『ドライブイン探訪』刊行記念トーク

橋本倫史×藤田貴大
「町に残る、町を出る」

『ドライブイン探訪』刊行記念トークイベント

2019/3/17に早川倉庫で行われたトークを掲載いたします。


誰かの記憶を書き記すことの責任の重さ


藤田 『ドライブイン探訪』を読んでいると、たとえば「入院することになったけど、手術は無事成功した」っていうところで終わっているドライブインが出てきますよね。この本は記録だから、こうやって本になってしまうと、その夫婦は本の中ではその瞬間で止まるわけじゃないですか。橋本さんはそれをわかった上で書いてるんだと思うけど、「手術が成功してよかった」と書くってことは、いつか訪れてしまう良くないことに向けての記録でもあるわけじゃないですか。それってすごく重たいよなと思うんです。


橋本 今話してくれたのは、奈良にある「山添ドライブイン」の話で。そこはご夫婦で経営されているお店なんですけど、富美代さんという女性が手術を受けられて、しばらく休業してたんです。『月刊ドライブイン』として出してきたものを『ドライブイン探訪』にまとめるとき、去年の年末頃、ここに掲載するすべてのお店に電話をかけたんです。本になることになったんですけど、掲載させてもらってもいいですかと。そうすると富美代さんは「年末からまた入院することになったんです」とおっしゃっていて。先月、「山添ドライブイン」を再訪して富美代さんに会ってきたんです。手術は成功されたけど、入院しているあいだに体力も落ちているから、再開するまでもう1ヶ月はかかるとおっしゃっていて。そこは地元のお客さんが通うドライブインなんですけど、休業しているあいだ常連のお客さんたちは別のお店で食事をするわけだから、そこに流れてしまう可能性もある。だから「いつまで続けられるかわかんないけど、できる限り続けていこうと思います」と富美代さんはおっしゃってましたけど、どんなお店だっていつまでも続くってことはないわけだから、10年後か100年後かわからないけど、どこかで終わる決断をするわけですよね。こうやってドキュメントを書くということは、あくまで「現時点ではまだ続いている」という時間を記録するということでもあるんですよね。


藤田 今の話を聞いていて初めて思いましたけど、この本はここに出てくる1軒1軒にも届けられているわけだから、たとえばその夫婦の息子さんとかが読みうるわけですよね。それを読んだときにどんなことを思うのかなって考えると、ものすごいことだなと思いますね。


橋本 それで言うと、この本の中に津山の「ドライブインつぼい」というお店が出てくるんです。本をお送りしたあとで、そのお店を創業した女性の息子さんからメールが届いて、そこには「妻が今は少し認知症の母に読んであげて その間 母は 涙をポロポロこぼしながら 遠い過去を想い出しているのだろう 妻富士子もいつの間にか涙声で…」と書かれていたんです。それまで感じていなかったわけではないんですけど、自分がやっていることの重さをもう1回考えさせられた気がします。


藤田 そうですよね。それぐらい責任あることはやっちゃってますよね。ほんと、やっちゃってると思いますよ。やっぱ、やらないもん。今の話を聞いていても、誰かのことにそんなに具体的に踏み込むことっていうのは、僕はできないですね。


橋本 でも、藤田さんはもともと自分の記憶をモチーフに作品を作ってましたけど、ある時期から誰かの記憶を扱う作品も作ってきましたよね。さっき話に出た、北九州の人たちと作った『LAND→SCAPE』も、2016年の夏に京都で作った『A-S』も、『IL MIO TEMPO』という作品も、出演者たちにインタビューして、そのエピソードを編集して作り上げた作品でもありますよね。そこで誰かの記憶を扱うことはどんな感覚がありますか?


