ちくま新書

日本の農業に迫りくる危機

イスラエルに学ぶICT農法

日本の農業には、今大きな危機が迫っている。一般に農業問題というと、低い自給率、農家の減少、農家の高齢化、担い手不足や耕作放棄地の増大などが思い浮かぶが、実はそれは大きな問題ではない。最大の問題は国際競争力のなさだ。日本にとって一番参考になるのは今や農業大国となったイスラエルだ。センサーやIoT、衛星画像、クラウドシステムを使った最先端技術を駆使したイスラエルの農法とは!?

 今大きな危機が迫りつつある。日本の農業が壊滅するかもしれないという危機だが、そのことに気づいている人は多くない。
 今の時代は、物事がめまぐるしく移り変わっていく時代。SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)がこれだけ流行することを、20年前に誰が予測できただろうか。フェイスブック、ツイッター、ライン、インスタグラム、それらでさえも、おそらく10年後には化石となっているだろう。その頃には、運転手のいない車があたりまえになっているかもしれない。実際、空飛ぶバイクはすでに発売されている。病院から医者がいなくなり、代わりにAI(人工知能)が患者を診断しているかもしれない。株の投資も、AI同士の合戦となり、人間のトレーダーが太刀打ちできなくなっているだろう。まるでSFの世界のようだが、それこそが今我々が直面している現実だ。
 では、農業はどうだろうか?
 農業は変わるはずがない。そう考えている人も多いだろう。なぜなら、農業とは5千年以上の歴史を持つ人類最古の産業。それは土を相手にする技術であり、土や自然が5千年前と変わらないのであれば、農業も変わるはずがない。いや、変わってはいけない。そう考える人も多いことだろう。
 しかし、農業もやはり変わらなければならない、と私は考えている。しかも、ただ変わるだけではいけない。社会の変化と同じように、急速にドラスティックに変わらないといけない。なぜなら、そうしないと日本の農業は滅びてしまうからだ。
 本書では、日本農業に迫りつつある危機を解説するとともに、それを乗り越えるための手段を提案している。それは、必然的にまったく新しい形の農業になっていく。センサーやIoT(モノのインターネット)、衛星画像、クラウドシステムを使った農業はもちろんのこと、AI(人工知能)といったものが農業に入り込んでくる。それは、従来の農業とはまったく異なったイメージであり、多くの読者が、これまでの人生で一度も想像したことのない農業になってくるであろう(第5章参照)。あるいは、もはやそれは農業と言えない可能性もある。しかし、それが現実なのだ。
 日本の農業はずっと鎖国を続けてきた。そう言われても、ピンと来る人が少ないと思うが、統計をひもとけば一目瞭然で、日本は戦後70年間以上、国を閉ざし、海外の農業を決して見ようとしてこなかった。ひたすら国内だけを見る内向きの農業を展開してきた。それは世界との競争を放棄したことを意味しており、その結果、農業技術の進歩はストップしてしまった。実は日本の農業の生産効率は、1970年代からまるで向上していない(第2章参照)。
「日本の農業は、世界最高レベル」
 そう信じている人は多いことだろう。だが、それはもはや正しい認識とは言えない。
 確かに1980年代ぐらいまでは、日本農業は世界をリードしていたかもしれない。でも今は、農業後進国になっていると言わざるを得ない。というのも、日本が鎖国をして長い眠りについてしまっている間に、世界の農業は著しく進化してしまったからだ。上述した、センサーネットワーク、IoT、衛星画像、クラウドシステムを使った農業は、ヨーロッパ、アメリカ、イスラエルなどではもはや当たり前になっている。インドもそれに追いつきつつあり、中国もここ数年で海外の巨大企業を次々と買収することで、ハイテク農業を会社ごと吸収しつつある。それだけ世界の農業は熾烈な戦いを繰り広げているのだ。
 日本はというと、「植物工場」という独自の路線を2000年代に展開しようとしたが、うまくいかなかった。補助金がなくなった途端に次々と倒産している現実は、みなさんも知っての通りだ。理由は単純で、植物工場はコストが余りにかかりすぎ、採算をとることが難しいためだ。ヨーロッパやイスラエルには、より洗練された栽培システムがあって、しっかりと利益が上がる仕組みになっている。
