ちくま新書

ネットのアンダーグラウンドの取材記録

平成の30年間で瞬く間に広がり、いまや日常生活に不可欠になったインターネットの負の側面。出会い系サイトを利用した援助交際、裏サイトでの誹謗中傷やいじめ、闇サイトの違法・脱法ドラッグ売買や殺人依頼、自殺系サイトを通したネット心中などを取材した記録『ルポ 平成ネット犯罪』の冒頭を公開します。

†拘置所で聞いた新元号

 平成31年(2019年)4月1日午前11時41分、新元号は菅義偉官房長官によって、「令和」と発表された。天皇の生前退位に伴って、新しい天皇が即位する。昭和天皇「崩御」に伴って、平成に元号が変わった時と比べると、多くのメディアはお祝いムードだった。
 新元号発表のニュースを白石隆浩被告は、立川拘置所内のラジオで聞いていた。この1年半前(17年10月)に発覚した神奈川県座間市のアパートの一室から男女9人の遺体が発見された事件で逮捕、起訴された白石だが、被害者が多いために公判準備に時間がかかっており、立川拘置所に収監されていた。
 新元号発表で、ラジオもテレビも明るい未来を期待する話題ばかりが流れていたが、私はこの事件が気になっていた。発表翌日、私は面会に向かった。申し込みをし、数十分待ち続けると、面会室「9番」に通された。白石はアクリル板の向こう側で、拘置所職員に付き添われていた。初対面の私に、ちょっとおどけた感じだ。逮捕された時の写真よりはふっくらし、髪はやや伸びている。普通の青年といった感じで、恐怖を感じない。
「(新元号の令和について)ラジオでは漢字がわからないので、担当に聞いたんです。命令の『令』ってことなんですね。"命令によって調和を図る"みたいで嫌だな、上から目線だなと思いました。同じ読みなら『礼』のほうがいい」
 事件は逮捕前の2ヶ月の間に起きた。Twitter(ツイッター)で知り合った男女9人をアパートの一室に呼び寄せ、殺害。死体をバラバラにし、遺棄した疑いで起訴されている。インターネットに絡んだ自殺事件を多く取材していた私は、事件発覚直後から、新聞やテレビ、雑誌、ネットメディアの取材を受けた。そのためもあり、現場へ行けたのは逮捕から2週間後、11月中旬になっていた。すでに白石が逮捕されていたために、メディアは関心が薄れていた。
 そのアパートは市役所がある市中心部にあり、1962年に中学校が建てられた時に地名が公募された。1丁目から6丁目まであるが、アパートのある6丁目だけが、小田急線の西側だ。取材陣は数組だけで、発覚当初のざわつきはない。現場付近で聞こえたのは電車が行き交う音のみ。近くには県立座間谷戸山公園などいくつかの公園がある。夕方には近所の人が散歩をしたり、小学生が下校するのどかな風景だ。事件を呼び寄せるような空間ではないと思った。

