佐藤文香のネオ歳時記

第28回「オクトーバーフェスト」「文化祭」【秋】

「ダークマター」「ビットコイン」「線状降水帯」etc.ぞくぞく新語が現れる現代、俳句にしようとも「これって季語? いつの?」と悩んで夜も眠れぬ諸姉諸兄のためにひとりの俳人がいま立ち上がる!! 佐藤文香が生まれたてほやほや、あるいは新たな意味が付与された言葉たちを作例とともにやさしく歳時記へとガイドします。

【季節・秋 分類・行事】
オクトーバーフェスト

 オクトーバーフェストとは、毎年10月に開催されるドイツのビール祭。日本でも定着しつつあるようなので、これもネオ季語にしようと思い立った瞬間、取材吟行という名のビール!! とイケイケな気持ちになってしまったわけだが、別に家でも飲んではいるし、先日はラグビーを見に行ってハイネケンを随分飲んだし、ということを考えると、単なる“秋ビール”にしないためにも調査が必要だと思い直し、妹に聞いてみることにした。うちの妹は大学院時代、ドイツに1年間留学していたのだ。もともとはあまりお酒が飲めず、わりあい小心者な妹だったが、ドイツから送られてきた写真には、顔よりでかいビアジョッキを掲げ、元気そうに写っていたのを思い出した。
 妹が住んでいたケルンからは、青春18きっぷ的なチケットを使い鈍行で半日かけて開催地ミュンヘンを目指すんだそうで、電車内ですでにプロースト(乾杯)しちゃってるドイツ人の殿方に囲まれ、到着前から洗礼を受けたという。会場では相席になった人と仲良くなったり、特大ジョッキを一度に10個も運ぶおばちゃんのたくましさに感嘆したり、けしからんよさな民族衣装ディアンドル(ナマエさんのイラスト参照)のお姉さまとご一緒したりと、なかなかの体験だったようだ。参加すれば誰もが、心身ともに一回り大きくなって帰って来れそうなイベントだ。
 対して日本のオクトーバーフェストは、オクトーバー以外に開催しまくる節操のなさ。どうもお外でみんなでドイツビールが飲めればOKということのようで、ためしに近所で開催されていないかと調べたら、中野四季の森公園では春と夏にすでに開催され、すでに終了していた。俳句にするならやはり季節感を重視したいので、日本のオクトーバーフェストを詠むときは10月頃に行われるものに限定して季語としたいところ。現在は豊洲で開催中とのことで、ならばやっぱり行くしかないと、友人とともに月曜の16時にイン。まだ薄い青を保った空に秋らしい幾種類かの雲が浮かび、その奥を落ちつつある太陽の明るみに重機が聳える。埋立地に連なる遠巻きのビルがいかにも都会の海だ。黄・オレンジ・黒のドイツ国旗に飾られたテントの長椅子長机にて、桃色のアイスバイン(煮た豚すね肉)にかぶりつき、ヴァイスブルスト(ふわふわ白ソーセージ)を剥きながら、まずはオクトーバーフェストビアをいただいた。300mlで1000円なのでかなり高いといえるけれども、チャージはないから軽く飲んで帰るだけなら悪くない。いつもは飲めないアタリなドイツ旨ビールを頼めればラッキーだろう。私は無濾過の白ビールが大好きなので、2杯目のヴァイツェンがよかった。
 近所でお仕事をされている方々が17時を過ぎると現れはじめる。「えーこれって毎日やってるんですか? 明日も来ちゃいましょーよー」などとのたまう女性とその上司。私が豊洲に勤めていたら、ふつうに1人で毎日来そうである。ビールの祭であるという陽気さだけでなく、寒くなりはじめる前の爽やかな空気を思わせる、そんな季語として使いたい。
 

〈例句〉
私を好きな人とオクトーバーフェスト  佐藤文香
オクトーバーフェストいろんな喉仏  髙久麻里(小部屋句会2019.9)
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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