世の中ラボ

【第115回】北海道を舞台にした小説が熱い!

ただいま話題のあのニュースや流行の出来事を、毎月3冊の関連本を選んで論じます。書評として読んでもよし、時評として読んでもよし。「本を読まないと分からないことがある」ことがよく分かる、目から鱗がはらはら落ちます。PR誌「ちくま」2019年11月号より転載。

「WB」というフリーペーパーで「名作異聞【ご当地文学篇】」という連載をこっそり続けている。その土地土地にゆかりの作家や作品を取り上げて論評する、軽めのエッセイみたいな連載だ。夏目漱石『坊っちゃん』と松山(愛媛県)とか、志賀直哉『城の崎にて』と城崎(兵庫県)とかね。この種のご当地文学は町の観光資源になっていたりもするので、話題には不足しないのだけれど、書きながら「だからなんだ」という気がせぬでもない。
 ご当地文学には、大きく二つのタイプがある。ひとつは作家が滞在先や旅先での見聞を踏まえて書いた作品で、『坊っちゃん』『城の崎にて』、あるいは川端康成『雪国』『伊豆の踊子』なんかはこのタイプである。もうひとつは作家が自身の出身地を舞台に描いた作品で、必然的にそれは自伝的な体験とも重なる。井上靖『しろばんば』はこのタイプ。親を主人公にした作品としては、島崎藤村『夜明け前』、火野葦平『花と龍』などが該当しよう。
 旅系ご当地文学と、自伝系ご当地文学とどちらがおもしろいかといえば、軍配が上がるのはやはり自伝系である。土地への思い入れや理解度がやっぱり深いし、とりわけ右に挙げた三作は土地の歴史や地勢学的な特徴が物語の重要な要素を占めており、『しろばんば』は中伊豆(静岡県)の、『夜明け前』は木曾谷(長野県および岐阜県)の、『花と龍』は北九州(福岡県)の風土を知る上でも興味深い。長年読みはじめては挫折していた『夜明け前』を私が通読できたのは、完全に木曽を訪れたからだった。
 ということはあるのだけれど、そこの出身者じゃなくたって、この種の小説を書く権利はあるわけですよね。その伝で最近話題になったのは、今年一月に直木賞を受賞した真藤順丈『宝島』(講談社)だろう。返還前の沖縄で生きる三人の若者を、米軍機墜落事故やコザ暴動といった実際の歴史をからめて描いたこの作品は、作者が東京出身であることも含めてなかなかにチャレンジングだった。
 で、本題。このたびのテーマは沖縄ではなく北の大地、北海道である。たまたま読んだ数冊の舞台が続けざまに北海道だったというのが最大の理由なのだけど、もしかしたら今後開拓すべき文学の可能性はこのへんにあるのではないか、とも思ったのだ。

