世の中ラボ

【第114回】いま話題のMMTってどんな理論?

ただいま話題のあのニュースや流行の出来事を、毎月3冊の関連本を選んで論じます。書評として読んでもよし、時評として読んでもよし。「本を読まないと分からないことがある」ことがよく分かる、目から鱗がはらはら落ちます。PR誌「ちくま」2019年10月号より転載。

 MMTという言葉を最近よく聞く気がしないだろうか。Modern Monetary Theory(モダン・マネタリー・セオリー)。日本語でいえば現代貨幣理論、または現代金融理論である。
 政府が自国通貨建ての借金をいくら増やしても財政破綻はせず、インフレはコントロールできる。デフレの際に緊縮財政なんてもってのほか、もっと借金をして財政出動すべきである。――ざっくりいえば、そんな主張を含んだ理論のことだ。
 主流派経済学者はこぞって反発、MMTは国を滅ぼすトンデモ理論だと批判している。MMT論者はしかし、いやいや主流派経済学こそが貨幣の本質をわかっていないと反論する。
 九〇年代に誕生したMMTがアメリカでにわかに注目を集めたのは、二〇一九年初頭。バーニー・サンダースに近い民主党左派のオカシオ=コルテス下院議員がこれを支持すると発言したのがキッカケだった。議論の波はたちまち日本にも押し寄せた。七月にはMMTの提唱者のひとりであるアメリカの経済学者ステファニー・ケルトン教授が来日。入門書や翻訳書もあいついで出版されている。
 今日の日本でMMTが注目されているのは、長引くデフレ不況への有効な政策がいまだに打てないことも関係していよう。はたしてMMTとは何なのか。さらにここから導き出される財政政策とはどんなものなのか。関係書籍を覗いてみた。

