恩田陸「spring」連載直前インタビュー

恩田陸 バレエ小説「spring」連載直前インタビュー
祭典前夜のプレパラシオン

待望のバレエ小説「spring」がスタートする恩田陸さんに、連載直前の想いをうかがいました。PR誌「ちくま」2020年3月号掲載予定の初回をどうぞお見逃しなく。



──とうとう始まりますね、バレエ小説「spring」の連載が。
恩田 私たち、いったい何年取材をしてきたんでしょう?

――思い返してみたのですが、2014年に「バレエをテーマとした小説を書きませんか」とご提案をいたしました。場所は、新橋の洋風おでん屋で(笑)。依頼した私自身がもともとバレエを踊るのが好きで、新潮社さんの短編集『私と踊って』の表題作(ピナ・バウシュをモデルとした短編小説)を拝読した瞬間に、ぜひ執筆をお願いしたいと思ったんです。
恩田 すると、私が全幕もののクラシック・バレエを観るようになって6年になったということですね。それまではコンテンポラリー作品しか観ていませんでしたから。

──企画をお持ちした時に、たしかちょうど英国ロイヤルバレエ団の「不思議の国のアリス」をBSでご覧になった、というお話をうかがった気がします。
恩田 そうそう、クラシック・バレエもテレビなどで観てはいたんですけれど、生で観るのはコンテンポラリーばかりだったんです。

──恩田さんといえば、依頼の時点で既に『チョコレートコスモス』(角川文庫)、『ブラザー・サン シスター・ムーン』(河出文庫)など、演劇や音楽といったパフォーミングアーツをテーマとする作品が読者の皆さんに愛されていました。直木賞と本屋大賞をW受賞した『蜜蜂と遠雷』(幻冬舎文庫)も当時はまだ連載中でしたが、「バレエ小説を書いてみよう」と決断されたのは──
恩田 「私と踊って」を書くのが、とても面白かったんですよね。それまでにも芸術系の作品というか、演劇、音楽、といったテーマで小説を書いていましたので、じゃあ次はダンスだろうか、と。

──「私と踊って」を拝読した時は「恩田さんご自身も踊られる方なのかな」と感じたのですが、実は違いました。
恩田 私は自分では踊らないですね。もともと子供の頃からバレエ漫画は読んでいて、山岸凉子先生の不朽の名作『アラベスク』『テレプシコーラ』、最近だったら『絢爛たるグランドセーヌ』(著 Cuvie・秋田書店刊)や『ダンス・ダンス・ダンスール』(著 ジョージ朝倉・小学館刊)なども読んでいますが、自分自身はフォークダンスもまともにできない。手と足がいっしょに動くタイプです(笑)。



──連載のタイトル「spring」の由来を教えていただけますか。
恩田 まずひとつは「春」です。クラシック・バレエにとってもコンテンポラリーにとっても「春の祭典」(ニジンスキー振付、ストラヴィンスキー作曲・1913年初演)は重要な作品だと感じていて、そのタイトルから。それと、春は人が外に出ていって踊りたくなるような季節じゃないかな、とも。「spring」という単語は面白く、季節を表す以外にもたとえば「泉」や「バネ」といった意味が複数あります。この英単語が持ついくつかの意味を各章のタイトルに据えながら、物語をつなげるようにして書いていきたいと考えています。

──そういえば、早い段階からタイトルは決定していましたよね。金森穣さん率いるNoism(新潟市を本拠地とする日本初の公共劇場専属舞踊団)の公演を観に、新潟へ行った帰りの新幹線で「決まった」と宣言されたのを覚えています。
恩田 タイトルが決まらないと書き出せないんですよ。金森穣さんといえば、取材でうかがったおはなしが印象的でした。ご自身が踊っている時のことや、振り付けや作品の組み立てをしていらっしゃる時の感覚は「言語化することができない」とおっしゃっていたんですよね。金森さんはとってもトークが上手で、非常にかしこい方なのに、そんな方でも「言語化できない」。「じゃあ小説書けないじゃん!」と思ったのをよく覚えています。そして現在に至る、と(笑)。

──取材として、たくさんの公演やダンサーを観ましたね。Noismもですし、英国ロイヤルバレエ、パリ・オペラ座、ボリショイ・バレエ、ハンブルク・バレエ、シュツットガルト・バレエ、シディ・ラルビ・シェルカウイ作品、マシュー・ボーンのニュー・アドベンチャーズ、シルヴィ・ギエムさんの引退公演、日本を代表するダンサーである堀内元さんや吉田都さんと対談をさせていただいたこともありました。バレエとは異なりますがリバーダンス等も観ましたし、コンクールやコレオグラファー向けのコンテストも……と挙げればきりがないくらいです。
恩田 本当にたくさんですね。取材については、舞台をみればみるほど「どう書けばいいのか」がわからなくなっていきました。「書けそうだな」と思う瞬間と「やっぱり書けない」と思う瞬間の繰り返し。同時に、取材をしたことでクラシック・バレエの面白さにも気が付きました。それと、コンテンポラリーについては「つまらないと寝てしまう」ということもわかって(笑)。コンテって「超面白い」作品と「超つまんない」作品と、はっきりわかれるところがありますよね。

──2019年夏に来日した「NDT」(ネザーランド・ダンス・シアター)は素晴らしかったですね。
恩田 あの公演は本当によかったです。踊っているダンサー自身も、コレオグラファー志向の方々が多いんじゃないかと感じました。「振り付ける」という行為には個人的にとても興味があって、本作ではそのあたりも書いていきたいと考えています。「踊ること」「振り付けること」とはどういう行為なのか。

──主人公がどんなキャラクターになるかは、もう決まりましたか。
恩田 男性ダンサーです。特定のモデルとなるダンサーがいるわけではなく、いまはまだ顔がはっきりと見えていないんですが……ただ、もう名前は決まっています。「萬 春」です。一万の春で「よろず・はる」。

──主人公も「spring」なんですね。どんな子が生まれるのか楽しみですが、春君は、踊るだけではなく振り付けもするのでしょうか?
恩田 そうですね。まだわからないですが、どこかのタイミングで振り付けをする彼も書くのだろう、という予感はします。

──『歩道橋シネマ』(新潮社・2019年刊)に収録されている短編「皇居前広場の回転」や「春の祭典」にも、男性ダンサーが登場していますね。『蜜蜂と遠雷』のスピンオフ『祝祭と予感』でも、ピアニスト・風間塵の姉が実はバレエダンサーだということが明かされます。彼らが登場する可能性もありますか?
恩田 うーん、出てくることもあるかもしれない。エピソードとして加える可能性はありますね。