PR誌「ちくま」特別寄稿エッセイ

ジョン・レノンの先輩と文士の同窓

文芸部のその後・2

PR誌「ちくま」12月号より屋代秀樹さんのエッセイを掲載します。

 先日、高校演劇の審査員をやらせてもらったのだが、とある高校の作中のギャグで「美川憲一のモノマネをするコロッケのモノマネ」をやっていて、非常に驚いた。自分が子どもの頃に流行ったネタだから、少なくとも三十年近くは前のはずである。それを二十一世紀生まれの青少年が披露していて、しかもそこそこウケていた(ウケてたのは観覧に来ていた保護者の方々だけかもしれないが……)。
 そこまではいかないが、二十代の人たちが上演する小劇場の作品でも、十年くらい世代が違うんじゃないかって文物を扱ったギャグなどをたまに見かける。自分が子どもの頃に、大人(というかお兄さんお姉さん)が享受していた文化風俗には、けっこう憧れを抱くものだよなと感じている。大学の文芸部時代はそうだった。部員の誰もが、ちょっと上の世代の文化に憧れていた。
 いや、ちょっと上どころではなかった。当時通っていた渋谷のキャンパスにあった部室は、旧校舎の半地下、薄暗い廊下の突き当たりにあり、茶色くくすんだ廊下の壁には多分六〇年代のものだと思われる「機関車の先頭部分にマルクスの顔をあしらった(機関車マルクス!)集会告知のポスター」が張りっぱなしになっていた。部室内はコンクリートの打ちっぱなしで、いつの誰が書いたのか「神風連の純粋に学べ」という三島由紀夫の文句が殴り書きしてある。二十一世紀だったのに。
 日が暮れるまで部室でだべっていると、夜学の先輩が現れるのだが、またこの人がなんというか、金属フレームの丸メガネで、肩までの長髪、チェックのネルシャツにジーパン、大体アコースティックギターを担いでおり、「やあやあどうも」と言いながら部室に入ってくる。そして自作の曲を披露してくれる。大学から一駅の、酒焼けした声のおばあさんが大家の古い木造アパートに、人形のように美人だがエキセントリックな恋人と同棲していて、ビートルズと吉行淳之介と植木等を愛好していた。二十一世紀だったのに。
 語学のクラスが同じで、一番仲良かった同窓Yは、地元の友達と電話している口調を聞く限り、おそらく元ヤンキーだったが、芥川龍之介を敬愛し、森鷗外に倣って擬古文で日記を書き、週一で「好きな漢詩を持ち寄って読む会」を開いていた。完全に「文士」だった。二十一世紀だったのに。卒業の直前に、その擬古文で綴った日記やサークルで書いた作品を、手作りで上製本に編纂して「臥竜」と名付けた「全集」を出版していた。五冊限定のその「全集」は、一冊を僕が持っており、一冊は文芸部に寄贈されたのだが、まだ残っているだろうか。彼は卒業後に「文士」とはなんら関係ない先物取引の営業に就職しているのだが、その仕事を選んだ理由が「自分を追い込むため」で、傍目では意味不明のストイックさがある男だった。
 今どきのアニメ・ゲームが好きな部員もいたし、当時はやはりサブカルチャー全盛期(渋谷系! 覚えていますか渋谷系!)だったが、あの頃の文芸部室には、タイムマシンで旅する人の休憩所みたいな風情があった。旧校舎はとうに取り壊されて今はもうなく、新校舎の部室は当然禁煙とのことだ。

PR誌「ちくま」12月号