世の中ラボ

【第116回】憲法の条文読んでますか?

ただいま話題のあのニュースや流行の出来事を、毎月3冊の関連本を選んで論じます。書評として読んでもよし、時評として読んでもよし。「本を読まないと分からないことがある」ことがよく分かる、目から鱗がはらはら落ちます。PR誌「ちくま」2019年12月号より転載。

 第二次安倍晋三政権が誕生してまもなく丸七年。第一次安倍政権(二〇〇六年九月~〇七年八月)の時期を足すと、一一月二〇日には、安倍首相の在任期間が桂太郎内閣を抜いて憲政史上最長となる。総裁任期は二一年九月末日までだから、残り二年弱。一昨年には二〇二〇年までに新憲法を施行すると息巻いていた安倍首相。任期満了までに彼は悲願を達成できるだろうか。
 興味深いのは改憲の是非を問う世論調査だ。NHKの世論調査の結果を見ると、第二次安倍政権発足後、一三年四月の調査では「憲法を改正する必要がある(必要)」が四二%、「必要はない(不要)」が一六%、「どちらともいえない(未定)」が三九%で、改憲賛成派が反対派を大きく上回っていた。ところが政権が長期化するにしたがって、微妙な数字になってくる。
一四年四月……必要二八%、不要二六%、未定四〇%。
一五年四月……必要二八%、不要二五%、未定四三%。
一六年四月……必要二七%、不要三一%、未定三八%。
一七年三月……必要四三%、不要三四%、未定一七%。
一八年四月……必要二九%、不要二七%、未定三九%。
一九年七月……必要二九%、不要三二%、未定三〇%。
 一七年以外は改憲必要派と不要派がほぼ拮抗していること、また必要派が五割を超えることはなく、かつ未定の割合が高いことが注目される。一七年の傾向がやや異なるのは調査方法の差によるものと推測されるが(憲法施行七〇年目の一七年は面接調査、他の年は電話調査)、この年を除けば「どちらともいえない」がじつは最多だ。この数字は人々の戸惑いの大きさを示しているのではないか。