藤田 やっぱり、すごく責任が伴うものだなと思っているんだけど、記憶というものには噓が入っていることもあると思うんですよね。それが現実なのか噓なのか、その微妙な境界の部分がすごく好きなんですよね。言ってしまえば、誰の話を聞いていても、噓を聞いているような気持ちにもなるんです。もちろんほんとうのことを言ってくれてるんだと思うけど、僕は演劇という観点からしか物事を捉えられなくて。


橋本 演劇というのはフィクションでもあるし、そこで語られることが事実か否かというのは一番重要なポイントというわけではないですよね。


藤田 誰かの記憶を聞いたとき、それを演劇にするにはって観点でしか考えられないから、「このエピソードは、今の僕には無理だ」みたいなこともあるんですよね。だからやっぱり、橋本さんほど「誰が何年に亡くなって、何年に何があって」という表現にはならないところがある。
今の時代から振り返ると、昭和っていう時代がフィクションみたいになってくるじゃないですか。そういうフィルターがかかったことが『ドライブイン探訪』って作品全体に漂っていて、途方もなく昔の話を読んでいるような気持ちにもなるけど、でもそこには現在進行形の感情があるってことも書かれていて。昔のことを振り返って話すと、どこまで本当なのかわからなくなるところがあると思うんです。その話を構成している一つ一つの部品は本当だとしても、どこかが肉付けされていたり、自分が一番言いたい感情を強めに言っていたり、周りから見ればそうじゃないことも本人の主観ではそういうことになっていたりするじゃないですか。でも、橋本さんはできるだけそういう部分を文章上で削いで書くから、そのトーンがやっぱ良いなと思うんですよね。


過去と現在と未来、三つの時間のつながり


橋本 この本はドライブインの店主たちに聞き書きしたものですけど、そのすべてを文字にしているわけではなくて、当然取捨選択をしてるんですよね。何を基準に選ぶかというと、やっぱり、自分が責任を負える範囲で言えることと言えないことがあって。本を出して、何度か取材を受ける機会もあったんですけど、そこで「今後ドライブインがどうなって欲しいですか?」と訊かれても、そこに関して僕が言えることは何もないんですよね。文章を書くときでも、これ以上はとても言えないなって思うときがあるんです。聞き書きは別に、取材する相手になりきって書くわけではないので、「そこまで肩入れしてしまうのは違う」と。だから、言葉を取捨選択するときに、ここは過剰だと思って削ることもあれば、全体のバランスの中でその過剰さが必要だと思えば削がずに残すこともあって、そこは編集してます。


藤田 僕らと一緒にいてドキュメントを書いてくれるときも、時系列を結構ずらしてますよね?


橋本 最初の頃はまったくずらしてなかったですけど、最近はずらしていることもありますね。さっき話した『書を捨てよ町へ出よう』パリ公演のルポについては、かなり操作してます。もちろんそれには意図があって、寺山さんが虚構の人だっていうこともあってあえてそうしたところもあるんですけど。ただ、まったく起こりもしなかったことを書くことは当然なくて、本当は別の日に起きていたことだけど、このタイミングでこの話を持ち出したほうが伝わるはずだと思って、別の日の話に紐づけて書くことはあります。


藤田 それでも橋本さんの文章が噓ではないなと思えるのは、橋本さんの文脈として、「この言葉を聞いたときに、数日前のこの発言を思い出した」っていう形で書いてますよね。人ってやっぱり、一つの時間の流れの中を生きてないと思うんです。僕が演劇の世界で90年代から始まったリアルタイム・ワンシチュエーションの演劇にむしろ噓を見つけてしまうのもそこで、今この瞬間に、全然違う時間のことを想像してしまう一瞬があったりするじゃないですか。本の良いところもそこだと思っていて、たとえばこの本で阿蘇のドライブインの話を読むと、橋本さんほど阿蘇に行ったことがあるわけでもないのに、阿蘇のことを少し知った気になれるし、読んだ翌日に「阿蘇ってこういう土地なんだよ」って誰かに話してもいいわけですよね。だから、何だろう、読書することで、今いるこの場所以外に連れて行ってもらえるのは重要だと思うんです。


橋本 フィレンツェで滞在制作した『IL MIO TEMPO』という作品のことは、「手紙」という形で書き綴りましたけど、そのなかでも、その日のある風景を目の当たりにしたときや、誰かが言った言葉からまったく別の日のことを回想する――そういう形で書き綴っているんですよね。フィレンツェにいるあいだは、皆と一緒にいるあいだはずっとメモを取り続けてましたけど、翌朝に前日のことを振り返ってドキュメントを書くときにそれが頭によぎるとは限らなくて、もっと何日か経ったときに思い出されることもある。それが一般的に正しい書き方かどうかはわからないけど、フィレンツェで過ごした時間を正確に書き記そうとなると、そういう書き方になってきて。


