ちくま新書

地方が稼ぐ仕組みと戦略

地域間の格差は広がる一方。対策のひとつである「ふるさと納税」も成功しているとは言えません。そんないま、地方の味方は誰でしょうか。マーケティングの観点から、都市部の顧客をつかんで絆をむすび、地域を活性化させる『地域活性マーケティング』の冒頭を公開します。

「このままでは町はなくなります。自分の会社が先頭を切って稼げば地域は潤う。事業でもっと儲けることが目標です」ある地方の繊維加工の事業者は、そう語っていました。
 地域産品を販売する事業者のお手伝いは著者の仕事の一つです。訪問の始めには会社に何をやりたいのかを伺います。人口一〇万人規模の地方中都市で食品加工を手掛ける事業者は述べていました。「お客さんにうちの商品をたくさん買ってもらって町の雇用を増やしたい。地元をもう一度活気づけるのが私の夢です」。
 山あいの小さな町から全国に商品を売る企業の地元の評判を聞こうと住民にインタビューしました。「おかげでこの町を覚えてくれる人が増えるのがうれしい。地名だけでも忘れないでいてほしい」。
 東京への集中が進んでいくなか経営資源の限界もあって地方の企業、産業が成長するのは容易ではありません。しかし地方の存続のためには地方産業の発展が必要です。近年の情報通信技術の進歩などにともない、新しい事業機会も広がっています。地域からの商品が売れれば、地域を覚えてくれる消費者も増えます。
 地域の産品のなりわいで地方の成り立ちを支えたい。そこで暮らす人のいとなみを広く記憶に留めて、それぞれ固有の地域名の価値を高めたい。「地域活性マーケティング」はそういった思いに応えんとするものです。

 地域の活性化のためにはさまざまなアプローチがありますが、本書は地域産品のマーケティングが題材です。いかに商品を開発して販売するかという実践、またはそれについての研究がマーケティングです。ここでの検討は、ふるさと納税をはじめとする政府と自治体の政策や地方の事業者の実践を検証し、望ましい地域発展、地域支援のありかたをマーケティングの視点から考えることが目的です。また「地域活性マーケティング」ですから、地方が地域産品でいかに稼ぐか、実践に役立つ方針を示すのがもうひとつの狙いです。これらの目的を果たすために設定した、本書の四つの特徴を示します。
 第一点目、「ふるさと納税」は地域活性のために定められ、地域産品振興の役割が期待されている制度なので、本書での検討が必要です。ふるさと納税利用者を対象とした意識調査で、制度の利用動機について書いてもらった記述の一部を紹介します。
「農産物をもらえるとテレビでやってました。特にお米にひかれた」
「地方の振興に役立つと信じています」
「お肉がタダでもらえる!」
「住民税分のサービスを自治体から受けているとは思えないから」
「生まれた県を応援しながら、懐かしい地元の産品がもらえる」
「一部でも自分自身が「行き先」のわかる納税をしたい」
「六歳の孫が肉が大好きなので、返礼品から選んで納税しました」
 こういった記述に現れた利用者のそれぞれの意識について、第一章で量的・質的な分析を行い、いくつかの視点から制度を検証しました。結果、現行のふるさと納税について複数の大きな問題点が現れたのですが、この制度がまだ続くのならせめて善用したい。地方が都市の支持を得ながら活性化をはかる、都市が地方を支えるために、ふるさと納税制度のやり直しを考えなければなりません。第五章で自治体のふるさと納税の実践を評価し、返礼品を機として地域と消費者の結びつきを深める方法を検討します。
 第二の特徴は「消費者調査」の活用です。地域活性関連の文献の多くでは地域のケーススタディ、成功例が紹介されており、それはずいぶんと示唆に富みます。本書も複数の事例を紹介していますが同時に、独自に実施した消費者調査のデータをマーケティングの技術で分析して利用しています。
 省庁がまとめた事例集などでは、本当にこれが成功例と言えるか、あやしい例も見かけます。消費者調査のデータを使うのは、成功例の記述だけで終わらせず、消費者側からのエビデンス、証拠を捉えるべきだと考えるためです。
 マーケティングを専らとするマーケターが施策を計画する際には、調査データを渇望します。いずれチャレンジの決断にはなりますが、貴重な資源をつぎ込むのですから、施策の方針の検討に証拠の支えは求められてしかるべきです。
 第三の特徴、マーケティングの本では通常はあまり見かけない民主主義や正当性、自己決定権、共同性などの言葉を本書ではふんだんに用いて「規範的」な議論をします。産品のマーケティング活動は地域社会にポジティブ、またはネガティブな外部波及効果をもたらすので規範的な検証は必要です。
 最近の経済ニュースではSDGs(持続可能な開発目標)や、CSV(共通価値の創造) という語を見かけます。一般のビジネスでも、その実践が正しいのか善いことか、結果として何をもたらすか、おためごかしではない、望ましい社会という視点による検証が求められています。まして地域産品のマーケティングには、私的な企業、事業者だけでなく、地方自治体や政府、ふるさと納税のような公的な存在が関わるため、いっそう規範的な評価から逃れられません。
 また積極的には、地域事業者の社会的な意志、消費者側の倫理的な思いが事業に役立つとも考えられます。経済合理性の外にある思いは事業成長、産業発展の基盤になりうるか、どうやって思いを収益につなげるかを検討します。つまり社会的な活動にマーケティング技術を適用し、マーケティングの外的な波及効果から目をそらさず、社会的なニーズを対象とする本書は、社会志向の「ソーシャルマーケティング」の試みでもあります。
 第四の特徴ですが「地域ブランド」について頁を割いて取りあげ、その役割を重視します。地域ブランドは地域産品一般の付加価値の源泉、儲けのもとです。地域ブランドの支援抜きで地域産品を売ろうとすると、大メーカーのナショナルブランドや大手流通のバイヤーに対して、分があるとは言い難い勝負を正面から挑むことになります。
 そういう問題意識は地域で共有されており、自治体の人たちは地域ブランド形成に取り組んでいますが、あまりうまくいっているようには思えません。専門家は、地域ブランドは「出発点において、矛盾を内在させている」とさえ言います。
 ブランドの価値は、消費者の知覚と「思い込み」のなかにあるとマーケティングの権威であるコトラーは述べました。またノーベル賞経済学者のスティグリッツは、経済学の基本モデルである完全競争市場の原則に従えば、ブランドは「存在してはならない」と指摘します。ブランドはまるで蜃気楼、まぼろしのようです。
 われわれが地域産品を振興するためには、市場の基本原理に依らず、頼りない地域ブランドを拠り所に、商品価値が高いと消費者に思い込んでもらわねばなりません。市場環境のなかでそれが可能かを検証し、地域ブランドの価値をいかにして高めるか、方針を提示します。
 筆者は、マーケティングの実務と研究にたずさわっており各章でリレーションシップ・マーケティング、消費者行動論などのマーケティング研究を適用しています。同時に社会学、政治学、倫理学、社会的交換論、消費社会論などの研究も参照します。
 地域に関するマーケティングの検討は、地域に関わる諸分野の研究蓄積を適用せざるをえません。もとよりマーケティングは専門分野の横断性、雑食性が身上です。慎重かつ向こう見ずをもって、社会人文科学の各領域に踏み込んでいきます。まずは、ふるさと納税制度の検証から始めます。

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