子どもにも理解できる憲法解説本
 念のために付け加えておくと、十数年前はこんなじゃなかった。改憲賛成派が多かったのは二〇〇〇年代で、〇二年には五八%、〇五年には過去最多の六二%が「憲法改正が必要」と答えていたのである。その当時に比べると現在の有権者ははるかに慎重だ。
 そりゃそうだよね。改憲に関する首相の発言はぶれまくっている。改憲要件を両院の三分の二以上の賛成から二分の一以上にゆるめる「九六条改憲」を主張してみたり(一三年七月の参院選前)、九条二項を削除するという自民党の改憲案を無視して二項を残したまま自衛隊の存在を明記するといいだしたり(一七年五月三日)。
 とはいえ、首相が憲法を改正する改正すると脅したおかげで、唯一よかったことがある。憲法に関心を持つ人が増えたこと、ひいては、憲法の解説本が急増したことである。イラストやマンガを多用し、子どもでも理解できるよう工夫した本も少なくない。
 たとえば、川岸令和監修『オールカラー マンガで楽しくわかる日本国憲法』。憲法の条文を解説した類書は多いが、この本が優れているのは、条文が生まれた歴史的背景まで書かれている点だ。九条の解説はこんな感じ(原文は総ルビ)。
〈先のアジア・太平洋戦争では、日本は世界の多くの国々を侵略しました。そして、日本の国内でも「学徒動員」といって、若者が次々と戦場にかり出され、その多くが遠く離れた見知らぬ地で命を落としました。戦争末期には、沖縄で地上戦がくりひろげられて多くの民間人が巻きこまれました。そして広島と長崎に原子爆弾が落とされ、おびただしい犠牲者を出しました。/これらの反省から、日本国憲法に、これから先、二度と戦争をしないという、国と日本国民の強い決意として、第9条が定められたのです〉。
 九条の背景にある戦争の解説としては、かなり踏み込んだ印象がないだろうか。マンガもあるぞ。〈なあ~ ちょっと金がいるんだよ〉と不良に脅されている子ども。そこにホウキを手にした年長の子が現れる。〈ボクは戦わないから強いぞ〉。〈このホウキはどんな武器より強い〉。〈戦いを放棄しているからな〉。ホウキで掃いたホコリにやられ、ゲホゲホと退散する不良たち。
 基本的人権はどうだろう。一一条「国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与へられる」の解説にも熱がこもっている。
〈「人権を持つ」というのは当然のように聞こえますが、明治憲法の時代には、人権は本来人間が持っているものではなく、神聖な存在である天皇によって人々に与えられるというものでした。(略)/世界を見回せば、人を人とも思わぬような独裁者が君臨していた国がたくさんありました。また、今のこの時代になっても国や国民をわがもののように考える独裁者がいる国があります。日本でもこの基本的人権が尊重されない時代があったからこそ、「侵すことのできない(だれにもうばわれない)永久の権利」という強い言い方になっているのです〉。
 護憲派、改憲派を問わず憲法の条文を読んだことのない人が、じつは意外に多いのではないかと私は疑っている。義務教育では小学校六年と中学校の「社会」で憲法を扱うことになっているが、学習指導要領は条文を教えよとは要求していない。学校教育だけでは憲法は学べない。だからこそ一般書籍の役割は大きいのだ。
 もう一冊、話題の本を読んでみよう。楾大樹『檻の中のライオン――憲法がわかる46のおはなし』。この本の特徴は条文というより、憲法の理念をわかりやすく説いていること。「ライオン=権力」「檻=憲法」、それが本書の見立てである。
〈百獣の王ライオンなら、強くて頼りになりそうです。/私たちが人間らしく生活できるように、ライオンにお願いして、いろいろ取り仕切ってもらいましょう〉。しかし〈ライオンは強いうえに、わがままなことがあります。暴れ出したら手がつけられません〉。そこで、ライオンとの間で約束を交わすことにした。〈「ライオンには、檻の中にいてもらう」という約束です〉。〈ライオンが、私たちに噛みついたりしないように、ライオンには檻の中にいてもらいます。/いくらライオンが偉くても、檻から出てはいけません〉。そして最も大切なこと。〈檻を作るのは、私たちです〉。
 立憲主義のきわめて平易な説明といえるだろう。この見立てで行くと、日本では〈檻があるので、ライオンは勝手に戦争をすることができ〉ないし(平和主義)、〈ライオンを檻に入れることで、私たちの自由が守られています〉(基本的人権)。〈私たちが安心して自由に言いたいことを言えるのは、檻があるからです〉し(表現の自由)、〈心の中でなにを思っても、ライオンからとやかく言われません〉(思想良心の自由)。なるほどねえ。