†被害女性との接点

 私の関心事のひとつは、白石がどのようにインターネットを使い、どのように被害女性を誘っていたのかという点だ。
 彼は、いつからインターネットを始めたのか。
「ケータイを持った時からですね。でも、自分から『欲しい』と言ったわけじゃないんです。塾に行く時に、親から持たされたんです。中学生の時ですね」
 平成17年(2005年)の中学生の携帯電話・PHS利用率は51.9%(内閣府「情報化社会と青少年に関する調査報告書」)なので、中学生が携帯電話を所持するのは一般的な時代だ。
――事件ではツイッターを利用していたが、ソーシャル・ネットワーク・サービス(SNS)はどんなものを使っていたのか?
「ありとあらゆるものを利用していたので、覚えてない。ホームページみたいなものや掲示板とかいろいろあったじゃないですか」
 その中でも、事件で利用したツイッターは性に合ったのだろう。
――ツイッターはどんな風に使っていたのか?
「風俗の斡旋をしていた時に使えるなと思った」
 白石は、歌舞伎町などで風俗のスカウトをしていた。その一環でツイッターでも、風俗斡旋専用のアカウントを持っていた。しかし、17年2月、売春させると知りながら、茨城県内の風俗店を女性に紹介したとして、職業安定法違反容疑で逮捕され、5月に執行猶予付きの有罪判決を受けた。風俗の斡旋とはこのようなスカウト行為を指している。
――相性がいい?
「というよりも、集まりがいい。つまり、仕事を求める人の反応がいい。すぐにダイレクトメール(DM)で反応がある。『仕事がしたい』って。これは犯罪の時にも使えるな、と思った」
 白石は、DMでつながった女性たちとのコミュニケーションが成立すると、カカオトークやLINE(ライン)を使って、通話をしようとした。韓国企業傘下の日本法人NHN Japanが開発したラインは、東日本大震災をきっかけに、緊急事態にも大切な人と連絡をとるために開発された。カカオはラインよりも早く韓国系の企業が開発した無料通信アプリだ。
――カカオトークを使ったのは?
「誰に取材しましたか?」
 白石は誰とカカオトークでやりとりをしていたのかを思い出そうとしていた。
「はい、はい、はい。思い出しました。何を連絡手段に使うのかは相手に合わせました。相手がラインといえば、ラインを使ったこともあります」
 白石は、相手に徹底的に合わせるナンパ師なのだろう。まるで風俗の仕事を求める女性に情報を流すかのようだ。ネットナンパ師の中では、オーソドックスな行為だ。斡旋業と同じ感覚で、相手の要望にとことん合わせた。白石はネットナンパを繰り返した。
――ネットナンパを始めたのはいつですか?
「17 歳の頃ですね」
――コツはある?
「叩き上げですね。数打つ感じです。お互いに写真を見せ合うこともありました」
――何か目的を持ってナンパしていた?
「その時々で目標を持ってナンパしていましたね。たとえば、エッチしたいだけとか、仕事の時とか。仕事とナンパしかない」
「死にたい」とつぶやくと、ナンパされるというのは、2000年代前半の頃から、取材で聞く話だ。報道では、白石の彼女とか付き合っていたとする女性が取材に応じていた。たとえば、ある女性は「死にたい」とつぶやいていたことで声をかけられた後、「彼が『好きだよ』とか『付き合えない?』と、好意を伝えてきた」と証言している。
――恋愛はしていたのか?
「ネットからの出会いで恋愛はしたことはない。直接の知り合いの中でしか恋愛経験はない。逮捕された時に、付き合っていたとか言う女性が出てきましたよね。家に行ったとか、遊びに行ったとか。元カノだという女性もいたとか。あれは全部、噓。だって、6年間、誰とも付き合っていないから。22歳の時からずっと。一緒にいたいと思った女はいない」
――恋愛に興味はない?
「恋愛には興味ありますよ。でも、理想が高いんです。顔とか、体とか、話がうまいとか」
――どんなタイプが理想なんですか?
「顔は(女優の)橋本環奈。体は(女優の)深田恭子ですね。いいじゃないですか? ガリガリ(に瘦せている女性)は嫌なんですよ。だって、エッチした時に、恥骨が当たって、痛いじゃないですか。だから、普通体型の女性じゃないと嫌なんです」
――顔とか体とか、ネットじゃわからないじゃないですか?
「だから確認をしますよ。もし、普通体型じゃないならば、待ち合わせ場所でわざと帰ってしまうこともありました。エッチできそうだったけど、わざとしない時もありましたし」
 実際にやりとりをした女性からDMを見せてもらったことがあるが、白石は首吊りなどに関して淡々と情報を発信していただけだった。

