世の中ラボ

【第117回】東京オリンピックは無理だらけ

ただいま話題のあのニュースや流行の出来事を、毎月3冊の関連本を選んで論じます。書評として読んでもよし、時評として読んでもよし。「本を読まないと分からないことがある」ことがよく分かる、目から鱗がはらはら落ちます。PR誌「ちくま」2020年1月号より転載。

 二〇二〇年。東京オリンピック・パラリンピック(以下、東京五輪と略す)の年である。どうせ正月早々、メディアは五輪五輪と大騒ぎし、それが開幕日(閉会後?)まで続くのだろう。
 二〇一三年九月、ブエノスアイレスで開かれたIOC総会で、二〇年の五輪開催地が東京に決定してから六年。誘致演説で安倍晋三首相が「(福島第一原発の)状況は完全にコントロールされている」と述べたときから、すでにミソがついていた東京五輪だが、その後もトラブルは続いた。建設費などの問題で新国立競技場のコンペが白紙に戻り(一五年七月)、デザインの盗用疑惑でエンブレムも白紙撤回された(一五年九月)。当初は数千億円だったはずの開催費用がみるみる膨らむ一方、フランス検察当局の手で招致にともなうJOCの不正献金疑惑が明るみに出て(一六年五月)、JOCの竹田恆和会長が退任した(一九年六月)。開催まで一年をきった一九年八月には、東京の夏の酷暑に対する都の珍妙な対策が失笑を買い、IOCのバッハ会長が懸念を表明(一〇月)、マラソンと競歩のコースが札幌に変更された(一一月)。
 この先、それでもメディアと国と都はあの手この手で五輪を盛り上げようとするだろう。どうぞご勝手に。わたしゃその手には乗らない。本欄でも一四年、一六年と二度にわたって五輪関係本を紹介したが、さらにダメ押し。新しめの五輪批判本を読んでみた。

