海をあげる

空を駆ける

 90歳を超えたころ、祖母に認知症の症状が現れるようになった。仕事を退職して時間の融通がききやすいという理由で、私の母は週に一度は今帰仁村の祖母の家に通い、そこに宿泊して祖母の面倒を看ていた。でも、祖母の家に宿泊して祖母を介護する母の疲労はひどく、母と祖母は次第にもめるようになっていた。
 母が祖母の介護にひどい疲労を感じているのは、単に時間がとられているということだけではないように思えた。母が子どものころに祖母が母にしたことは、今なら虐待といってもいいようなものである。
 何ひとつ意見を聞かれたことがなく、何をしても怒られて、何をしても褒められないなかで育った私の母は、大学生になって実家を離れたあと、祖母と距離をとって暮らしてきた。でも介護が始まり祖母と過ごす時間が増えた母は、昔、祖母に言われた言葉の数々を思い出すようだった。私はこまめに実家に帰って母と一緒にご飯を食べて話を聞いていたが、あるとき母は私に、祖母のことが好きじゃないと話しはじめた。

 「私はお母さんが好きじゃない。子どものときは、もうずっと怒鳴られながら指示されてきた。今帰仁のおうちの、あのひんぷん(玄関の風よけ)のところあるでしょう? 夕方になって、あそこからおばあちゃんが入ってきた瞬間から怒鳴り初めて、眠るまでずっと怒鳴られながらこき使われた。どれだけやっても、この人は感謝もなにもしないんだなぁって、本当に嫌だなと思ってきた。今、おばちゃんたちはおばあちゃんに触るでしょう? でも私は、触りたくない」

 私もまた、「そうだよね、おばあちゃんの怒鳴り声って、ほんとひどいよね」と母に言う。そして、「自分の母親嫌いで触ることができないっていうひと、いっぱいいるよ。そういう本とかエッセイなんかもあるよ」と話し、佐野洋子さんの『シズコさん』というエッセイ本を母にあげた。
 母はその本をすぐに読み終えて、「あー、私と一緒だなぁって読んだよ。名前まで一緒なのね。シズっていうひとに静かな人はいないのね」と言って、それから祖母のことを私に愚痴る。

 「この前、“私はお母さんのことが好きじゃないのよ”と言ったら、なんて言ったと思う? “そんなことないでしょう。みんな私のことを大事にしていて、尊敬しています。子どもも孫も、みんな私のことが大好きです”って一点の曇りもなく言うのよ。“ほかの子どもや孫がお母さんのことを好きでも、私は嫌いですよ”って言ったら、“まさか、そんなことないでしょう!”って笑って、ちっとも信じてくれないの。お嬢さまってホント困るわよね」

 祖母の症状はゆっくり進行し、祖母は「ひとりで暮らすのが嫌だ。子どもをたくさん生んだのに酷い」と自分の運命を嘆き、あまりご飯を食べなくなり、うまく眠ることができなくなり、ひとりでいるときはぼんやりするようになった。
 母は叔母たちを全員集めて、今後の介護方針を提案した。母が提案したのは、週の半分はコザの家に連れてきて自分が面倒を見て、週の半分は今帰仁村に住んでいる叔母が見て、祖母の送迎はほかの叔母たちが担当するというものだ。そのスタイルで暮らしてみて、なにか不都合があったらみんなで集まり相談する。叔母たちも母の提案を了承し、母と祖母の新しい生活が始まった。
 週の半分を祖母と暮らすことに決めた母は、すぐにデイサービスの手続きを進め、お庭が綺麗に見える場所に祖母の部屋を増築し、裏庭を開墾して祖母の畑を用意した。
 一緒にご飯を食べる人がそばに居ると、祖母はご飯をたくさん食べるようになった。眠るときにおやすみと声をかける人がいると、祖母は朝まで眠るようになった。
 朝起きると畑仕事をしてからご飯を食べて、デイサービスに出かけていき、そこから帰ってくると日が暮れるまで畑仕事をする。祖母は次第に落ち着いて暮らし始めた。
 母も少しずつ変わってきた。祖母がお風呂に入ると、母は祖母の背中をバスタオルで拭いて、祖母の身体にペタペタ触る。祖母が母のそばで折り紙を折ったり、ぎゅっと鉛筆を握って日記を書くと、祖母に折り方を教えたり漢字を教えたりしながらそばにいる。
 あるとき母は、祖母の日記が面白いと話し出した。

 「おばあちゃんって目の前のモノを持ってくるでしょう。花を持ってきたり、飴玉を取ってきたり。この前、デイサービスで、コーヒーや紅茶に入れる砂糖を家に持ちかえってきたから、こっぴどく叱ったの。それを日記に書いているのよ。読んでみる?」

 こっそり、祖母の日記を読ませてもらう。

 「今日、御母様に怒られました。
 デイサービスのお砂糖を、全部持って家に帰ってきたからです。
 お砂糖をひとりで返しに行きなさいといって怒られました。
 ひとりで返しに行けないので困りました。
 御母様ごめんなさい、もうやりません。
 それにしても、貴女は、あんなに怒ることはないでしょう」

 「御母様って書くのよ、私のこと。最近、可愛いの。ぼけちゃって可愛くなっちゃった」と母は話す。
 祖母は自分を保護してくれる娘のことを、自分の母親だと認識するようになったということなのだろう。それでも日記にまじる「貴女」という言葉に、自分の娘に叱られていることを、祖母はわかっているのかもしれないと私は思う。