 今の時代、あらゆる産業は世界を相手に戦うことを強いられている。日本の自動車メーカーにしても、電機メーカーにしても、衣料メーカーにしても、世界を舞台に、生きるか死ぬかの戦いを続けている。でも、日本の農業だけは、その蚊帳の外にいる。海外の農業に何が起きているのか、気にとめている人はほとんどいない。鎖国していたから、危機感がまったくないのだ。
 確かに、このまま鎖国を続けていけるのならば、それもいいだろう。争いのない平和な世界だ。江戸時代の日本のように、独自の文化を発展させていけばいい。しかし、現実的には、鎖国をこれ以上続けることは難しい。
 TPP(環太平洋パートナーシップ協定)は2018年12月からいよいよ始まった。ヨーロッパとのEPA(経済連携協定)も2019年2月に始まった。TPPを脱退したアメリカ・トランプ政権は、TPP以上に厳しい条件を突きつけて、開国を迫ってきている。もはやグローバル化の波は止めようがなく、それらは共通して、日本農業が世界に開かれることを強く要求してきているし、農業補助金を廃止することも求めてきている。
 これからは、たとえ日本の国内であっても、海外の農産物と戦っていかねばならない時代となってしまった。そのとき、はたして日本農業は世界に太刀打ちできるのだろうか。熾烈な国際競争を戦い抜くことができるのだろうか。
 客観的に見て、とてもそうは思えない。「日本の農業は世界最高だ」と叫んでみたところで、1970年代で止まってしまった生産効率では、センサー、衛生画像、クラウドを駆使した先進農業には歯が立たないことだろう。たとえばナスを例にとると、1haあたりの生産量は、オランダが日本の15倍になっている。15倍も生産効率が違っていて、どうやって戦っていけばよいのだろうか。このまま指をくわえているだけだと、日本の農業は壊滅し、すべて海外に飲み込まれてしまう可能性が高い。そうならないためにも、日本の農業は変わらないといけない。
 しかし、かつて「コメを一粒たりとも日本に入れるな」というスローガンが国会を支配していたように、「TPP、FTA、EPAなど、日本農業を壊滅させようとする取り決めからは、今すぐ撤退しろ」という農業関係者からの声も多いだろう。私もそれはよく理解できる。まっとうな言い分だと同意する。しかし同時に、「厳しい現実を受け入れて、先へ進まないと手遅れになるよ」とも言いたくなる。
 今日本がすべきことは、外国が先に行ってしまったことを謙虚に認め、それに学び、追いつき、追い越そうとがんばることではないだろうか。
 ただこう言うと、多くの方は反論してくるであろう。農業とは、人々の食を守る聖なる仕事。そこにセンサーやらAIを入れるなど言語道断。農業を冒涜するな、農業は他のビジネスとは違う。農業とは何十年とかけて土作りをしていくもの、急速に変化するようなビジネスではない。ビジネス化する農業は偽物だ、本物ではない。そういうお叱りを受けるであろうことは覚悟している。
 そのような反論は、すべて正しい、と私も同意する。もし「何が正しい農業で、何が間違った農業か?」の議論をするならば、おそらく本書が提案する農業は、正しい農業ではないと思う。昔ながらの有機農業、あるいは自然栽培などが、本質的には一番正しい農業であり、より人間らしい本来の農業だと私も感じる。AI農業などは邪道だろう。
 しかし大事な点は、正しい農業が必ずしも生き残れるとは限らないという現実だ。時代は急速に変化している。その中で生き残るためには、「何が正しい、何が間違っている」という議論を超えて、「はたしてどんな農業なら生き残れるか」という視点を持たねばならない。そして生き残るためのキーワードは、おそらく「変化し続ける」ではないかと考えている。ちょうど生物の進化と同じように、農業もその姿形を変え、進化していかないといけないのだ。
 本書は、迫り来る危機をしっかりと認識した上で、それにひるむことなく、先へ進もうではないか、と呼びかける本と言える。そのとき、イスラエルという国の農業が、大いに参考になると考えている。イスラエルが通ってきた道は、日本がこれから歩まねばならない道を先導してくれているように見える。まだ間に合うと私は考えている。今すぐに日本の農業も大きく舵を切るならば、海外に飲み込まれない道を選ぶ余地があるだろう。しかしあと5年、このまま眠り続けるのならば、もはや手遅れではないかと思っている。日本の農業が進むべき道を、そして今すぐにしなくてはならないことを一緒に考えていただけたら、幸いである。
 

 

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