ナショナリズム鼓舞の裏に人権無視
 先に全体像を見ておこう。
 天野恵一・鵜飼哲編『で、オリンピックやめませんか?』は、巻末に「2020東京オリンピックに反対する18の理由」を掲げている。以下、少し長くなるけど列挙しよう。
(1)どんどん膨れ上がる五輪開催の費用(招致の際には七三四〇億円だった開催予算は一八年末には一兆三五〇〇億円に)
(2)都市計画の変更なしにスタジアム建設はできなかった(神宮外苑は本来、八万人規模のスタジアムを建設できる場所ではなかったが、都市計画の変更で建設を強行した)
(3)巨大イベントは利権の巣(スポンサー企業は優遇され、都の所有地に建設中の選手村が、マンション街として地価の十分の一で払い下げられるなど、五輪は金の成る木)
(4)オリンピック招致で多額のワイロ(五輪招致委の理事長だった竹田恆和氏がシンガポールのコンサルタント会社に支払った二億三〇〇〇万円は贈賄の疑いがある)
(5)ボランティア搾取の闇(一一万人のボランティアは、一日八時間以上、二〇日間の拘束で、一日千円とほぼ無償)
(6)野宿者・生活者が排除される(新国立競技場の建設で、都営霞ヶ丘アパートが取り壊され、約二三〇世帯が強制移転。建設敷地となった明治公園から野宿者も強制排除された)
(7)オリンピックのための「テロ対策」(一七年に制定された共謀罪は五輪対策とされた。組織委は自衛隊に警備協力を要請。五輪はテロ対策を名目にした治安管理強化の実験場になるおそれあり)
(8)「復興五輪」は棄民政策(野球・ソフトボールの会場となる福島の球場周辺は汚染土を詰めた袋の山。原発事故を終わったことにするため、帰還基準を下げるなどの政策も)
(9)アジアの森林を破壊するオリンピック(「木と緑のスタジアム」を謳う新国立競技場はインドネシアとマレーシアの型枠合板を使うため、熱帯天然林の伐採や、住民の人権侵害が起きている)
(10)五輪建設現場の現実(短期工の難工事、過重労働、移民労働者使い捨て、賃金未払いなどが必ず起こる。東京の新国立競技場の建設現場でも過労自殺や死亡事故が報告されている)
(11)動員される子どもたち(都教育委は一六年から、幼稚園、小中高校、特別支援学校で「オリンピック・パラリンピック教育」を実施。ボランティア、聖火リレー、競技観戦に動員される)
(12)天皇・日の丸・君が代(「選手の競争であって国家の競争ではない」という五輪憲章の建前とは裏腹に、ナショナルイベントとして「国民動員」の機能を発揮する)
 この後もまだ反対理由は続くのだが、ここまでの項目を見るだけでも、反対する理由は十分に思われる。どの大会にも大なり小なり共通する五輪の普遍的な病理ともいえる。そして……。
(18)世界各都市で反オリンピック運動(一〇年バンクーバーでも一二年ロンドンでも一四年ソチでも一六年リオでも、地域破壊、人権侵害、環境破壊などを理由に反対運動が起こった)
 五輪は五輪であるだけで、すでに時代遅れな犯罪性を備えているといわざるを得ない。中でも特に気になるのは、人権や生活に直接かかわる(5)(6)(8)(11)あたりだ。
 たとえば、子どもたちの動員。同書に収録された「学校現場でのオリパラ教育」(増田らな)は、都教委が一六年九月、小学校四年生以上に配付した「東京2020オリンピック・パラリンピック学習ノート」が書き込み式であることに注目、悪名高き〇二年の道徳副教材「心のノート」との類似性を指摘する。
〈日本人代表選手四人の代表選手メッセージのあとに「東京2020オリパラ大会までの目標」というページがあって、一人一人に記入させる欄が大きく取られています〉。その下に書かれたヒントは「ボランティア活動」「スポーツに親しむ」「世界各国の人と触れ合う」「障害のある人と助け合う」……。ほかにも、五輪への取り組みを子どもたちに書かせる、五輪競技を調べ学習の対象にするなど、〈子どもの活動や意見をすべてオリンピックに収斂させていく〉傾向があちこちで見られるという。
 小笠原博毅・山本敦久『やっぱりいらない東京オリンピック』は都が掲げる五輪教育の柱が、①「ボランティアマインド」の醸成、②障害者理解、③スポーツ志向、④日本人としての自覚と誇り、⑤豊かな国際感覚、であることを受け〈児童や生徒たちの思想や信条、人権が無視されているという点〉を問題視する。それはまたナショナリズムを育てるツールになっているのだ、と。
「復興五輪」の掛け声についてはどうだろう。
 安倍首相のあの「アンダーコントロール」発言をターニングポイントに〈いまや、年間追加被ばく線量二〇ミリシーベルト以下は帰還せよということで、被ばくは耐え忍びなさい、我慢しなさいと言われています〉と訴えるのは『で、オリンピックやめませんか?』に収録された「終わらない福島原発事故と被害者の現状」(佐藤和良)だ。復興五輪の名の下に〈被災者をだまし、国民を動員し、福島原発事故の隠ぺいを図る、事故自体をなかったものにしてしまう。二〇二〇年までに避難者はいないようにする、被災者の声はかき消される、というのが五輪招致の中身であったのではないか〉。

