海をあげる

ひとりで生きる

『裸足で逃げる』に登場した、春菜さんの恋人だった男性の話です。

 和樹のことは、沖縄で風俗の調査をしているときに噂で聞いた。

――自分の恋人の春菜に援助交際をさせて荒稼ぎしている松山のホストがいる、源氏名はきさらぎみやび。

 和樹の恋人である春菜は幼いころ、父親と母親が離婚したあと居場所を転々としながら大きくなった子だった。15歳のときに家を出てからずっと、春菜は自分と恋人の和樹が探した客と援助交際をしながら4年近く生活をしていた。
 私は何度か春菜と会った。私と会っているころ、春菜は和樹ともう別れていた。私に会うと春菜は、自分から和樹と別れたこと、和樹と別れたので仕事をしなくてよくなったこと、いま、昼の仕事ができているのが嬉しいことをしっかりした口調で話した。
 春菜にインタビューしてから1年近くたって春菜に連絡すると、春菜の携帯電話は通じなくなっていた。以前、春菜を紹介してくれたひとに、春菜は最近どうしているの?と尋ねると、最近噂を聞かないなと言ったあと、和樹に聞いてあげようか、と言ってくれた。
春菜を働かせて生活していた和樹に聞きたいことは何もないと思ったから、私はその誘いを断った。
 それからも和樹の噂はときどき聞いた。和樹は、春菜がいない沖縄で暮らすのは嫌だと言ったらしい。春菜と別れたあと、東京に行ったらしい。東京ではホストをしているらしい。お盆に帰ってきてライカムで爆買いしていたらしい。バーに行っても居酒屋に行っても話題になるくらいかっこよかったとみんな話しているらしい。
 春菜と会えないいまなら、和樹に会ってもいいかもしれない。
 2017年の冬に、荻上チキさんのラジオ番組の仕事が東京であった。人づてに、和樹が私に会ってくれないかお願いしたら、一緒に暮らしているホストの子たちと鍋をしていて、和樹は大やけどをして入院していた。そのころだったら退院しているから会えると思うと和樹は言った。
 私と約束した2月のその日は和樹が退院する日だった。いろいろ考えて、和樹との待ち合わせは新宿椿屋にした。そこならタバコが吸えるし、駅から近くてわかりやすい。
それでも和樹がお店にたどり着くまでけっこう時間がかかった。待ち合わせから1時間近くたって私の目の前に現れたのは、やわらかいスウェットの上下を着た、肌の綺麗なテレビに出てくるような男の子だった。私に近づくと「迷子になっちゃった。こんなとこ、全然こないんで」と、その男の子は言った。
 「退院したばっかりなのに、ごめんね。どう、けがの具合?」と声をかけると、和樹はするするすると服をめくっておなかの傷を私にみせ、「もう、だいぶいいかんじです」と言った。そして顔をしかめながら今度はズボンをめくりあげ、「コルセットがずれるのが痛くて」と、太ももに巻いたコルセットをみせた。そして、「今日はこれからスタジオで撮影で、まだメイクしてなくて」と言うので、「メイクするんだ?」と言うと、「しますよ」と笑いながら、薄く剃られた眉をおさえた。
 女の子と会っているときみたいと思いながら、私は店員にケーキを注文する。

                  *

 女の子と会っているときみたいと思ったのは、和樹が綺麗なひとだったからだけではない。けがの具合を聞いたとき、和樹はためらうことなく服をめくり、自分の身体を私にみせた。こういう、一見すると相手の意のままにふるまってみせる受動的なパフォーマンスはなじみのものだ。こんなふうに自分のセクシャルな価値をよくわかり、それを使ってその場の空気を統制しようとする女の子や女性と私はこれまで何度も会ってきた。どこかで痛々しいと思いながら、そのひとがつくりだした空気に私はのる。それがそのひとのいちばん安心するコミュニケーションの取り方だからだ。
 インタビューで、和樹についてわかったことは多かった。和樹は父親に殴られて大きくなっていて、母親にお金をたかられていて、いまは家族にお金を送っている。だったら和樹は許されるのだろうか? 和樹は春菜を使い生きてきた。春菜が仕事をしたくないと泣いているときも、和樹は春菜を優しく促し仕事に行くように仕向けてきた。
 インタビューを書き起こしたデータをみながら、書くことによって、和樹のそうした日々が肯定されていいのだろうかと私は思ってきた。だが、取材した話を書かないことも違うようにも私は思う。
 和樹のインタビューの記録を、記録のまま出してみようと思う。これは、沖縄で殴られながら大きくなった男の子が、恋人に援助交際をさせながら1000万円以上稼ぎ、浪費し、恋人に振られて東京に出て、何もかもを利用しながら新宿の喧騒のなかで今日も暮らしている、そういう記録だ。いつか加害のことを、そのひとの受けた被害の過去とともに書く方法をみつけることができるといいと、私はそう思っている。

関連書籍