海をあげる

あたしにはもうなにも響かない

 七海は治療を諦めると、すぐに風俗の仕事に戻っていった。
 ある日、100分のマッサージで入ったリピーターの客に40分を過ぎた頃にクレームを言われ、七海はようやく探したそのお店を辞めることになった。

 「おまえ、なんで上半身からやるば?」って言われて。「え、前もそうでしたよ」って言ったら、「はー、なんで、オイル、もっと使わないば?」って言われて、「もういいよ、店長呼べ!」って言われて、「俺はもう帰る」って帰って。「いまのお客さんのバックは全部なしね」って店長に言われて、「はーい」って。

――それ、ハラワタ煮えくり返らない?

 そうですよ。あーでも、もう面倒くさいってなって。でも、店長に、「七海さんはクレームが多い」って言われて、「クレーム多いんだったら、そのときに言ってください。そのときじゃないと、私は直せないです」って言ったら、「もう来なくていい」って言われたから、ブチ切れて。

――ブチ切れたの?

 「店長がひとりだけ、ひいきしている女の子いますよね。みんなむかついていますよ、店長に」って言って。「その子だけお金も違う、保証もついている、客に時短してもスルー、出勤もバラバラ。上に立つんだったら、ちゃんとしてくださいね。店長のえこひいき、意味わからんってみんな話しているんですからね」って。

――ライン?

 ラインで。

――で?

 「やめさせるんだったら仕事紹介してください、こっちも生活かかってんで」って送っているのに、既読スルーしてるんっすよ、こいつ。

 七海からの抗議に腹をたてた店長は、七海のシフトを一切入れなくなり、結果的に七海はお店を解雇された。仕方がないので七海は自分で探したほかのメンズエステ店で働き出した。
 新しいお店は地元客が多いので、七海は以前より自分の情報が客にばれてしまう危険にさらされて働いている。客に水着をはぎとられてフラッシュバックが起きることもある。それでも七海の目標は、お金を貯めて施設を出ていくことだけになった。

 2カ月フル出勤で金を貯めます。(施設の)理事長に言われましたよ、この前。「昼間なにしているの、まさか風俗で仕事していないよね」って。「遊んでいました。ストレスがたまって、○○中の同級生と」って言いました。「七海さん、子どものことをちゃんと考えて」って言われました。「ごめんなさい」って言っておきました。
 理事長がなにをいっても、あたしにはもうなにも響かない。だってそのあいだ、毎日働き続けていたから。比奈のことを考えていたんだから。……いいんです、病院とか、そういうのも、どうでもいいっていうか。……お金貯めます。ここを出ていくまで、とりあえずそれしかできないんで。

                 *

 年明け、七海は毎日貯金していた500円玉を全部お札にかえた。出勤したあと貯めておいた1万円札と合わせると、貯金の総額は70万円になっていた。
 七海は自分の担当者にも理事長にも、だれにも自分のことを話さない。春になったら七海は施設を出ていく。七海は誰も信じていない。

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※編集部注:今回の原稿について、著者は七海さんと2回読み合わせを行っています(2019年2月26日、7月5日)。

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