アメリカ音楽の新しい地図

8.フェミニン・ビート――カーディ・Bとジ・アメリカス

トランプ後のアメリカ音楽はいかなる変貌を遂げるのか――。激変するアメリカ音楽の最新事情を追い、21世紀の文化=政治の新たな地図を描き出す!

フェミニズム、排外主義、トゥワーキング
 カーディ・Bの成功物語のもうひとつの特徴は、彼女が独力で頂点に上り詰めた点にある。これまで多くのフィメールMCは、男性ラッパーによってシーンに引き上げられることが多かった。最近でもアトランタ出身のT.I.に認められてデビューしたイギー・アゼリアが記憶に新しいし、ニッキー・ミナージュもリル・ウェインに評価されたことで今の成功があることは間違いない。もちろん、大急ぎで付け加えれば、男性新人ラッパーも多くの場合、先行世代の「お墨付きをもらう」ことでシーンに登場してきたのであり、そもそもそうした慣習は女性に限られたことではない。
 それでも2017年にカーディ・Bがスターダムに駆け上がる姿は印象的だったといえるだろう。彼女はインスタグラムなどのSNSを駆使してチャートの首位を獲得したが、折しもそれはアメリカでニューヨーカー誌とニューヨークタイムズがハーヴィー・ワインスティンの告発記事を掲載し、#Metoo運動が盛り上がりを見せた時期と重なった。また周知の通り、2017年はトランプ政権が誕生し、8月にヴァージニア州リッチモンドで極右団体を中心とする白人至上主義者の集会が開催され、犠牲者が出たことが大きく報道された年である。こうした状況の中、その物怖じしない態度と歯に衣着せぬ物言いが当初から評判だったカーディ・Bは、音楽業界を代表する自立した女性のアイコンとして一躍脚光を浴びるようになったのだ。あまりに大衆的なアーティストとは距離をとりがちなインディー系音楽サイトの総本山、ピッチフォークが年間ベストソングに〈ボーダック・イエロー〉を選出したことは驚きをもって迎えられたが、その選評を読むと2017年末のアメリカにおいて彼女がいかなる存在であったかがはっきりと読み取れる。

カーディ・Bはただのラッパーではない。彼女は私たちがまさにそれを必要としているときに、その必要とするものすべてであった。そして「ボーダック・イエロー」はただのクラブバンガーではない。それは外国人嫌悪や人種差別、そして女性差別によって特徴付けられる現在の政治状況に対する、無視することのできないアンチテーゼなのである。(12)

2017年の音楽シーンを総括するメディアが軒並みカーディ・Bを評価したのは、彼女が体現する政治性を高く評価したからにほかならない。
 アルバム『インヴェイジョン・オブ・プライヴァシー』にフェミニズム的主題を前面に押し出した曲がある。3曲目〈ビッケンヘッド(Bickenhead)〉はメンフィスのラッパー、プロジェクト・パットの〈チキンヘッド(Chickenhead)〉(2001)をサンプリングし、その曲の頭文字をCからBに変えたものである(これはカーディ・Bがブラッズ(Bloods)と呼ばれるギャングと関係があることを示している)。


スリー・6・マフィアのジューシー・JやDJポールがプロデュースした原曲のタイトルは、1990年代のヒップホップ界において誰にでもオーラルセックスをする女性――その動きがチキンヘッド=鶏の頭に似ているという理由で――を意味しており、フックには「Bwok bwok, chicken chicken / Bwok bwok, chickenheads (boy please whateva)」と、ご丁寧にも鶏の鳴き声を模した擬声語もラップされている。カーディ・Bは〈ビッケンヘッド〉で「チキン」の一節を残しながら、この言葉にまったく異なる意味を付与するのだ。
 
Get some guap, guap, get some chicken
Guap, guap, get some bread
 
ここで連呼されるguapは原曲のbwokに対応する鶏の鳴き声を彷彿とさせつつ、それ自体が「高額のお金」を意味する俗語である。また、chickenやbreadがいずれも「お金」を表すスラングであることは少しでもアメリカのラップミュージックに親しんでいるものにとっては常識の部類に入るだろう。つまり、音楽ライターのクリス・メンチがいうように、カーディ・Bは女性を性的に侮蔑する「チキンヘッド」の「チキン」をお金を意味するスラングに読み替え、「Get some money, ho」と金を稼ぐ女性の主体性を回復させるのだ(13)
 だが、この曲にはさらなる意味の層が重ねられている。カーディ・Bがサンプリングしたプロジェクト・パットの〈チキンヘッド〉は、それ自体がニューオーリンズのDJジミ〈ビッチズ(リプライ)〉(1992)に依拠したものだが、実はこの曲とMC T・T・タッカー〈ホエア・デイ・アット〉(1991)こそが、バウンスと呼ばれるサブジャンルを基礎付けた曲だといわれている。
 