藤田 僕はこれまで記憶、記憶ってよっぽど言ってきたけど、人は記憶込みで生きているってことなんだと思うんですよね。そこでわからないのは未来のことだけで。人は「なんとなく時間を把握したところで生活していきたい」っていうのがあるんだと思うけど、未来と過去は把握できる時間の感じが違うと思うんです。過去はもう、取り返しのつかないことだから、過去を変えることはまったくできなくて。過去に言ったことを打ち消すこともできないし、訂正することもできないじゃないですか。


橋本 どんなに訂正や謝罪をしようと、一度口にした事実は揺るがないですからね。

藤田 過去に言ってしまったことややってしまったことは、それくらい取り返しのつかないところがある。ドライブインにしても、ものすごくシビアなところがありますよね。過去には盛り上がっていた時期があったけど、そこからお客さんがこなくなっていくことを誰も防げなかったし、それは今からタイムスリップしたとしても無理ですよね。


橋本 そうですね。お客さんが入らなくなるのは、そのお店が努力するとかしないとかってレベルの話ではなくて、政治や経済が関わってきますからね。新しい道路が開通したことで交通量が減ったり、町の産業が衰退したことでお客さんが減ったりしたお店も多いので。


藤田 だから、よく「今を生きている」みたいなことを言うけど、今っていうのは過去の余韻でしかないということも、『ドライブイン探訪』を読んでいると感じるんですよね。人は過去からこぼれた余韻のような時間を生きていて、今という時間に何かを意味出さなきゃってことで頑張るんだけど、そうやって頑張ったことがまた未来にこぼれていくだけで、この連続の中を生きている。そう思うと、ちょっと切なくなりますね。


どうすれば土地と関わることができるのか?


橋本 さっきも話した通り、藤田さんはつい最近までフィレンツェで滞在制作をされてましたけど、フィレンツェというのは藤田さんが初めて海外公演を行った土地でもありますね。今回は6年ぶりにその土地で作品を発表されたわけですけど、この6年のあいだ、「マームとジプシー」はいろんな土地を旅してきましたよね。海外公演には僕も同行してきましたけど、2013年5月にフィレンツェを訪れて、次の月にチリに行って、翌年にはボスニア・ヘルツェゴヴィナからイタリアへと旅をして。サラエボでは日本語が話せるタイダさんという女性と出会って、内戦のときの話を聞かせてもらったじゃないですか。街の中に「スナイパー通り」という通りがあって、名前の通りそこを通るとスナイパーから狙撃されて、彼女は家族と一緒に家の中に閉じこもって身を潜めていて。そこで上演したのは『てんとてんを、むすぶせん。からなる、立体。そのなかに、つまっている、いくつもの。ことなった、世界。および、ひかりについて。』という作品でしたけど、この作品で旅をするときはいつも、どうやって街と出会うのかということを考えてきたように思います。その「どうやって街と出会うのか」ということについて、ここ最近は、藤田さんの考えていることが変わってきているように思うんです。


藤田 あの頃に比べると、頭の中にある地図みたいなものが変わってきた気はします。あのときはまだ28歳ぐらいで、とにかく必死だったから、「作品を上演するからには、またこの土地に呼んでもらえないと駄目だ」っていう気持ちが強かったんですよね。でも、こうしていろんな土地を旅してくると、今まで行ったことのある街全部をもう一度訪れることって、ものすごく大変になってきますよね。そこは別に、一度限りの街があってもいいと思ってるし、僕の構え方が広くなった部分はあると思います。
あと、「 その土地と関わる」 と言ったって、 一つの作品を上演するためだけに訪れて、 数日間しか滞在しない土地に、 関わることなんてできないんじゃないかって思う部分もあるんです。 そこにはただ「 その土地の人たちに作品を見せる」 という事実があるだけだから、 僕に何ができるかって考えると、 演劇用語で言えば「 作品をどうやって場当たりしていくか」 っていうことに尽きる。 これは映画と演劇の大きな違いで、 映画は同じフィルムをスクリーンに再生するけど、 演劇には「 場当たり」 があるんです。 音の鳴りかた一つとっても劇場ごとに違ってくるから、 その会場に合わせて場当たりをして、 作品を作り直していく。 僕がやることはそれに尽きるところもあるんだけど、 そのあいだの時間にちょっと街を歩くだけでも、「 なんとなく、 こういう街なんだな」 っていうことに触れられる気がするし、 そういう時間があるかどうかで違ってくる気がしてますね。


