加藤陽子☓長谷部恭男

国家の攻撃対象は憲法原理である

憲法と歴史の交差点(4)

5月にジュンク堂池袋店で開催されました、歴史学者と憲法学者のお二人の対談の第4回目です。

描かれない戦争の歴史

加藤 私は近代の歴史を研究しながら、軍部や軍の佐官級・課長級の事務当局者が何を考えて、そのような政策決定をしたのか、それをある程度わかりやすく説明してきたという自負があります。これまでも多くの研究者が、これについて精密に議論してきたと思いますが、それを「説得の論理」という形でわかりやすく説いたのは初めてかもしれません。
軍と徴兵制は、国家にとって最も大事な憲法原理である社会秩序を書き換える際の、力と権力の源泉を形成します。総力戦の一つの定義は、動員しうる兵士の数と壮年男子の数がイコールになる時代ですが、そのような時代に、日本の政治制度の中で、軍は国家や国民にどのようなことを説明して、予算獲得や徴兵制度の改変を行ってきたのか。このようなことに興味があました。
 また、太平洋戦争の歴史でいえば、本当の激戦地では兵士が根こそぎ戦没します。アメリカ軍の第一線部隊と太平洋の島々で戦って亡くなった部隊については、激震地の報道がブラックボックスのように入らないのと同じく、戦後に伝わらない。外地で戦没した兵士は210万ですが、その餓死したり海没したりした実態は、労苦という以外には伝わりにくい。戦争の歴史には、超えがたい偏差があるのです。
 その一方で、1937年から45年までに中国の戦場では70万人が戦死していますが、国家と国家の軍隊の戦いという点では、日本側に敗北の自覚はなかったともいいます。中国から帰還した、そのような兵士による戦争体験が主たる声として伝えられ、ある意味で、上書きされる。実は、日本は戦争で中国に勝っていた。そういう体験談になってしまう。日本の場合、人々の経験が国の経験として語られないままここまで来た。そして国家は、自分たちが負けた戦について正確に書かない。日本にとって、この2つが決定的ですね。
日清・日露の後、参謀本部が歴史を公的に編纂する際の注意書きが残っておりますが、都合の悪いことは書かれない。たとえば日本海海戦でいえば、東郷平八郎は対馬海峡にロシア艦隊が現れるとは実のところ考えていなかった。東郷は、ロシア艦隊は津軽海峡を通ってくると思っていますから、実のところ北進するつもりでした。一方で参謀長だった島村速雄は、対馬海峡にロシア艦隊が現れることを確信していた。しかし、戦史に干渉する力が働きます。
 また、203高地では、乃木希典率いる陸軍側と海軍側の作戦が呼応して行われるわけですが、陸海軍共同作戦に妙があった点など書かれない。むしろ相手側のロシア軍が、ここに作戦の意味を認めています。まあ、日本に限らず、各国も、同じ愚は犯しているとは思います。日本は負けた歴史を書き残す、もしくは勝った経緯について正確に書き残すということをしていない。日本はアメリカとイラクの戦争に加わりましたけど、これは果たして良いことなのかどうか。イギリスなどは調査委員会を立ち上げて調査を行い、当時のブレア首相の情報が誤りであったことを認めています。でも日本は、そういうことをやっていない。
 戦争について個人が何かを書き残すという場合、なぜか、国家の役割と自分の役割を一致させて書いてしまうということが起きますね。安全感というのは個人差が大きく、容易に個人と国家の同一化を引き起こしてしまいますね。「尖閣諸島に漁民を装った中国人が上陸したらどうする」と煽られた時、自分が国家を代表させられるような気持ちになってしまう。このあたりが、最初にお話をした幸徳秋水の嘆きに通ずるのでしょうか。
日本の戦争の歴史は、国家が対外的に引き起こした災厄の歴史です。これは憲法の前文や1995年の村山談話にも書いてありますが、国がその国民を存亡の危機に陥れることをしてしまった国だった。そこです。国が国民を存亡の危機に陥れた、と書き込んだ村山談話は、なかなかすごいと思いました。それをやってしまった国が、きちっと歴史を書けてない。これは本当に反省すべきことだと思っています。

