アメリカ音楽の新しい地図

8.フェミニン・ビート――カーディ・Bとジ・アメリカス

トランプ後のアメリカ音楽はいかなる変貌を遂げるのか――。激変するアメリカ音楽の最新事情を追い、21世紀の文化=政治の新たな地図を描き出す!

 2018年4月、GQ誌に掲載されたある女性ミュージシャンのインタビューが話題になった。「私は大統領にとても関心がある」と彼女は始める。「私はフランクリン・デラノ・ルーズヴェルトが大好き。まず第一に、彼は車椅子の身でありながら私たちが不況を克服することに尽力した。この人は大統領の任期中にポリオで苦しんでいたというのに、もう一度アメリカが偉大な国になるにはどうすればいいか(make America great again)、それだけを考えていた――本当の意味で、もう一度アメリカが偉大な国になることを。彼こそが本物の「Make America Great Again」であって、彼がいなければ年配の人は今、社会保障の恩恵さえ受けられていない」。インタビュワーが、ルーズヴェルトが社会保障を始めたことを知らなかったというと、女性ミュージシャンはさらに続ける。「そう、ニューディール政策。世界恐慌から私たちが立ち直るためのシステムだった。しかも、彼が大統領の間にファッキンな戦争も起きていた。第二次世界大戦が始まっていたのよ。こんなクソみたいなことがアメリカで起きているとき――経済的な惨事から復興し、アメリカが戦争に確実に勝てるようにして、それで彼の妻は? 私に言わせれば、彼女はほとんどミシェル・オバマのような人。素晴らしい人道主義者で、それに私たち二人とも同じ誕生日なの、10月11日」(1)。この大統領夫人、エレノア・ルーズヴェルトと誕生日を同じくする女性ミュージシャンこそ、ベルカリス・マーネリス・アルマンツァー、通称カーディ・Bである。
 カーディ・Bの政治や歴史に対する関心は一夜漬けの産物ではない。2016年の大統領選挙で彼女はすでにバーニー・サンダース支持を表明していたし、このGQ誌のインタビューの後、二人はデトロイトのネイルサロンで対談し、移民政策から国民皆保険、学生ローン、最低賃金について議論を交わしている。


 2019年に入っても、トランプ大統領がノースカロライナ州で開催した集会でソマリア系アメリカ人下院議員イルハン・オマルに対して「彼女を国に戻せ!」と観衆の叫び声が上がると、カーディ・Bはすぐさま自らのSNSでオマル氏支持を表明した。では、こうしたカーディ・Bの政治性と彼女のラッパーとしてのパブリックイメージはどのようにかかわるのだろうか。

「高価で、赤いソールの/真っ赤に血塗られた靴/お店に行って、私は二つとも買える、私は選びたくない」とルブタンのハイヒールに関するリリックで始まる〈ボーダック・イエロー〉という曲が、2017年の夏から秋にかけてアメリカを席巻した。チャートを振り返ると、7月22日号のビルボード総合チャートで85位に初登場し、5週間後に14位に急上昇している。9月23日にはテイラー・スウィフト〈ルック・ホワット・ユー・メイド・ミー・ドゥ〉に続いて2位まで上がり、その二週間後の10月7日号でついに首位を獲得した。そしてこの曲は、その後三週間にわたって頂点を維持し続けたのだ。
 
 J・ホワイト・ディド・イットがプロデュースしたトラックは当時のシーンの中でも異質だった。曲を通して聴かれるのはシンセサイザーのスペイシーで中毒性のあるリフとハイハットの規則的なサウンドのみであり、冒頭の1分ほどヴァースの1拍目以外にキックもベースもほとんど鳴らないまま進行する。やがてハイハットが倍速で刻み始め、徐々にラップが盛り上がりをみせるとコーラスらしきパートでこれでもかというほどキックとベースが鳴らされる。ラティーナ特有の訛りの強い英語とドバイの砂漠で撮影したと思われるミュージック・ビデオもこの新人ラッパーのエキゾティックなイメージに寄与し、どこかハーレクインロマンスのヒロインを思わせる虚構性を醸し出していた。フード(地元)とのつながりを強調するなど、「リアル」であることを重んじるヒップホップの新人ラッパーとしては珍しいデビュー曲だといえるだろう。
 本稿では2017年に彗星の如くラップミュージック界に登場したカーディ・Bを取り上げる。奔放さを売りにセレブリティーとしても活躍し、夫とのいざこざもすべてメディア的なスペクタクルにしてしまう彼女の音楽にいかなる政治性を見出すことができるのか。カーディ・Bのラテン性と女性性にフォーカスして論を進めてみたい。


(1)  Caity Weaver, “Cardi B’s Money Moves,” GQ, April 9, 2018, https://www.gq.com/story/cardi-b-invasion-of-privacy-profile.

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