金田淳子

round.7 『三つ編み』

漫画・アニメ・小説・ゲーム……さまざまな文化表象に、萌えジャージにBLTシャツの粋なフェミニストが両手ぶらりで挑みます。うなれ、必殺クロスカウンター!! (バナーイラスト・題字:竹内佐千子)

 あなたは『三つ編み』を読み終わりましたか。読み終わりましたね。読み終わっていないとしても、ネタバレを絶対に後悔しないと、「覚悟」して来てる人ですよね(ジョジョ第五部のジョルノ風に)。

 そういうわけでネタバレするが、『三つ編み』最大の着想は、スミタと娘が神にささげた髪の毛が、ジュリアの工場に買い取られて最高品質のかつらに生まれ変わり、それが闘病で毛髪をなくしたサラの頭部を包み込んで自尊心を回復させるという結末だ。会ったこともない3人の女性が、髪の毛の移転を通じて、それぞれに困難を打開し、名も顔も知らぬ女性との連帯を確かに感じとる。三本の髪の束のように交互に編まれてきた3人の物語が、本物の毛髪によって結びあわされるこの結末は、美しく温かく、感動的だ。
 
 実はこの毛髪の移転とそれが全ての困難を解決していくことについて、私は小さい難癖と大きい問題を感じている。これが『三つ編み』という傑作が120点ではなく、100点にとどまった理由だ。

 まず小さい難癖について。コロンバニ自身もジュリアの物語が一番描きづらかったと語っているようだが、確かにジュリアの工場まわりのディテールが不可思議だと思う。 

 ジュリアが気付いたときには、工場が一カ月後に倒産する状態だったのだが、その原因が運転資金不足などではなく「地元民の髪の毛を使いたいというこだわり」からの「原料の毛髪不足」なのだ。工場が倒産するまでならまだしも、倒産すると家族全員が路頭に迷うというクリティカルな設定なのに、地元民の毛髪に執着し続けた経営者の父親(と家族たち)が恐ろしい。
 これは無駄なこだわりを捨て、仕入れ先を他に探すだけであるていど解決する問題だと思うが、なぜかジュリアにはそのアイデアが一向に浮かばず、ジュリアの恋人のカマル(同業種ではない)が仕入れ先の情報ごと教えてくれる始末だ(読者もやっとここで、工場が直面している問題が「毛髪不足」であるという事実を知らされる)。ここらあたりで私は、そんなご都合主義展開はありえないと感じ、ジュリアはカマルに騙されていて、もう一波乱あるのではないかと疑い始めたが、そんなことはなかった。
 とはいえジュリアの工場の謎経営については、大筋から見ると些末な問題だ。コロンバニ自身の脚本・監督による映画化が決定しているようだが、きっと有能なスタッフがいい感じに設定を整えてくれるだろう。

 さて、もっと根本的な問題として私が気になっているのは、グローバリゼーションを背景としたこの「毛髪の移転」についてだ。この物語の中では「三方一両得」であり、それ以上に女性たちの連帯が生まれた風に描かれているのだが、本質的に危うい関係性をはらんでいるように思う。具体的に言えば、歯止めのないグローバリゼーションが行きつくところの、貧しい者からより富める者への富の移転、搾取を促進していないだろうか。作中の人物で言えば、スミタにとって不平等な富の移転が行われているのではないか。

 いやそれは極端な一般化であって、この毛髪の移転に関してだけはフェアトレードだ、と判断する人がいるかもしれない。しかしスミタと娘は、神への捧げものにするため剃髪したので、そのことで心の安寧という金では買えないものを得たかもしれないが、1ルピーも得ていない。むしろ剃髪のための料金を支払っているぐらいだ。
 カマルによれば、インドで神にささげるために剃髪をするのは、髪の毛しか捧げるもののない貧民か不可触民ばかりだ。髪の毛は切られたあと集められ、市場で売られる。貧民や不可触民には1ルピーも支払われないからこそ、品質の良い毛髪を安価で売ることができる。インドからの毛髪の輸入加工業で大金持ちになったイギリス人もいるという。
 すなわち、毛髪以外に捧げるものがないほどの貧民や不可触民がインドに大勢いるという、苛酷なまでのカーストを背景に、インドを起点とする毛髪貿易が成り立っており、そしてこの貿易の生み出す富が、貧民や不可触民に還元されるような道筋は(作為的に創出しなければ)存在しないということだ。毛髪を捧げた人々が満足し、宗教的な安寧を得ていることで、いい話みたいになっているが、私からは、帝国主義時代の植民地支配や、多国籍企業による収奪とそこまで大きな違いがあるように見えない。

 もちろん毛髪貿易の起点となっているインドのカーストは、ジュリアやサラが作ったものではない。しかしジュリアの工場は確かに毛髪から利益を得て経営を立て直したのだし、サラもかつらのおかげで自尊心と闘争心を回復した。スミタと娘は、その毛髪分の重みだけジュリアを救い、サラを救ったと言えるが、ジュリアやサラは、スミタたちを救わなくていいのだろうか。しかしどうすれば私たちは、他国の女性を助けることができるのか?
 
 ひとしきりジュリアとサラを責めてしまったが、私もまた、かつらではないけれども、安価な原料と安価な労働力の恩恵を得て、安価な商品に囲まれて暮らしている。現代日本に住んでいる日本人の私も、ジュリアでありサラなのだ。
『三つ編み』の作中で、ジュリアやサラがスミタを救うための具体的なヒントは書かれていない。それはこの作品の主題ではないのだろう。しかしジュリアやサラの物語がそうであるように、スミタの物語を、遠い外国のスペクタクルとして消費するだけで終わりたくはないと思う。最後にサラがぼんやりとした形で抱いた連帯と感謝の気持ちを、グローバリゼーションの不均衡を壊すための最初のきっかけにして、新たな三つ編みを編んでいけないかと、私は考えている。


【おまけ】
金田が1日30時間読んでいる「刃牙」シリーズとは⁉

金田が2009年に「ゲーム実況」について書いた記事を全文公開。2019年に補足した文章もあるよ!

金田淳子のツイッター → @kaneda_junko
 

 

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