戦争での国家の本当の攻撃対象

長谷部 何だかしんみりしてしまいましたけど(笑)。
憲法学は戦争の問題と深いところでつながっています。図式的な言い方になってしまいますけど、戦争というのは国家と国家がするものですよね。他方、突き詰めて考えると、国家というのは結局約束事です。美濃部流に言えば、国家は法人という作り事・フィクションです。国家というのはどこにあるかと言うと、頭の中にしかないものなんです。
 では国家と国家は、何のために戦争をしているのか。表面的には相手の領土を奪おうとし、相手の国民を殺そうとし、財産を破壊しようとしているように見えるかもしれない。ただ、加藤先生の大ベストセラーである『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』(朝日出版社、2009年)の中でも引用されている、ジャン=ジャック・ルソーの言葉がありますね。ルソーは「戦争において、国家が攻撃目標としているのは相手の国家の社会契約だ」と言っている。現代風に言い換えますと、国家は相手の国の憲法原理を攻撃対象としている。
 憲法学にとって、自分の国の憲法原理は何なのかということは肝心です。いざとなれば戦争に訴えてでも守らなければならないものは、いったい何なのか。現象面としては領土や国民の生命・財産のように見えるかもしれませんが、本当に守らなければいけないのは憲法原理です。
 とはいえ、そこにはさらにもう一段階考えるべきことがあります。ルソーは、次のようにも言っています。国家というのは結局のところ、今国民になっているひとりひとりの人間の命と財産を守るためにできている。たとえば、国家と国家が戦争を始めたとする。このまま行くと、国民は滅亡の危機に瀕してしまう。そういう時には、国家という約束事を解消したほうがいいこともある。今までの自分たちの憲法原理を解消し、相手が要求するような憲法原理に変える。そのことによって新しい国家をつくり、そのもとで新しい社会生活を始めていく。それが正しいということがあり得るんだと。これもまた、ルソーが言っていることです。
 そうした点に、憲法の本質が現れていると私は考えます。だからこそ憲法学者も、戦争のことを勉強しなければいけない。そこで、戦争の歴史がご専門の加藤先生のご本を愛読してきたわけです。
加藤 ありがとうございます。本当にその通りです。長谷部先生経由のルソーの言葉を読んで、私の本に感銘を受けた方がたくさんいたと聞きました。ですので、長谷部先生には印税の何パーセントかを本来はお返ししなきゃいけない(笑)。本当にそこなんですよね。
 日本人はなぜリットン報告書の提案の時点で、あるいは日米交渉の最後の場面で、中国からの撤兵をのめなかったのか。明治維新以降の日本人の歴史観というものが大きいように思います。日本という国は、開国時の列強に押し付けられた不平等条約を、順次改正し、独立を果たしてきた。列強が日本を認め、その独立を認めた契機が、戦争であったという体験は大きかったのではないか。憲法と戦争、このような成長神話が、日本近代の戦前期までの歴史観を支えてきた側面があったと思います。
 松岡洋右が奇しくも言ったように、リットンに妥協してしまえば日露戦争にかかった莫大な戦費、ならびに20万人の国民の犠牲を忘れることになる。この国の国民は、このような物語によって自己を形成してきたわけです。戦前期にアメリカが倒そうとしたのは東アジアの自由な航行を妨げる日本の植民地支配、ならびにその支配を支える天皇制です。そういうことを考えていくと逆に、今の日本が絶対に守らなければならないものは何かということが見えてくるし、さらには、現在の中国が絶対に守らなきゃいけないと考えているものなどにも思いがゆく。
 ここで、中国の人の気持ちになって予測してみましょう。百戦百勝の毛沢東が抗日戦に勝ったことにより、国がつくられた、との神話で成り立つ。中南海の壁には「偉大なる中国共産党万歳」「必勝不敗の毛沢東思想万歳」というスローガンが掲げてあります。国は、人民のために尽くすんだ。中国の方たちがこのような歴史観を持っているということを、我々は知っておいていいですね。彼らがその歴史観に引きずられて、不退転の決意、などしないように。中国には商務書館という版元があります。国営の出版社といえばよいでしょうか、学術書なども刊行する。ここで面白いのは、1930年代にここで刊行されていた憲法学の本は、ドイツやアメリカのものかと思いきや、意外にも金森徳次郎や清水澄、美濃部など、日本人の学者が書いた憲法書や法律書が多かったのです。1930年代の中華民国において、美濃部の憲法学が学ばれていました。
 蔣介石が考えていた「中華民国の憲法草案(55草案)」は挫折しますが、蔣介石のもとには、美濃部の憲法学を、いまだ軍部への抑制が足りない、などと批判するような民国の憲法学者などもいたといいます。アジアということで考えた場合、日本において、中国において、国家法人説をきっちり書いた美濃部の道が、ある段階まではありえたのではないか。この二つの国の美濃部コースを潰したのが、まさに日本による中国侵略なのでしたが。
 『あの戦争になぜ負けたのか』(半藤一利・中西輝政・福田和也・保阪正康・戸高一成・加藤陽子著、文春新書、2006年)という対談本の最後のほうで、私は次のようなことを書いております。戦前期の日本人にとって、ある時期から、最も気持ちのよい歴史観を聞かせてくれたのは、軍部だったということです。軍部が喧伝するような歴史物語は、子どもたちが尋常小学校などで学ぶ修身などの歴史観と一番呼応するところが大きかった。ある意味で、軍部という組織は、国民の一番底辺の意識にまで手を突っ込んで、気持ちの良い物語を語って聞かせることができた、そういう組織であったのだと思い知りました。
長谷部 最後に私から一言申し上げます。今の加藤先生のお話からもわかりますが、「歴史」という言葉は学問の対象という客観的な意味合いで使われることもあれば、人々に共有される物語という意味合いで使われることもある。たとえば外国の政府は、いったいどちらの意味で歴史という言葉を使っているのか。そこは慎重に考えなければなりません。美濃部がやろうとしたのは、物語としての歴史を学問としての法律学から排除するということでした。それは、学問としての歴史学からも区別していかねばならないものではないでしょうか。本日は、以上でおしまいにしたいと思います。
 

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