 
 1990年代初頭にニューオーリンズで誕生したバウンスはパーティー調のコール&レスポンスやマルディグラ・インディアンのチャントなど独特の掛け声を特徴とするが、なにより女性が激しく臀部を振るトゥワーク(twerk)と呼ばれるダンスで全米に知られるようになった。トゥワークはその後、ニッキー・ミナージュ〈アナコンダ〉(2014)やカーディ・Bをフィーチャーしたシティ・ガールズ〈トゥワーク〉(2018)など多くのミュージック・ビデオでフィーチャーされただけでなく、2016年10月26日にホワイトハウスで開催されたBET主催のパーティー――このアフリカ系のポピュラーカルチャーを祝福するイベントの二週間後に、ドナルド・トランプが大統領に選出されるとは出席者の誰も信じていなかっただろう――で、オバマ大統領が「今晩トゥワーキングはありません。少なくとも私はしません」と笑いを取るために言及するほど人口に膾炙した。
 
 

 つまり、カーディ・Bの〈ビッケンヘッド〉にはニューオーリンズ産のセクシュアルなダンスミュージックとメンフィス産のオーラルセックスを主題とする曲が畳み込まれており、その上でブロンクス出身のニューヨーカーが自らのセクシュアリティーを用いて金を稼ぐサクセスストーリーが語られる。すなわち、アメリカ合衆国を南北に移動する地理的移動に女性が自らの主体性を回復するナラティヴが重ねられるわけだが、カーディ・Bの芸術的技巧とバウンスミュージックの符合はそれにとどまらない。
 
先述したバウンス最初の曲ともいわれるMC T・T・タッカーの〈ホエア・デイ・アット〉はそれぞれのヴァースで「I said, shake that ass, shake that ass(ケツを振れ、ケツを振れ)」や「Let me hit it from the back (後ろから突かせろ)/ Cause I got a jimmy hat(コンドームも着けてる)」など女性を客体としたセクシュアルなラインがひたすら連呼されるが、ひとつのヴァースで「Fuck David Duke (デヴィッド・デュークのくそったれ)」というラインが繰り返される。バウンスミュージックに関する包括的な研究書を著したマット・ミラーが正しく指摘するように、この曲がリリースされた1991年は、クー・クラックス・クラン元最高幹部で白人至上主義者デヴィッド・デュークがルイジアナ州知事選挙に立候補した年だったのだ(14)。こうした政治的背景が「Fuck David Duke」に字義通りのセクシュアルな含意を生じさせることはいうまでもないが、重要なのは排外主義の象徴をセクシュアルな表現で埋没させてしまうかのような振る舞いだろう。デヴィッド・デュークの白人至上主義を激しいトゥワーキングで振り落とすこと。1990年代初頭のニューオーリンズで誕生したダンスミュージックには、黒人コミュニティーにとってきわめて切迫した政治性を見出すことができる。
 
このようにバウンスの過剰なまでに性的なリリックと排外主義の台頭が並行しているとすれば、そのセクシュアリティーを女性側に領有し直したカーディ・Bの〈ビッケンヘッド〉が移民や女性への差別的言動を繰り返すトランプ政権下でリリースされたことは示唆に富む。曲の冒頭で「Don’t matter if you fuck with me,(あなた私とセックスしようが関係ない) I get money regardless (cash)(私はそれで金を得るのだから)」とあくまでも女性の主導権を強調するカーディ・Bは中盤、「This that collard greens, cornbread, neck bone, back fat(カラードグリーン、コーンブレッド、ネックボーン、バックファット)」と南部のソウルフード(黒人料理)を列挙しながら自らのアフリカ性を訴える。ニューオーリンズとメンフィスを経由してニューヨークでラップされる〈ビッケンヘッド〉には、女性のセクシュアリティーの奪回と排外主義への抵抗、そしてアフリカ系のプライドの物語が埋め込まれている。しかも、ここで称揚される「金を稼ぐ女性」的主体は決してネオリベラリズムに傾く事はなく、あくまでも階級意識とインターセクショナリティーに自覚的なバーニー・サンダース支持という政治性に結実する。ラティーナであり、アフリカ系でもあるというアイデンティティー――彼女がNワードを放ったことに疑問を投げかけたリスナーに対して、彼女は自分がアフリカ系でもあることをはっきりと主張した(15)――を持つカーディ・Bは、ジ・アメリカス=南北アメリカ大陸のリズム/ビートを絶え間なく往復/横断しつつ、女性の殿部=尻を激しく震動させることで自らの女性性と民族性を高らかにラップする。その意味で、彼女こそ21世紀のアメリカ合衆国にふさわしいディーヴァだといえるだろう。


(12)  Briana Younger, Cardi B “Bodak Yellow,” “The 100 Best Songs of 2017,” Pitchfork, Dec. 11, 2017, https://pitchfork.com/features/lists-and-guides/the-100-best-songs-of-2017/?page=10
(13)  Chris Mench, “Cardi B’s Project Pat Sample On “Bickenhead” Has Deep Southern Rap Roots,” Genius, April 7, 2018, https://genius.com/a/cardi-b-s-project-pat-sample-on-bickenhead-has-deep-southern-rap-roots
(14)  Matt Miller, Bounce: Rap Music and Local Identity in New Orleans (Amherst: University of Massachusetts Press, 2012), 1754/5355-1761-5355.
(15)  Robyn Mowatt, "Cardi B Speaks out About People Questioning If She's a Black Woman," Okayplayer, Oct 17, 2019, https://www.okayplayer.com/news/cardi-b-speaks-out-about-black-woman-question-n-word-gina-rodriguez.html.

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