海をあげる

手と手と手

 火曜日はまる一日お休みをとって、ふたつの病院をはしごした。
 午前中に予約をいれていた喘息専門の病院の医師からは、気管支には異常がないけれど肺の雑音は聞こえるから、いままで試さなかった種類の抗生剤を試してそれでも治らなかったら精密検査をしようと説明された。
 午後に行った東洋医学の医師は、今年になってから耐性の強いマイコプラズマ肺炎が出ていると話し、午前中にもらった薬の名前を告げるとそれは新しい薬でたぶんマッチすると思うと言って身体を温める治療をしてくれた。ほかほかになって家に帰って、夫がつくってくれたご飯を食べて新しい薬を飲んだら、久しぶりに明け方までぐっすり眠った。
 木曜日には、友だちが研究室に来て仕事を手伝ってくれた。高校時代からの友だちは、優しい声で話す美しいひとで、私はこの人に困ったことがあると助けてもらってやってきた。
 大量の書類を整理しながら最近の悩みをひととおり報告する。――最近、風花はとにかくなんでも時間がかかること、おねしょを一晩に二回もするから、毎日四回も洗濯機を回していること、トイレが終わると私におしりを拭いてもらおうと「マーマ、はやくこないかな」という自作の歌で呼びだすこと、今朝も「どのお洋服も嫌だ」と言ったので「いい加減にして!」と怒鳴ってしまい、いまも自分の怒鳴った声が耳に張りついていること。
 友だちは私の話をひととおり聞いてから、「子どものこと怒鳴っちゃうよね」と話し出す。

 「でもさ、朝はどこも大変だよ。うちはねー起きないよ、7時にようやく起きるよ」と言うので、「えー、学校間に合う? 子どもたち何時に家を出るの?」と聞くと、「7時25分!」と友だちはきっぱり言う。「ありえん!」と私が言うと、「だっから、朝はすごいの、はい、着替えて! はい、食べて! ずっと言っているよ。ご飯もいい加減だよー、菓子パンとか食べさせることもあるし、早くしろ! 早くしろ! って、怒鳴っているよ」

 「そんなことを言う姿は想像もつかない」と私が笑うと、「でもね、すごいの! おまえら! とか、てっめぇ! とかやっちゃうの」と、私の友だちはにこにこ笑う。

 「大丈夫、大丈夫。さっきの風花のお歌、私、泣きそうになっちゃったよ。子どもの成長は行きつ戻りつだよ。おねしょはいつかとまるし、子どもはすっとわかるようになる日がくるから、大丈夫、大丈夫」

 夕ご飯の食卓で、友だちが言ってくれたことを夫にも報告する。「そんなふうに怒鳴るところはちっとも想像もできないけれど、でも、なんだか元気になるような話だね」と夫も笑う。
 新しい薬を飲みはじめて1週間たつと、ぴたりと咳が止まって元気になった。元気になると、娘がわがままをいっても苛立たない。こういう時期もあり、そしてこういう時期もいつかなくなるのだという友だちの言葉を思い出しながら、わがままを言う娘を眺めている。

 日曜日の朝、庭の水仙鉢でオタマジャクシが卵からかえるところを娘と見た。
 数日前の夜中、カエルの声がやかましく鳴いていて、朝になって水仙鉢をのぞいたら、あぶくのような泡に包まれた卵がたくさんあった。
 「これはたぶん、オタマジャクシの卵で、この卵のなかには、オタマジャクシの赤ちゃんがはいっている」と娘に伝え、それから毎日水仙鉢をのぞいていた。
 日曜日の朝もふたりで水仙鉢を見ていたら、卵のなかでは黒いものがぐるぐるぐるぐる回っていた。「早く出ておいで」と娘は言って、卵に息を吹きかける。そしたら卵のなかから小さなオタマジャクシが次々と外に飛び出してきて、「産まれる、産まれる」と娘は歓声をあげて喜んだ。
 娘のそばで身をかがめているとき、私はいつも同じことを思っている。母親はひとりで母親になるのではない。無数の手、助けようと差し出される手に守られることで、私たちはようやく母親として子どものそばにいることができる。
 子どもが虐待された事件を聞くと、ほとんど反射的に泣いている。温かくて熱い子どもの身体の重みと、そのそばにいて自分もまた暴力を受けている母親のことを思うからだろう。
 それは私の娘ではなく、私でもない。でも、その場所と私がいる場所はまっすぐ地続きだと、私はそう思っている。私には、私を支える手がたくさんあるから、私は暴力を使わない。でももしも私が私を支える手を失い、自分もまた暴力を受けてしまうような場にいたら、私もまた目の前の娘を助けることなどできないだろう。
 「母親であれば、どんな状況であっても子どもを助けられるはずだ」とあの母親を批判するひとたちは、本当に自分の手で子どもを育てたことがあるのだろうか。あの温かくて熱い体温を持った、あんなにも自分のやりたいことを通して生きようとする子どもたちを、支え手ひとつないなかで抱き上げたことがあるのだろうか。