橋本 作品ごとに出演者は違いますけど、どの作品でも皆、結構街を歩いてますよね。

藤田 歩きますね。歩くのが嫌いな人って、周りにいないかもしれないです。歩いていたからわかることって、ちょっとあるんですよね。何がわかっているのかもわからないんだけど。

橋本 その土地に触れることって、すごく難しいなと感じるようになってきたんですよね。ドライブインを取材するとき、どの店も3回は足を運んでから取材してきたんですけど、3回訪れたことで何かがわかるのかというと、「わかる」と言えることってすごく限られていて。そうすると、そこで僕が言葉にできることもすごく限られてくるなと思うんです。

藤田 今の話を聞いて思い出すのは、ひめゆり学徒隊の話に着想を得て今日マチ子さんが描いた『cocoon』を舞台化して、沖縄で上演することになったとき、事前にリーディングツアーをやったときのことで。その場に橋本さんもいたけど、沖縄の民宿に泊まったとき、そこのお父さんも一緒に泡盛を飲みまくって。そこで「今度『cocoon』っていう作品を上演するんです」と話していたら、「お前に何がわかる」って話になったんですよね。その言葉にショックを受けたんだけど、そこでショックを受けたのは、「その通りだな」と思ったからでもあって。
今、橋本さんは「3回訪れたことで何がわかるのか」と言ったけど、たしかにそれって、365日のうちの3日でしかないわけですよね。そう考えると、365日その土地で過ごしている人を前にして、何かを言葉にしたり作品を見せたりするって、すごいことだなと思うんです。地方を訪れたときに、たとえば熊本であれば「僕は熊本の人たちのことが大好きで、熊本の人たちと僕の作品の相性はすごく良くて」とかって語り出すアーティストはいるけど、「いや、それは無理だよ」と思うんですよね。ただ、それを「いや、それは無理だよ」ってことだけにするのも違うなと思ってるし、「いや、それは無理だよ」ってことで済ませてしまうから、沖縄とそれ以外の土地のすれ違いも起こっているように思うんですよね。僕はまだまだ沖縄のことを描きたいなと思っているんだけど、それはなぜかと言うと、沖縄の人たちだけが沖縄のことを考えていることが耐えられなくて。沖縄の外側にいる人がそのことを扱うってことをしていかないと、その人たちがそこに留まったままになってしまう。それが自分の住んでいない土地で作品を発表することにも繫がる気がするんですよね。だから、僕たちは昨日熊本に着いたばかりだけど、そこに後ろめたさは感じなくていいと思っていて。この土地について何かを知った気になれるわけもないんだけど、知らなくていいやと思っているわけではなくて、ある種曖昧な態度でやることが大事なんじゃないかと最近は思ってますね。

