絶叫委員会

【第143回】詩の位置づけ

PR誌「ちくま」9月号より穂村弘さんの連載を掲載します。

 テレビを点けたら古い映画をやっていた。多羅尾伴内という人物が出ている。あ、これが「七つの顔の男」か、と見入ってしまった。​
「或る時は片目の運転手、或る時はインドの魔術師、或る時は狂った元軍人……、また或る時は冴えない私立探偵。しかして、その実体は……、正義と真実の使徒、藤村大造!」​
 クライマックスの名台詞はなんとなく知っていたけど、実際に見るのは初めてだ。恰好いい。これを云うために劇中で頑張って変装しまくるって設定が面白いよなあ。​

 だが、その後にも注目すべきシーンがあった。最後の最後、事件が解決してみんなが喜んでいる時、ヒーローはこっそりとその場を立ち去る。助けられた美女は必死にその後を追おうとする。が、男はオープンカーのアクセルをクールに踏み込む。その時、彼の手から一枚の紙がひらひらと舞った。それを拾った美女の目がきらきらと輝き出す。一編の美しい詩が記されていたのだ。凄い。いつ書いたんだ。さっきまで悪漢とピストルを撃ち合っていたのに。​
 多羅尾伴内シリーズの作品を幾つか見たところ、ラストの詩もお約束であることがわかった。或る時は車からひらひらと舞い、また或る時は壁に貼られている。主人公が美しい詩を残してゆくって、今の映画やドラマでやったら、はらはらするシーンになってしまうだろう。我々の心の中で詩の位置づけが変わってしまったのだ。​
 また、別の日に昔のスポ根ドラマ『柔道一直線』を見ていたら、詩を暗唱しながら登場する高校生がいた。​

 見よ​
 来る​
 遠くよりして疾行するものは銀の狼​
 その毛には電光を植ゑ​
 いちねん牙を研ぎ​
 遠くよりしも疾行す。​
 ああ狼のきたるにより​
 われはいたく怖れかなしむ​
 われはわれの肉身の裂かれ鋼鉄となる薄暮をおそる​
 きけ浅草寺の鐘いんいんと鳴りやまず​
 そぞろにわれは畜生の肢体をおそる​

 萩原朔太郎の「狼」である。この詩を口遊みながら柔道部の道場に登場したのは、主人公のライバルとなる転校生。まさに「狼」のような恐るべき奴、というわけだ。だが、詰襟の高校生がこれを暗唱(実際に読むとかなり長い)しながら現れるシーンは、なかなかシュールである。​

 A「誰だ!」​
 B「おまえ、北海道から転校してきた大沢じゃないか」​
 狼「大沢健二、二年生。柔道部へ入部したい」​
 A「入部の挨拶にしてはずいぶん気障なことをやるな」​
 狼「驚かせたかな、失礼」​
 A「何を!」​
 B「入部したいのなら我が柔道部の入部テストを受けてみろ!」​

 この後、北海道は大雪山の吹雪の中で狼が編み出した必殺技「卍崩し」が炸裂した。文武両道だ。​
 

 

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