ちくまプリマー新書

学校が教えないほんとうの政治の話

プロローグ 「選挙に行け」っていわないで!

なぜあなたは政治に関心がないのか

 若者が選挙に行かない。そういって大人はなげきます。
「君たちの将来が選挙によって決まるというのに、なぜ行かないの?」
「政治にも、少しは関心をもたなきゃ、いけないよ」
 余計なお世話というものです。そんな説教は何の足しにもなりません。

 日本の国政選挙の投票率はたしかに年々、戦後最低記録を更新しています。二〇一四年一二月の第四六回衆議院選挙における投票率は52・7パーセント。特に低いのは若い世代で、二〇代の投票率は32・5パーセント、三〇代は42・1パーセントでした。二〇代の三人に二人、三〇代の二人に一人は選挙に行かなかったことになります。
 二〇一六年から選挙権年齢が引き下げられ、一八歳(以前は二〇歳でした)から投票ができることになりました。それではりきっている人も、なかにはいるでしょう。では、あなたはどう? 政治や選挙に関心、ありますか?
 じつはどうでもいいやっていう人が多いんじゃないのかな。

 どうでもいい理由は簡単。あなたには「ひいきのチーム」がないからです。
 プロ野球ファンはなぜ、毎日のゲームの勝敗に一喜一憂するのでしょう。
 それは「ひいきのチーム」があるからです。
「へえ、阪神が巨人に勝ったんだ。だから?」
 そんな野球音痴の人はナイター中継も見ないし、球場にも足を運びません。
 NHKはなぜ、選抜高校野球大会と全国高校野球選手権、いわゆる春と夏の甲子園大会を生中継するのでしょう。それは「ひいきのチーム」を応援したくても甲子園球場に足を運べない人が全国におおぜいいるからです。

 この場合の「ひいきのチーム」とは「地元の高校」です。

「ひいきのチーム」は、このように、しばしば地域と強く結びついています。
四年に一度のオリンピックやサッカーのFIFAワールドカップで、あなたが日本代表チームを応援するのも「地元の代表だから」でしょう。
 しかし、地元は単なるキッカケ。もう少し事情通になると、それぞれ独自の基準で「ひいきのチーム」や「ひいきの選手」が決まります。あのプレイは天才的だとか、ストイックな姿勢が好きとか、理由はいろいろでしょうけれど。

人は「ひいきのチーム」がないとやる気が出ない

 話を選挙にもどします。 選挙とは、端的にいえば「ひいきのチーム」や「ひいきの候補者」に一票を投じる行為です。「ひいきの候補者」とは、いま風にいえば「推しメン(推薦したいメンバー)」かな。しかし、あなたには「ひいきのチーム」がなく「推しメン」もいない。そんなあなたに選挙に関心をもてといっても、どだい無理な話でしょう。
「なぜ選挙に行かないのか」と問う大人には、「じゃあ、あなたはなぜAKB48のシングル選抜総選挙に参加しないのか」と聞いてみればよいのです。AKB48シングル選抜総選挙とは、二〇〇九年から毎年一回行われているファン投票で、投票数の多かったメンバーが選ばれシングル曲を歌うことができるというシステムですが、AKB48に関心のない人は、メンバーの顔が並ぶホームページを見ても、誰も区別がつかず、「何がおもしろいんだ?」と首をかしげるばかり。

 同じことが、あなたと選挙の関係についてもいえます。AKB48はそれでもアイドルですから、彼女たちを知らなくても音楽は楽しめます。ところが選挙ときたら、投票用紙に候補者か党の名前を書いて箱に入れる、それしかやることがないのです。

 周囲に「行け行け」とせっつかれ、しょうがないので、あなたは投票所に向かいました。投票所の前には候補者の顔写真がついた選挙ポスター。並んでいるのは見知らぬオッサン、オバハンばかりです。誰が誰やらわかりません。投票用の個人ブースには「自民党 A山B男」「共産党 C川D子」などと書かれた紙がはってあります。ますますわからなくなります。困ったあなたは考えます。
「自民党? なんか聞いたことあんな。共産党ってのも聞いたことあんな。どっちにすっかなあ。まあいいや。じゃあ自民党ってことで」
 これで選挙のすべてが終わりです。そしてあなたはいうのです。「こないださあ、選挙に行ってみたけど、べつにおもしろくなかったわ」。そしてついでにもう一言。「政治なんか、誰がやっても変わんないんじゃね?」

 そりゃそうです。あなたが選挙を楽しめなかったのは、候補者のちがいがわからず、選ぶ基準をもっていなかったからです。候補者に思い入れがないのですから、投票した人が当選しようがしまいがどうでもいい話でしょう。

