PR誌「ちくま」特別寄稿エッセイ

新入生のフリする自分と親切な後輩

文芸部のその後・3

PR誌「ちくま」1月号より屋代秀樹さんのエッセイを掲載します。

 文学フリマという、小説の同人誌やミニコミを作って販売できるイベントがある。自分の学生時代に第一回が開催されていて、当時の文芸部の有志(さくらももこの話した先輩と、ジョン・レノンみたいな眼鏡した先輩と、擬古文で日記を書く同期)と参加していた。現在は全国各地で開催され、東京では二千人近くが来場する立派なイベントだが、第一回の頃は、爺さんが手書きで書いた原稿用紙数百枚の小説をそのままコピーして、紐で綴じて五円で販売していて(ご縁がありますように!)、最初の読者は吉本隆明で(多分一方的に送りつけただけだと思う)、二番目の読者はうちの同期だったりとか、そんな混沌としたイベントだった。最近開催された文学フリマに、久しぶりに足を運んでみたのだが、母校の文芸部はまだ参加しているようだ。
 文芸部には卒業して数年の間はOBとしてたまに顔を出したりもしていた。まあ、いわゆるウザい先輩なのだけれども、ウザさの極みとしては、「新入生のフリして新歓の説明を受けにいく」というのをやったことがある。数年のうちに文芸部も近代化して、部室に酒瓶が転がっていたりなどしてなく、急に刺青の話をし始めて翌日いなくなるような先輩もおらず、二年生が丁寧に部の仕組みやスケジュール(大体は自分が部長を務めていた時に整えたやつ)を説明してくれた。たまたま自分の顔を知っている四年生が部室に入ってきて、こいつが空気を読まず「なにやってるんすかヤシロ先輩」と言い放ったことでバレたのだが、あとで応対してくれた二年生に聞いたところ、明らかにフレッシュさが足りない風体で、受け答えも怪しかったが、自分で新入生と名乗る以上無下に扱えず、大学にはいろんな人がいるので、素直に応対したとのことだった。
 この時自分はあまり喋ってしっぽが出ないように、「内気で無口な人」な設定だったのだが(さぞかし不気味だったと思う)、周りの扱いづらそうな雰囲気を察してか、自分も新入生だよと積極的に話しかけてくれた子がいた。Fという男で、すごく親切にしてくれたので自分の彼への第一印象は最高だったが、彼の自分への第一印象は最悪だったと思う。後日お詫びに、熊が村を襲って村が滅ぶみたいな小説をプレゼントしたが、苦い顔をしていた。
 ただこのF、文芸部で書いてる小説が農村とか漁民の苦難みたいなのばかりで、なんで二十一世紀の十代の少年が長塚節とかプロレタリア文学みたいなの書いてるんだよ(プロ文! わかりますかプロ文!)、時代遅れだろと散々なじっていたのだが、結果どうなったのかというと、十年後に文芸誌で新人賞を獲った。受賞作では冒頭でお婆さんが布団に入ったあと、やはりトイレに行った方が良いかを逡巡するのを克明に描いており、学生時代からまったく節を曲げてないところに感心してしまった。芥川賞の候補になった作品ではお婆さんが夢うつつの状態になるのを梅崎春生みたいな感じで書いており、時代の方がFに追いついたと言っても過言ではない。
 文学フリマで現役部員の様子を見たあと懐かしくなり、Fももしや会場に来ているのではと連絡してみたところ、「今起きました」とのことだった。

PR誌「ちくま」1月号