世界で起こっていることに応答する

橋本 僕は一昨日まで沖縄にいて、数日後にまた行く予定があるんですけど、それは何をやっているかと言うと、もうすぐ建て替えになる市場の取材をしているんですね(5月23日、本の雑誌社より『市場界隈 那覇市第一牧志公設市場界隈の人々』として出版予定)。その取材をしていると、何度となく「自分は何をしているんだろう?」という気持ちになるんですね。沖縄に生まれた人間でもなければ、そこに住んでいるわけでもないのに、何をしているんだろうなと。それに、僕が取材しなくても、沖縄には人々の生活を聞き書きした記録がたくさん残っているんですよね。それは、それだけ大変な時代があって、そのことを記録しなければと思った人たちによって書き記されてきたものだから、その意味についても考えさせられるんですけど、とにかくたくさん記録はあって。そんななかで、なぜ自分は書き残そうとしているのかと自問自答するし、僕が言葉にできることには限界があるなってことも感じるんです。
たとえば、牧志公設市場の近くに、農連市場というのがあって。そこは数年前に建て替えられて、ショッピングモールのようになっているんですね。牧志公設市場の取材をしているときに、「あなたは新しくできたのうれんプラザのことはどう思うんだ」と問われたことがあるんですけど、僕に言えることは何もないなと思ってしまったんです。それで「すごい、ぴかぴかしますね」と小学生みたいなことを答えたら、「あなたはライターなんだから、もうちょっと何か言葉はないの」と言われてしまったんですけど、僕に言えるのはそれぐらいで。でも、言えることがないから何もしないのかというと、そんなことはなくて、何か関わることができるんじゃないかと思って足を運んで、言葉を書き記しているんですけど。

藤田 でも、それは本当に同じことを思いますね。地震のことだって、その日その場にいなかったから、わからないんですよ。でも、「わからない」って言葉で片づけていいと思っているわけじゃないし、そこでやれることは募金やボランティアだけではないような気がしていて。ひとりひとりに立場ややれることがあるなかで、僕は演劇を作るっていうことになるし、橋本さんだったら書くってことになるのかもしれないけど、そこでいつも考えるのは「わからないって言葉で済ませないようにするためには」ってことで。去年の豪雨の被害だってよっぽどのことだと思うけど、東京の人には届いていないような災害もいっぱいあるじゃないですか。でも、それが届いていないってことは、それぐらいのことだと思われてるってことですよね。あたかも死者の数がすべてのように捉えている人たちがいるけど、演劇や本っていう空間が伴う場所では、もっと細かいところに手を伸ばせるような気がするんですよね。

橋本 藤田さんを見ていると、何かを言葉にすることに対してハードルを持っている人だなと思うんです。毎日、一つ一つのニュースに対して強く何かを感じているんだろうなと思うんですけど、それを直接的に言葉にするわけではないし、作品の中で直接的に応答するわけでもないですよね。それは、目の前に広がる現実にどう対応するかって話にも繫がっていて。たとえば、去年の秋に『書を捨てよ町へ出よう』という作品をパリで上演したとき、ちょうどストライキが広がりをみせていて、シャンゼリゼ通りの近くを歩くと、ハイブランドのショーウィンドウがすべて割られていて、燃やされた車の残骸が残っていたりしましたよね。あるいは、ドイツのケルンを訪れたとき、皆で大聖堂の近くを散歩して、その日は子供がシャボン玉を追いかけている穏やかな風景が広がっていましたけど、その数ヶ月後に大規模な暴行事件が起きてしまって。旅をしていると、そうやって、直面してしまうじゃないですか。

藤田 笑ってしまうくらい直面しますね。

橋本 僕はドキュメントを書く人間だから、そこで起きたことをどう配置するかってことで書くわけですけど、藤田さんはフィクションとして作品を立ち上げるわけですよね。それはつまり、自分がある現実を目の当たりにしたうえで、どういう時間や空間があって欲しいかってことを考えるわけですよね。