†事件と被告人のギャップ

 私の取材では、見ず知らずの人同士がネットで集まり自殺をする「ネット心中」でも同じような、あっさりとしたやりとりが続く。そのため、白石がなんらかの下調べをしたのではないかと感じた。このことは確認したいと思っていた。
――会うまでのやりとりで、私が取材した女性とは淡々と情報交換をしていただけでした。そういうスタンスにしたのはなぜか?
「相手に合わせただけです。求めるものに合わせたんです。情報交換だけでなく、共感的なやりとりもありましたよ」
 私が取材対象から見せてもらった彼とのDMのやりとりは、白石が意図的にしていたわけではないということか。女性が望んだから、というのが白石の証言だ。ネットナンパを徹底しただけ、ということになる。事件の周辺部分や直接関係ない部分は話をしてくれる白石。しかし、真相に近い質問だとなかなか答えない。素顔を知るため拘置所内での生活を聞くことにした。
――逮捕されてから、ツイッターもできないが、今は何をしている?
「暇ですよね。だから、今は、差し入れの漫画を読んでいます。古いですが、『ドラゴンボール』のフリーザ編を読んでいます。鳥山明先生は絵がすごい」
 インターネットのない環境で誰とも会えないならば、漫画を読むという選択もあるだろう。特別な若者という感じはない。ちなみに、メディアの取材記者から雑誌の差し入れもあるだろうが、その記事も読んでいるのだろうか?
「差し入れられた雑誌は読んでいます。自分の記事を読むと、盛っているな、と思います。言っていないことも書かれていますが、そんなもんかな、と思ったりします。(麻薬取締法違反で逮捕・起訴された)ピエール瀧さんの記事も読みましたが、ひどい内容ですね。本人が読んだら自殺しても不思議じゃない」
 彼が答える部分だけを聞くと、9人も殺害した男とは思えないほど、普通さが目立った。"猟奇的な殺人者"のイメージはない。面会中に何度も見せた笑顔と事件とのギャップに、ますますその正体を知りたいと感じた

†出会いの裏で

 座間の事件はインターネットの大衆化と、自殺というキーワードが結びついた結果の事件だ。スマホ時代になっても、ネットが事件を呼び寄せる。それは変わらない。
 この事件で思い出した事件がある。次々に女性をさらった監禁王子事件だ。
 青森県出身の小林泰剛が、平成16年(04年)3月8日から104日間、兵庫県赤穂市の19歳女性を東京・足立区のマンションに監禁した。女性は心的外傷後ストレス障害(PTSD)を発症し、監禁致傷罪で起訴された。懲役3年、執行猶予5年の判決を受けた。この事件は、それ以前に起こした類似事件の保護観察中だった。その事件で監禁された女性のひとりは、出会い系サイトで知り合った静岡県の17歳女性だった。別の21歳女性と結婚し、相手の姓を名乗っていた男が赤穂市の被害女性と知り合ったのはチャットだった。
 彼が複数の女性と知り合う手口のひとつは、ネカマになることだった。ネットで女性のふりをしている男性のことだ。女性同士のほうが信頼関係が築きやすく、そうした特性を利用するネットナンパの手段のひとつでもある。関係を築くと、プレゼントを送るという名目で住所を聞き出す。そこで「ヤクザを送り込むぞ」などと脅し、女性を上京させた。そしてマンションにおびき寄せて、監禁した。
 インターネットで知り合った相手と直接会う理由は、一様ではない。恋愛対象として魅力を抱き、会いたいという感情を搔き立てられた、といった理由が最もイメージしやすいが、何らかの不安を埋め合わせるため、友人としての信頼関係を築けたため、同じ趣味に関する情報交換のためという理由もあるだろう。
 長らく「生きづらさ」(多用される言葉だが、抱えている悩みや不安をうまく表現できず、行動にしてしまうこと、と私は定義づける)とインターネット・コミュニケーションの関係を取材してきた。関連した事件が起きるたびに、背景に生きづらさがあるかどうか、その穴を埋めるための手段としてのコミュニケーションだったのかに注目してきた。
 90年代中盤から恋愛や性的な関係、援助交際のための「出会い系サイト」、90年代後半から自傷行為をする人たちからなるコミュニティや自殺系サイトでのコミュニケーション、スマートフォンが普及するとともに広がったSNSの拡大などには生きづらさや孤独が見え隠れする。
 人は家庭、学校(会社)、地域社会という3つの空間に属しながら生きている。それらも居場所になりえるが、その空間での役割に行き詰まることがある。一方、インターネットは生きづらさを感じている人たちにとって、第4の居場所になり得る。匿名性の利点を生かしつつ、ストレス解消や癒し、快適さを得ることができる。「ネット以前」は、リアルな人間関係、対面コミュニケーションが中心だった。その延長上でトラブルや事件が起きた。しかし、「ネット以後」は、出会うはずのなかった「匿名の他者」とコミュニケーションできるようになったが、それによってトラブルや事件が起きている。
 ネット・コミュニケーションには、技術や社会的なムードが反映する。最近では誰もがアクセス可能となったが、匿名性は以前より薄れた。リアルな関係でさえネットでもつながる一方で、コミュニケーション量が過剰になり、むしろ生きづらさを強化する。そんなネットの作法やコミュニケーションのありようの歴史について振り返る。

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