財政赤字は心配無用、税は国の財源ではない
 まず、L・ランダム・レイ『MMT現代貨幣理論入門』。翻訳が待たれていたMMTの基礎的な入門書である。500ページを超す大著だが、要点は序論で述べられている。
〈MMTが導き出す結論は、通俗観念に染まった多くの人々にとってショッキングなものである。最も重要なのは、MMTがオーソドックスな考え方に対して異議を唱えていることだ〉。
 たとえば政府の財政赤字について。
〈MMTは、政府の財政は家計や企業のそれとはまったくの別物だと主張している。これは、ほとんどの人々にとって、身近で重要な信念に対する最大の異議申立である。我々は、「わが家の家計が連邦政府予算と同じような状態だったら、破産してしまう」「それゆえ、政府の赤字を抑制しなければならない」と常々聞かされているが、MMTはこのアナロジーは誤りであると主張する〉。〈政府が、自らの通貨について支払不能となることはあり得ない〉し、〈政府が支出するために租税収入を必要としないのは明らかである〉。なぜって通貨を発行するのは政府自身だから。現代の政府は中央銀行を有している。支払いのほとんどが電子化されて見えにくくなっているが〈200年前なら明白だった。国王が支出のために文字どおり硬貨を打ち抜き、その後、租税の支払いを自らの硬貨で受け取っていた〉のである。
 政府の借金についてもしかり。〈政府による国債の売却は借入れとはまったく異なるものであると、MMTは位置づけている〉。国債の売却や買入れはすでに時代遅れだ。〈政府は支出のために自らの通貨を「借りる」必要がない!〉のである。
「えっ、ほんと?」ですよね。政府の財政が破綻する、国の借金を次代の子どもたちに回してはいけないと、私たちもまたさんざん脅されてきた。しかし、政府が自分で貨幣を造れるなら、たしかに借金や財政赤字を心配する必要はないことになる。
 もうひとつ「えっ、ほんと?」なのは税に対するMMTの考え方だ。〈MMTは、租税制度の主な目的は通貨を「動かす」ことであると主張する〉。〈租税の本当の目的は、政府に支出の「財源」を供給することではない〉。人々が通貨を受け取る理由のひとつが〈その通貨で租税を支払わなければならないから〉だ。
〈なんだって? 君は、政府が支出をするのに租税収入は必要ないって言うのかい? そのとおりだよ、ワトソン君〉。なぜって短期間の例外を除けば〈我々の政府はいつも租税収入を上回る支出を行ってきたのだから〉。〈我々は「租税が政府支出を賄う」と考えることに慣れきっているため、これは衝撃的なものに感じられる〉が、通貨を発行しない地方政府や州などは別として,MMTは税の存在理由を〈貨幣に対する需要を創造する〉こと、あるいは〈総需要を減らすことだと認識している〉。税は、物価を調整するための手段であり、累進課税や所得税といった格差是正のための再分配の手段であり、喫煙やギャンブルなどの「悪」を抑制するためにかけるものだ、と。
 政府の財政赤字を気にする必要はない。税金は政府にとっての財源ではない。狐につままれたような気がする半面、この考え方が新鮮に感じられるのは、「小さな政府」を標榜し、市場原理にすべてをゆだねる新自由主義経済とは反対の方向をMMTが目指していると見えるせいだろう。その発想は社会民主主義に近い。
 もう一冊、日本の事情も睨んだ本を読んでみよう。中野剛志『目からウロコが落ちる 奇跡の経済教室【基礎知識編】』。MMTを一早く日本に紹介した著者による〈「これ以上は無理!」というくらいに分かりやすく説明〉した本である。
 中野はまず、日本だけがなぜ長期のデフレ不況に悩んでいるのかという話からはじめる。一九九五~二〇一五年の各国の経済成長率(名目GDP)を見ると日本は最下位、しかもマイナス成長を記録しているのは日本だけ。日本経済の成長が止まった理由は簡単、〈日本政府が「デフレ下におけるインフレ対策」という愚行を続けてきたからです。それでデフレが続くようになった。だから、経済成長もしなくなった。/当然の結果でしょう〉。
 財政支出の削減、消費増税、「小さな政府」を目指した行政改革、規制緩和、自由化、民営化、グローバル化など、平成の日本が行った「改革」は八〇年代の英国サッチャー政権や米国レーガン政権を手本とする新自由主義の政策だった。しかし、当時の英米はインフレに悩んでいた。その政策をデフレ対策が求められるタイミングで行ったらどうなるか。結果は目に見えている。
〈デフレの時には、「大きな政府」こそが望ましいものとなります。/政府が支出を増やせば、需要が生まれます。公務員など公共部門で働く人の数を増やして、雇用を創出するのもいいでしょう。公務員の給料を上げれば、民間企業も給料を上げざるを得なくなります。従業員の給料が上がれば、所得が増え、消費も増えます。このように、政府を大きくすることは、需要を創出するので、デフレ対策として有効なのです〉。

