海をあげる

空を駆ける

 祖母は84歳のときに、膝に人工骨を入れる手術をした。50代後半から膝がひどく痛み出し、痛み止めの注射を毎週のように打ち続けていた祖母の膝は軋みをあげて、祖母はすり足でしか歩けない。
 祖父をおくったあと、生活するには不自由がないと祖母は思っていたようだが、叔母のひとりが、「一緒に旅行に行くためにも膝の手術を受けよう」と熱心に祖母を説得し、祖母はしぶしぶ承諾した。
 「80代になっての全身麻酔って大丈夫なの?」と母に聞くと、「確かにそうなんだけど、悪くない話のように思える」と母はそう話していた。

 「84歳にもなるとリハビリが大変だと医者は言うけど、おばあちゃんは根気強いから大丈夫だと思う。それに手術を受ける病院はうちの近くだから、毎日みんなで見に行ける。ただ、ちょっと心配なのは、人工骨は20年しか持たないっていう話なの。でも、104歳までおばあちゃんが元気かなぁと思ったら、それはないかなぁって思うのよ」

 「長生きの家系だからわからないよ」と私は笑い、「確かにそうね」と母も笑う。
 祖母の母親は94歳で亡くなった。祖母の叔母も99歳で亡くなった。祖母の親族の女性たちは、総じてみんな長生きだ。
 それからしばらくして祖母は手術を受けた。手術を勧めた叔母は、朝と夕方、仕事の合間に病院を訪ねて祖母を励まし、祖母もまた熱心にリハビリに励んだ。毎日のように誰かが病院を訪ねて、みんな祖母の様子を報告する。

 「若い男性のトレーナーがつくでしょう。すごいすごいと褒められて、おばあちゃん、嬉しそうにリハビリしているよ。医者もこんなに筋力のあるお年寄りは珍しいって、このぶんだとすぐに歩けるようになるって太鼓判を押しているよ」

 たしかにそうだ。私と暮らしていたときも、祖母は毎日朝晩2回の体操を欠かさなかった。台所のシンクをつかまえ、横にしたビール瓶の上に乗り足裏のツボを刺激するという危なっかしいマッサージを済ませると、今度は横になって足の上げ下げをする体操をせっせと100回繰り返した。
 半ば呆れながら、「どんなことがあっても、おばあちゃんは毎日、体操をするね」と私が言うと、「おばあちゃんは根気強いからね。おばあちゃんは昔、足が速くて選手だったんだよ」と祖父は言い、「お父さんが、大会は出たらいけないと言って出さなかった。足は速かったけれど、たくさん子どもを産んだから、私は骨がなくなった」と祖母は話す。
骨だけではない。そのころ、祖母はすでに総入れ歯だった。

                   *

 リハビリが終わると、祖母は痛みなく歩けるようになった。「膝が楽になった」と言う祖母を連れて、母や叔母はあちらこちらに旅行にでかけた。
 桜の開花のニュースや一面のラベンダー畑のニュースが流れると、「ああ、みてごらん。きれいだったね。お母さんたちとあそこに行ったよ」と楽しそうに祖母は話し、それをみながら、「おばあちゃんは花を摘もうとして大変だった」「おばあちゃんは3回も温泉にはいった」「おばあちゃんは朝食のバイキングで4回もおかわりをした」と叔母たちは話す。「おばあちゃん、国立公園で花を摘んだら捕まるよ」「おばあちゃんが食いしん坊でよかったね」「おばあちゃんを連れていくと元がとれるね」「それにしても思い切って膝の手術をしてよかったね」と孫たちは、みんな喜んで話していた。