アイヌと朝鮮人とポーランド人と
 まず、葉真中顕『凍てつく太陽』。ジャンルでいえば、これは冒険小説に近いミステリーである。
 物語は太平洋戦争末期、昭和一九年一二月の室蘭からはじまる。鉄の町の異名をとる室蘭は、大日本帝国随一の軍需工場の密集地帯であり、兵器の製造拠点であった。これらの工場は存在自体が軍事機密であり、秘匿名で呼ばれている。
 そんな工場のひとつが、大東亜鐵鋼「愛国第308号工場」で、工場外では、貯炭場から石炭を積み出す室蘭港の桟橋まで人力で石炭を運ぶ大勢の人夫が働いていた。彼ら「伊藤組」の人夫は大半が募集や徴用で集められた朝鮮人で、飯場を仕切る伊藤博も、監督将校の金田少佐も日本名を名乗ってはいるが半島の出身だった。
 その中でただ一人の例外が日崎八尋。大和人の父とアイヌの母を持つ、じつは特高警察の刑事である。脱走した人夫の逃走経路を探るため、彼は朝鮮人になりすまして飯場に潜入したのである。
 同僚の朝鮮人・ヨンチュンを騙すことで、八尋はこの任務をみごとに果たすが、翌二〇年二月、彼は思わぬ濡れ衣で逮捕される。くだんの伊藤博と金田少佐が、一月、室蘭市内の料亭を出たところで毒殺されたのだ。事件の捜査にも参加していた八尋に嫌疑がかかった理由のひとつは、彼が生まれ育った道内の畔木村で、亡き父がかつてトリカブトの研究をしていたことだった。厳しい拷問の前に命の危険を感じた八尋は、やってもいない罪を認め、無期懲役の有罪判決を受けて、五月、網走刑務所に収監される。
 物語の主眼は伊藤と金田を毒殺した犯人探しである。でも、それだけではない。さまざまなルーツを持つ人々のアイデンティティと、国家の関係を、小説は鋭く問うのである。
 すでに国の命令で廃村にされ、村人が去った後の畔木村に一人残った長老は、八尋相手に嘆息する。〈ずっと昔から、アイヌにはアイヌの暮らしがあった。国なんてもんに縛られず、集落の中で、山や海の恵みを分け合い、神とともに生きる、そんな暮らしだ。(略)けれど、大和人は、そんなアイヌを勝手に皇国臣民なんてもんにしちまった。みんながみんな、天皇陛下の子供だって言うじゃねえか。そんで土地も、言葉も、神も奪った〉。
 騙されて裏切られたのはアイヌだけではなかった。甘言に乗せられて半島から来たヨンチュンはいう。〈『北海道の工場なら楽に稼げる』って聞かされて、ここに連れてこられたんだ。こんなきついなんて聞いてなかったぜ〉。〈結局、俺たちは皇国臣民にはなれないってことだよ。日本語を喋れるようになって、日本風の名前になって、お国のために働いてもさ、日本人は俺たちを蔑むんだ。同じ仕事をしてても、給料は俺たちの方がずいぶん安いし、日本人は寮で生活してるのに、俺たちはタコ部屋に押し込まれる〉。
 そのヨンチュンと網走刑務所で再会した八尋は、「スルク」を名乗る真犯人に接触すべく、ヨンチュンに脱獄をもちかける。
 一転、川越宗一『熱源』は史実に基づく歴史小説である。舞台は北海道よりさらに北に位置する島、樺太(サハリン)だ。
 二人の人物が登場する。
 一人は樺太で生まれ、明治維新の直後に、北海道は石狩川沿いの原野に集団移住させられたアイヌの青年・ヤヨマネクフ。〈諸君らは、立派な日本人にならねばなりません。そのためまずは野蛮なやりかたを捨て、開けた文明的な暮らしを覚えましょう〉。新しくできた教育所で、ヤヨマネクフらアイヌの子弟はそう教えられたが、コレラや疱瘡で友人や妻を亡くした彼は、やがて山辺安之助と名前を変え、再び樺太に戻ることを誓う。
 もうひとりは、リトアニア生まれのポーランド人、ブロニスワフ・ピウスツキ。ロシアの同化政策によって母語であるポーランド語を奪われた彼は、一八八六年、皇帝暗殺未遂事件に巻き込まれ、懲役一五年の流刑囚として樺太に送られてきた。
 日露戦争をはさみ、明治維新直後から第二次大戦までの長い時間を物語は描くのだが、驚くべきは、その後の二人の人生である。ブロニスワフは、樺太で出会った先住民・ギリアークの人々に興味を持って民族学者となり、アイヌの女性と結婚するも、故国の独立運動に参加すべく妻子を置いてヨーロッパに戻る。〈故郷を取り戻したら必ず、この島に帰ってくる〉といい残して。
 一方、苦労して樺太に戻ったヤヨマネクフだったが、そこはすでにロシアの配下となっていた。だけど話はそこで終わらない。日露戦争後、彼は日本領となった樺太南部の副総代となり、やがて親友のシシラトカとともに、犬ぞりの御者として白瀬南極探検隊に加わって南極点を目指すのだ。極点旅行を断念した隊を呪ってヤヨマネクフは咆哮する。〈先を越されても、世界で二番目か三番目に南極点に行ったって世界に認められるのはアイヌの俺だ。今、そこいらで諦めてる和人たちじゃない。だから俺は南極点へ行くんだ。死に絶えるか〝立派な日本人〟なんてのに溶かされちまう前に、島のアイヌがアイヌとして生きられる故郷を作るんだ〉。

