らかにアウトな本と、どうやらセーフな本、そして審議の余地あり、の三つに分けて山を積み上げていく方法をとっていた。かたや猿丸はパソコンに向き合い、本のタイトルの淫猥さで判断して、テンポよく表を作成していった。
「ありゃあ衝突するのは時間の問題だぞ」と、そこで働く誰もが思ったが果たして、その日はすぐにやってきた。作業に取りかかりはじめてから二日目、最初に動いたのは、相手の効率の悪さにしびれを切らした猿丸だった。「そんな事やってっと終わらねーだろうが」と、座り込んで作業する犬塚の前に立って文句をつけた。一度は無視をした犬塚だったが、猿丸の「聞いてんのかよ」に弾かれたように顔をあげ、「タイトルだけで何がわかる、タコが」と睨みつけた。犬から発せられた蛸によって猿が鬼になり、アウトとみなされた本の山から、一番上の本を手に取って、床に叩きつけた。「『みいちゃんのアキレス腱』がエロいわけねーだろ!」「中を見てみろ、みいちゃんがこう言ってる。『アキレス腱以外全部見せちゃった……』これは桐島、部活やめるってよ方式だ。アキレス腱以外全部出してるんだよ」「そんなタイトルじゃ誰も手に取らねーから関係ねぇよ」「みいちゃんの気持ち考えたことあるのか」「知らねえよ! これに出すって決めたみいちゃんの親に言えよ!」「そもそも児童ポルノの“可能性がある”かどうかを見てるんだ、十分これだっ……」「黙れ! 論理的に喋んなむかつく」双方譲らずに、今にもつかみ合いになるかと思ったその時、通りかかった老館長が、「アキレス腱は、えっちだねぇ〜」と言い残して去った。突如訪れた沈黙の中に、老館長が残していったほのかな仁丹の匂いが混じっていた。
 ボスの性癖吐露によって選別作業に追加された本は数千にも及んだ。未成年選手のスポーツ記録に関連した本の棚はもぬけの空になり、二人は初めてくるぶしソックスの開発者を恨んだ。期限であった一ヶ月はとうに過ぎて、季節は春から夏へと変わった。いがみ合っていたことも忘れ、二人はひたすらにページをめくっていた。周りの職員は「すっかり働きやすくなった」と口々に言った。老館長は、没頭している二人の後ろにそーっと冷えたほうじ茶を置いて、これでもう思い残すことはないと、静かに微笑んだのだった。
 あれから14年。今年の遅い梅雨明けとともに迎えた老館長の命日には、お墓の前に、東京オリンピックの女子陸上の当選チケットが2枚、供えられていた。

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