藤田 そうですね。直接的に言うことだってできるし、言おうとしていた時期もありましたけど、直接的に言ってしまうとそれだけのことになってしまうんですよね。抽象的な言い方をすると、「痛み」みたいなことって表現にとってはすごく難しいものだと思うんです。その痛みが誰のものであるか限定してしまうと、その人の痛みでしかなくなって、観客席に座っている人たちがその痛みに対して無関係になってしまう。それが一番怖いから、どこまで関係してくれるかっていうことを考えるんですよね。さっきの火山の話もそれに近くて、「あんな感じでマグマが流れる土地があるんだ」っていうのを見てしまうと、そこに住んでいたかもしれない自分を想像してしまって。自分は偶然日本に生まれて、今は東京に住んでいるからマグマが流れてくることはないんだけど、地震が起こる可能性はある。「まえのひ」っていう言葉の不気味さはそこにあって、それは必ずしも地震のことを指しているわけではなくて、誰しも何か決定的な出来事の「まえのひ」にいるんだっていうところにあるんですよね。だから、朝の報道番組もつらくて観れないんですよ。数ヶ月前に橋本さんにインタビューされたときは「観てる」と答えましたけど、つらくて観れなくて。しばらく海外にいたから観なくて済んでたけど、日本に帰ってくるとテレビをつければ報道番組をやっていて、つらくて観れないんです。でも、テレビを観ないようにしていても、ツイッターやインスタグラムで目にしてしまったりする世の中だから、その情報をどうやって咀嚼するのかってことは考えざるをえなくて。たとえば飲み会レベルで「今の政治は終わってるよ」と言うくらいで留めておいてもよいことかもしれないんですけど。でも、僕はそのフラストレーションみたいなものを観客の前で提示して――最近は「観客の前で」って意識もなくて、観客も含めて、立ち止まって考える場所を作っているっていう感覚なんですけど――作品を発表するときに、どこまでろ過して提示するのかっていう網目が年々細かくなってきてますね。

境界線が引かれる瞬間を描く

橋本 今日のトークイベントは「町に残る、町を出る」というタイトルにしましたけど、ドライブインというのはその二つが交差する場所なんですよね。そこを訪れるお客さんは、観光客であれトラック運転手であれ、どこか別の土地からやってきて、また去っていく人たちで。それに対して、店主はずっとドライブインに留まり続けて、ずっとお客さんを出迎えているわけです。そこにある境界線のことをずっと考えながらドライブインを巡ってきたんですけど、境界線というのは藤田さんが最近キーワードとされている言葉でもありますよね。明日と明後日に上演される『BEACH』と『BOOTS』でも町に残る人と町を出る人のあいだに引かれる境界線は登場しますし、今年の初夏に上演される新作『CITY』でも、おそらく境界線は重要なモチーフになって、都市と外側と内側であるとか、「内側」とは何であるのかとか、境界線を超えてやってくるものであるとか、そういったモチーフも登場するのではないかと思います。藤田さんは今、境界線ということにどんなことを感じていますか?

藤田 この本を読んでいても感じたんですけど、人って時間のことを永遠だと思いたいじゃないですか。「この時間が永遠に続いて欲しい」とか、「この人を永遠に愛し続ける」とかってことを含めて、永遠ってことを願うと思うんです。この本に登場する女性たちも、その時間が永遠だと思っていた時代があったと思うんだけど、どこかのタイミングで時間と空間に線が引かれて。そうやって線が引かれたときに、線の内側に止まったのか、そこから出ようとしたのか――それは僕がテーマとして考えているところでもあるんだけど、どういうタイミングで決定的な線が引かれたのかってことをずっと考えてるんですよね。何が善で何が悪かという線引きも、僕が圧倒的に悪だと思っていることを悪だと思っていない人が大勢いるから、今の世の中になっているわけですよね。「その線っていつ引かれたんだろう?」みたいなことってすごくあると思うんだけど、それをどういうふうに作品の中でやれるかなってことを考えてますね。
それで言うと、この『ドライブイン探訪』も、最初は曖昧にされているんだけど、読み進めていくと「ああ、そこで線が引かれたのね」ってわかる文章の書きかたをしてるから、ほんとに読まれ続けて欲しいなと久々に思いました。でも、この作品をあんまり大切にして欲しくないんですよ。

橋本 大切にして欲しくない?

藤田 こうやってトークをすると「重いんですよ」とか言っちゃうけど、一話一話は短いから、雑誌みたいに読まれて欲しいなとも思うんですよね。寝る前に一話読んだり、トイレに置いておいて読んだり、そういう感覚で読まれて欲しいなとも思うんです。ZINEぽさも残っているから、テンポよく読めるんですよね。でも、一話一話にとんでもない線が引かれるタイミングがあって、それを僕は「重い」と言っているんですけど、この本は売れ続けて欲しいなと思います。
 

関連書籍

こちらあみ子

倫史, 橋本

ドライブイン探訪 (単行本)

筑摩書房

1870.0

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