改憲の是非について、どう扱うか
 憲法本が増えたのは、改憲以前に、違憲の疑いがある法律が次々成立したことも関係していよう。特定秘密保護法(一三年一二月)、集団的自衛権の行使を容認する「解釈改憲」(一四年七月閣議決定)、それにともなう安保関連法(一五年九月)、さらに共謀罪(改正テロ等準備罪)を含む改正組織的犯罪処罰法(一七年六月)。
『檻の中のライオン』は、こうした最近の事案にも対応する形で編集されている。集団的自衛権の行使容認は〈すでにライオンが檻を壊して外に出てしまっている(憲法違反)ということです〉といいきり、自民党改憲草案(二〇一二年に発表)で創設された緊急事態条項については、憲法をライオンが〈内側から鍵を開けられるような檻〉に作りかえること、特定秘密保護法はライオンが〈檻にカーテンをつける〉行為だと説明する。憲法本の増加は現行憲法の危機とやはり表裏一体なのである。
 改憲推進側の本はどうか。自民党は野党だった二〇一二年に憲法改正草案を発表したが、それにともないイラストやマンガを駆使した改憲の宣伝ツールもいち早く開発している。無料でダウンロードできるマンガ『ほのぼの一家の憲法改正ってなあに?』(自由民主党憲法改正推進本部発行、二〇一五年)がその一例。
 一般の書籍で類書を探せば、百地章監修『女子の集まる憲法おしゃべりカフェ』だろうか。サチ子(四五歳・たぶん主婦)、桃子(四七歳・たぶん主婦)、ユキ(二一歳・大学生)、美穂(二二歳・フリーター)の四人に、とある喫茶店のマスター(六二歳・定年までは大学で憲法を教えていた)が現行憲法の不備と改憲の意義を説くという座談形式で、この本は進行する。
〈なんか最近は、本当に常識とずれたクレームを平気でしてくる人が増えているわよね〉とサチ子。するとマスターいわく。〈じつは、そのような自分の権利ばかり主張するクレーマーが増えた背景には「個人主義」を謳った憲法に原因があるのですよ〉。憲法一三条には「すべての国民は、個人として尊重される」とあるが、〈最近は「個人の尊重」が「親も社会も関係ない! 自分のために生きろ!」という解釈になったようで、それを聞いた子供が大人になって常識はずれのクレームを平気な顔で言いつのるようになる、それが現代だと思うのです〉。一事が万事、この調子。
 個人主義と利己主義を混同するなど、読む人が読めば「なんじゃそれ」だけれども、侮ってはいけない。憲法の条文も理念も解説しないかわりに、護憲派の論理矛盾を突くなど、この本は大衆心理に訴える今般のトピックを巧みに拾っているからだ。
 改憲の是非に対して「どちらともいえない」と答える四〇%前後の人々がどちらに転ぶか、正直、いまはなんともいえない。しかし世論調査の結果に戻ると、直近の調査(一九年九月)で、内閣改造後の新政権が取り組むべき課題として「憲法改正」をあげた人はわずか五%である。人々が望んでいるのは社会保障(二八%)と景気対策(二〇%)だ。そんな状態で改憲論議を持ち出したところで有権者がついてくるのか。私は無理だと思いますけどね。
 

【この記事で紹介された本】

『オールカラー マンガで楽しくわかる日本国憲法』
川岸令和監修、ナツメ社、2019年、1200円+税

 

「やる気ぐんぐんシリーズ」の一冊で〈知っておきたい主要条文について、イラストを使用しながら解説〉〈身近な話題に引き寄せた4コママンガで楽しく読める!〉(カバー袖より)。監修者は一九六二年生まれの早稲田大学政治経済学術院教授(憲法学)。一見学習参考書風だが、編集が緻密で解説には血が通っており、条文の意義がしっかり理解できる。巻末に憲法全文を収録。

『檻の中のライオン――憲法がわかる46のおはなし』
楾大樹、かもがわ出版、2016年、1300円+税

 

〈いま、いちばんわかりやすい憲法の入門書〉(帯より)。著者は一九七五年生まれの弁護士(広島弁護士会)で、「明日の自由を守る若手弁護士の会」に所属。全ページ、イラストつきで「檻とライオン」のたとえ話のほかに、条文の理念などを解説する。「基礎編」と憲法に関する最近の話題を集めた「応用編」の二部構成。同じ趣旨の絵本や紙芝居もあり。巻末に憲法全文を収録。

『女子の集まる憲法おしゃべりカフェ』
百地章監修、明成社、2014年、600円+税

 

〈「憲法」って聞いただけで眠くなっちゃう…そんな女子たちも、このカフェでは世間話がいつのまにやら憲法の話に…〉(表紙より)。監修者は一九四六年生まれの日本大学名誉教授(憲法学)。〈えっ!日本って地震大国なのに「非常時のルール」がないの!?〉〈えっ!今の憲法って「家族崩壊」の要素を含んでいるの!?〉など、自民党改憲草案に寄り添う形で現行憲法を批判する。

PR誌ちくま2019年12月号

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