無償ボラで企業が儲かる
 いまだに収束していない原発事故を抱え、被災者を抑圧しながら進行する五輪フィーバー。これ二〇年東京五輪に固有の問題だけれども、同じく固有の問題として、以上の本が言及しきれていない項目もある。最初にも述べた東京の酷暑である。
 本間龍『ブラックボランティア』は、現実的な観点から東京五輪の、特にボランティア問題に肉薄した告発の書だ。著者は五輪そのものを否定してはいない。〈そうではなくその権威を借り、一部の者たちが私腹を肥やし、その手段の一つとしてボランティアを利用しようとしていることに強い疑問を感じているのだ〉。
 彼の主張は一七年五月に発信した次のツイートに凝縮されていよう。〈いま外国語を学んでいる学生諸君へ。これから東京オリンピック通訳ボランティアの勧誘が始まりますが、絶対に応じてはいけません。なぜなら、JOCには莫大なカネがあるのにそれを使わず、皆さんの貴重な時間・知識・体力をタダで使い倒そうとしているからです。「感動詐欺」にくれぐれもご注意を〉。
 さらに六月のツイートでは〈再度言おう。全ての学生諸君は東京五輪のボランティア参加をやめましょう。なぜなら五輪はただの巨大商業イベントで、現在42社ものスポンサーから4000億円以上集めており、無償ボラなんて全く必要ないから。あなたがタダボラすれば、その汗と努力は全てJOCと電通の儲けになる。バカらしいよ〉。
 公共性を失った商業イベントにもかかわらず、一一万人もの無償の人員を募る。本来、自発性に基づく行為のはずなのに、「ボランティア教育」という名目で学徒動員よろしく学生を半ば強制的に動員する。ボランティアとは「志願兵」の意味であり「無償労働」の別名ではない。加えて夏の酷暑である。本間龍は、ボランティアとしてシニア層への呼びかけがないのは酷暑ゆえだと述べている。〈若者なら熱中症は日陰で少し休んでいれば治るだろうから何とかなると考えているのかも知れない〉。
 五輪開催時期の東京は「天候は晴れる日が多く、且つ温暖であるため、アスリートが最高の状態でパフォーマンスを発揮できる理想的な気候」。招致計画書にそう書かれていたことが曝露されたのは一九年の夏。気候の点でも招致委は嘘をついていたわけだ。同年一一月には、都内の公立中高校から六〇〇〇人のボランティアを募集すると報じられ、パソナが時給一六〇〇円でスタッフを募集したことから無償ボランティアとの差が疑問視された。
 理念に基づいた反対論に比べると、酷暑やボランティア問題は市民の身体に直結する分、わかりやすく耳目を集めやすい。もともと無理だらけの大会なのだ。おそらく今後も、予期せぬ(本当ならば予想できた)問題が次々浮上するだろう。高見の見物を決め込めばすむってものでもない。あまりにもリスクが多すぎるのだ。

【この記事で紹介された本】

『で、オリンピックやめませんか?』
天野恵一・鵜飼哲編、亜紀書房、2019年、1600円+税

 

〈「国家的イベント」に、問題はないのか?〉〈いや、大ありでしょ!〉(帯より)。一七年一月に発足した「2020『オリンピック災害』おことわり連絡会」が三年半にわたって行った連続講座をまとめた本。視点は多岐にわたり、掘り下げが足りない項目もなくはないが、論点がコンパクトに整理されていて便利。パラリンピックや聖火リレーの意外な問題点も明らかにされる。 

『やっぱりいらない東京オリンピック』
小笠原博毅・山本敦久、岩波ブックレット、2019年、520円+税

 

〈本当にやるの? 一瞬の楽しさと引き換えに、私たちは何を失うのか。もはや《社会的災害》でしかないオリンピックを徹底批判〉(表紙より)。「参加と感動のからくり」「オリンピックに支配されるスポーツ」「社会を息苦しくするオリンピック」などの観点から、五輪が人権侵害にかかわるイベントであることを指摘。東京五輪を介して五輪そのものの必要性に疑問を投げかける。

『ブラックボランティア』
本間龍、角川新書、2018年、800円+税

 

〈肥えるオリンピック貴族/タダ働きの学生たち〉(帯より)。東京五輪ボランティアの問題点にいち早く着目して話題を呼んだ元博報堂社員の本。「タダ働き」「やりがい搾取」などの問題に加えて、自らも五輪スポンサーであるために批判的な報道が抑制されるテレビ局や五大新聞(朝日・毎日・読売・日経・産経)といったメディアの問題にも言及。ボランティア志望者は必読。

PR誌ちくま2020年1月号