日本の経済政策とMMT
 一連の理論の中で、躓きの石となるのは「貨幣」についてかもしれない。そもそも貨幣とは何なのか。私たちがイメージするのは紙幣や硬貨、旧来の価値観では「金本位制」などというように金銀など有価物に裏付けられた交換の道具とされてきた。しかし、「貨幣とは負債である」というのがMMTの考え方だ。
 前者は「商品貨幣論」、後者は「信用貨幣論」。
 銀行は人々の預金を元手に貸し出しを行っていると私たちは思ってきた。だが実際にはその反対で〈貸出しによって、預金という貨幣が創造されるのです〉。〈「銀行の貸出の段階で預金は創造される」のですから、銀行の貸出しが、元手となる資金の量的な制約を受けるということはありません〉。さあ、だんだん頭がこんがらがってきたぞ。っていうか、それほんと? 
 さらに、不安なのは財政破綻は本当に起きないのか、ということだろう。たとえば実際に経済破綻したギリシャは? 
 その件についてはレイも中野も手厳しい。根本的な原因はEMU(欧州通貨同盟)の欠陥にある。〈ユーロを採用した国々は、自国通貨の発行権という特権を放棄したために、国家であるにもかかわらず、民間主体と同じように、破綻する可能性のある存在へとなり下がってしまった〉。そして〈財政健全化を目指して、歳出削減や増税の努力をして、プライマリー・バランスを黒字化〉(中野)したものの、結局は経済破綻に陥った。そこに至るまでにギリシャがどれほど困難な道を歩んだかは、ヤニス・ヴァルファキス『わたしたちを救う経済学』に詳しい。が、逆にいうと、自国建ての国債を発行する日本が返済に困ることはない。
 MMTが正しいのかどうか、私に判断する力はない。しかし少なくともこれが、いままで私たちが吹き込まれてきた「常識」とかけ離れているのはたしかだろう。「財政の健全化」を叫び、ことあるごとに「財源は?」と問われ、与党も野党も緊縮財政一本槍で進んできた日本の経済政策。しかし成果は上がっていないのよね。ならばこっちを採用してみればいいのにと無責任にけしかけたくなる。実際、先月の本欄で紹介した山本太郎率いる「れいわ新選組」の経済政策はMMTにきわめて近いところがある。
〈MMTは、本書の立場と同じように、「自国通貨を発行できる政府は、財政破綻を懸念する必要がない」と主張し、機能的財政論を支持し、健全財政論を否定します。それは、貨幣の考え方からして、主流派経済学とは180度も違うものです。言わば、天動説と地動説くらい、異なるのです。/もちろん「地動説」(正しい説)はMMTのほうで、主流派経済学は「天動説」です〉(中野)。
 海外で左派の人気の理論とされる一方、日本のMMT論者は保守派の論客が多いのがおもしろいところ。自民党でも一部で勉強会が行われている由。これからの行方がちょっと見モノ。

【この記事で紹介された本】

『MMT現代貨幣理論入門』
L・ランダル・レイ/島倉原監訳/鈴木正徳訳、東洋経済新報社、2019年、3400円+税

 

〈第一人者による「バイブル」待望の邦訳! アメリカで大論争、国会でも議論白熱〉(帯より)。著者は「ポスト・ケインジアン」の代表的論客として知られる一九五三年生まれのアメリカの経済学者。「MMTはイデオロギーでも願望でもなく現実だ」として「財政は赤字が正常で黒字のほうが異常、むしろ、どんどん財政拡大すべき」という新理論を解説。中野剛志と松尾匡による解説付き。

『目からウロコが落ちる 奇跡の経済教室【基礎知識編】』
中野剛志、KKベストセラーズ、2019年、1600円+税

〈平成の過ちを繰り返さないために! 経済常識が180度変わる衝撃!〉(帯より)。著者は一九七一年生まれの評論家。日本にいち早くMMTを紹介した論客のひとり。「日本経済が成長しなくなった単純な理由」「デフレの中心で、インフレ対策を叫ぶ」など章タイトルも本文も砕けているが中身は濃い。後半ではMMTに反対する論者を片っ端からこきおろす。続編の「戦略編」も発売中。

『わたしたちを救う経済学――破綻したからこそ見える世界の真実』
ヤニス・ヴァルファキス/中野真紀子監訳/小島舞+村松恭平訳、Pヴァイン、2019年、3130円+税

 

〈いま最も注目を集めるカリスマ経済学者 世界中のメディアから称賛を浴びた起死回生への道筋〉(帯より)。著者は一九六一年生まれ。ギリシャの経済学者。二〇一五年に財務大臣を務め、債務問題に直面。EU結成へと至る過程と、ギリシャが財政危機に陥るまでがドラマチックに語られる。『父が娘に語る 美しく、深く、壮大で、とんでもなくわかりやすい経済の話。』はベストセラーになった。

PR誌ちくま2019年10月号

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