「ひいきのチーム」のある人はちがいます。この人たちは、どんなにお天気が悪くても、その日、どんなに大切な約束があっても選挙に行きます。
 理由はひとつ。「ひいきのチーム」を勝たせたいからです。そして「ひいきのチーム」が勝てば「日本もまだ捨てたものではない」と思って上機嫌になり、負ければ「日本はもうおしまいだ」と考えて絶望的な気分になります。「ひいきのチーム」があるとないとでは、選挙でのエキサイティング度が天と地ほどもちがうのです。

学校でも職場でも「リアルな政治」は学べない

 では、なぜあなたには「ひいきのチーム」がないのでしょう。

 ひとつは学校教育のせいです。日本の義務教育では、小学六年生と中学三年生の社会科(公民)で、政治のしくみを学びます。民主主義とは何か。憲法の三つの柱とは。三権分立とは。政党政治と選挙のしくみとは……。
 いずれも大切な事項です。しかし学校では、口が裂けても「ひいきのチームをもちなさい」とは教えません。文部科学省の方針で、それは禁じられているからです。

 文科省の教育方針を定めたある文書(中学校学習指導要領解説社会編)にはこんな文章があります。〈(政治に関する教育については)いわゆる党派的政治教育を行うことのないようにする必要がある〉。この文章でいう「党派的政治」が「ひいきのチームの応援」にあたります。また、学習指導要領の上位にある教育基本法第一四条には、こんな規定もあります。〈法律に定める学校は、特定の政党を支持し、又はこれに反対するための政治教育その他政治的活動をしてはならない〉。

 これでは政治に興味をもちようがありません。ひいきのチームもなしに、野球やサッカーを観戦して何がおもしろいでしょう。皮肉なことに学校は、もっとも政治とは遠いやり方で、政治(みたいなもの)を教えているのです。

 とはいえ、文科省の判断もまちがってはいません。「党派的教育」をオッケーにしたら、学校はいろんな「党派」の人たちの合戦場となってしまいますし、学校が特定の党派に肩入れしたら、生徒たちはそれ以外の意見にふれる機会を失ってしまいます。 では、学校を卒業した後はどうでしょう。

 日本の社会は全体に「政治的であること」を嫌います。「ひいきのチーム」はもっていても、それを隠す人は少なくありません。下手なことをいうと、殺されるからです。いや殺されなくても、浮くんじゃないか、嫌われるんじゃないか、信頼を失うんじゃないか、仕事を干されるんじゃないか……。みんな、ビクビクしています。
 じじつ、職場や職種によっては、ほんとうに「仕事を干され」ます。干される可能性が特に高いのは、芸能人や放送人でしょう。政治的な発言をしたためにテレビから消えた人。ブログやツイッターが炎上し、二度と政治的な意見を表明しなくなった人。片方では政治に関心をもてといいながら、もう片方では政治的な意見を述べた人を社会的に抹殺する。それがこの国の隠れたオキテです。

 また、マスメディアは「中立公正」をモットーにしていますから、ニュースキャスターやコメンテーターも、めったに自分の意見をいいません。ジャーナリストなんかは、政治意識がそうとう高いはずですが、それでもほとんどの人は当たり障りのないことしかいいません。みなさん、仕事を干されたくはないのです。

 さあ、もうおわかりでしょう。学校でも職場でもテレビでも、大人は政治的な意見を表明しない。これでは「リアルな政治」が学べるわけがありません。

あなたのホームを見つけよう

「ひいきのチームをもつこと」を、別の表現で「党派性」といいます。党派といっても、自民党とか共産党とかの、ああいう既成の政党のことではありません。もっとざっくりした、政治的な立ち位置のようなものです。いいかえれば、あなたにとっての「ホーム」はどこで、「アウェイ」はどこかってことですね。
 私にも、もちろん「ホーム=ひいきのチーム」はありますが(それについては、後でおいおいお話しします)、それをあなたに押しつける気はありません。

 世の中にはどんな政治的ポジションがあって、自分はどこに近いのか。あの党とこの党、あの候補者とこの候補者のちがいを見きわめるポイントは何なのか。
 おもしろいことに「ホーム」がどこかはっきりすると、「アウェイ」にも関心が向きますから、社会のしくみが、だんだんクリアに見えてきます。

 そして、ついでにいうと、友だちが増えます。同じチームを応援するサポーターどうしが仲良くなるのと同じこと。なにげない会話から「この人も同じ考えだったんだ」と知るのは楽しい体験です。彼や彼女と語り合うことで、あなたの見聞は深まり、やがては学校や職場の「政治音痴」な人たちが、歯がゆく思えてくるでしょう。

 誰もわざわざ口にはしませんが、政治に関心が高い人は、みんな、そのようにして自らの政治的センスを養ってきたのです。

 この本の最終的な目的は、あなたの「ホーム」を見つけてもらうことです。そのために、この本では各章で「二つの選択肢」を示して、考えてもらうことにしました。AとBのどちらにあなたは近いか、まずはそこからはじめてください。

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