絶叫委員会

【第142回】夢の外へ言葉を持ち出す

PR誌「ちくま」8月号より穂村弘さんの連載を掲載します。

 夢が変わってきた。夜、眠って見るほうの夢である。はっきりと色が感じられるのだ。以前は違った。色がないとか白黒とかいう意味ではなく、色があったのかなかったのか、起きてから思い出そうとしてもはっきりしないという感じだった。
 ところが、一昨年くらいからだろうか、夢の中で人が着ていた洋服の黄色や葉っぱの緑がはっきりと記憶に残るようになってきたのだ。オールカラーというわけではなくて、せいぜい一色か二色だけれど。
 色だけではない。味もだ。子どもの頃、食べ物の夢をよく見たけど、味や匂いは曖昧だった。でも、近年は夢の中で食べたものの辛さや甘さを思い出せることがある。

 夢の中から目覚めた現実世界へ、色や味が持ち出せるようになって、嬉しいような、その逆のような、不思議な気持ちだ。このままいくとオールカラーになるのだろうか。だが、それが加速して、やがて夢と現実の感触が完全に一体化した時、何かが終わるような不安がある。
 そして先日、色や味のほかに、もう一つの変化を自覚した。それは言葉である。私は駅や電車の夢をよく見る。行きたい場所にどうしても辿り着けないというパターンが多い。見知らぬ駅名を見て呆然とするのだ。だが、目が覚めると、どうしてもその名前が思い出せない。駅名を見た時の強烈な不安感だけが残っている。「西〇〇双〇」みたいな感じのおかしな名前、くらいまでは再現できることもあるのだが、完全には無理だ。駅名に限らず、夢の中で出会った固有名詞を外へ持ち出すことはできなかった。
 ところが、とうとうそれに成功したのである。その日、夢の中の私は駅や電車ではなく、友だちと食べ物屋にいた。彼の行きつけの台湾料理屋という設定だった。壁に貼ってあるメニューを見て、幾つかを注文したのだが、目覚めた時、何故かその料理の名前が思い出せたのである。

 エソントク(煮込み。「辛いよ、大丈夫?」とお店の人に云われた)。
 アネサンガム(春雨っぽい麺。「コドモガム」という別の麺と迷ってこちらにした)。
 シロミバーグ(肉団子的なもの。友人が「アネサンガム」のトッピングとしてオーダー)。

 慌てて検索をかけてみた。ヒットしない。ということは、やはりこれらは私の夢の中にしか存在しない食べ物なのだ。設定としては台湾料理のはずだったけど語感はどうも違う。エソントクには豚足っぽい響きがあり、アネサンガムとコドモガムには姉さんと子どもが入っている。シロミバーグは白身のハンバーグ(って何?)だろうか。

 この調子で夢の中の言葉がどんどん持ち出せるようになったら、どうだろう。例えば、俳句とか短歌とか。短いから可能性はあるんじゃないか。その場合、ただ夢を見ただけで労せずして作品を得たことになる。たぶん、現実世界のジャッジには耐えられないと思うけど、万一こっち側で一生懸命作ったのより良かったら、うーん、その調子でどんどん作ってくれ夢の中の私、と思うのかなあ。
 

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