主役は土地の歴史風土
 ご当地文学といったけれども、『凍てつく太陽』も『熱源』も、ただ単に文学散歩の題材を提供するだけの小説ではない。複数の民族がからんだきわめてスケールの大きい物語であり、国家に翻弄された北海道や樺太の歴史なしには成り立たない。それぞれに土地と言語を奪われたアイヌと朝鮮人、あるいは樺太アイヌとポーランド人は、共通した歴史を背負っているともいえるだろう。
 ちなみに『凍てつく太陽』の作者・葉真中顕は東京出身、『熱源』の作者・川越宗一は大阪出身で、北海道と特に深いかかわりがあったわけではないという。でもさ、それでも書ける、というかだからこそ書けることも、あるんじゃないか。
 物語の背景としてたまたま選ばれた土地ではなく、土地の歴史風土そのものが半ば主役であるような文学。今後開拓すべき文学の可能性といったのは、そういうことを意味している。
 さて、最後にもう一冊、同じ意味で秀逸な北海道文学を紹介しておきたい。河﨑秋子『土に贖う』。これは明治・大正・昭和の北海道で一時的に興隆をきわめるも、現在では完全に廃れた産業と、そこで働く人々に取材した短編集である。
 描かれているのは、蚕の卵をとって養蚕農家に売る札幌の蚕種業(「蛹の家」)、戦後、一世を風靡した毛皮用のミンクの養殖業(「頸、冷える」)、ハッカ草からハッカ油の製造までを担う北見のハッカ農家(「翠に蔓延る」)、各地の島を渡り歩いて羽毛を採取するための水鳥を撲殺する男(「南北海鳥異聞」)など。酪農、石炭、ニシン漁などのいかにも「北海道らしい」仕事とは異なる職種ばかりである。だが、札幌周辺には蚕の餌になる野桑が大量に自生していたこと、ミンクの養殖は軍用の毛皮をとる狐の養殖に代わる産業だったことなど、いずれの仕事もなぜその時代のその土地でなければならなかったかが丁寧に書き込まれ、誇りをもって働く人々の姿が印象深く刻み込まれる。
 先住民族から日本政府が土地を収奪してできた北海道には、たしかにドラマチックな要素が多い。三冊読んで感じるのは「北海道は熱い!」である。とはいえ熱いのは、北海道だけってわけでもないだろう。どんな土地にも固有の歴史や文化はあるんだから。

【この記事で紹介された本】

『凍てつく太陽』
葉真中顕、幻冬舎、2018年、1800円+税

 

〈昭和二十年の北海道を舞台にした、かつてない「戦中」警察小説!〉〈民族とは何か、国家とは何か、人間とは何か。魂に突き刺さる、骨太のエンターテイメント!〉(帯より)。作者は1976年、東京都生まれ。本作で日本推理作家協会賞と大藪春彦賞を受賞。物語の後半では、脱獄後の八尋の動向とともに、「愛国第308号工場」の秘密と真犯人のおそるべき計画が暴かれる。

『熱源』
川越宗一、文藝春秋、2019年、1850円+税

 

〈降りかかる理不尽は「文明」を名乗っていた〉〈滅びてよい文化などない。支配されるべき民族などいない。樺太アイヌの闘いと冒険を描く前代未聞の傑作巨篇!〉(帯より)。作者は1978年、大阪府生まれ。ヤヨマネクフもブロニスワフも実在の人物で、樺太に学校を設立するという共通の目的で出会うも、直後に日露戦争が勃発する。それぞれアイヌ研究に大きな足跡を残した。

『土に購う』
河﨑秋子、集英社、2019年、1650円+税

 

〈札幌、根室、北見、江別――可能性だけにかけ、挑んだ男たちを峻烈に描破した傑作短編集〉(帯より)。著者は1979年、北海道別海町生まれ。前作『肉弾』で大藪春彦賞を『凍てつく太陽』と同時受賞。作品の舞台は北海道全域にわたる。表題作は江別町野幌のレンガ工場の過酷な労働を描いたプロレタリア文学の趣が濃い作品。「男たち」というが女性や少年少女も多数登場する。

PR誌ちくま2019年11月号

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