単行本

特別対談 未来のキム・ジヨンのために

チョ・ナムジュ×斎藤真理子

映画『82年生まれ、キム・ジヨン』が日本でも10月9日(金)から公開決定!そして3月8日の国際女性デーを記念し、『82年生まれ、キム・ジヨン』の著者チョ・ナムジュさんと、同書の翻訳家・斎藤真理子さんの対談をお贈りいたします。 2019年8月31日に同志社大学で駐大阪韓国文化院ほかの主催で行われたものです。

〇司会:金友子(立命館大学 准教授)

○通訳 キム・スジョン

〇主催:駐大阪韓国文化院、同志社コリア研究センター、韓国文学翻訳院

〇協力:株式会社 筑摩書房

https://www.k-culture.jp/info_news_view.php?number=1330

 

●自分の声を手に入れるための本

 

司会 チョ・ナムジュさんの来日トークイベントは、2019年2月の東京に続き、今回が二度目です。本書がきっかけとなり、日本でも大きな共感をもって本書が迎えられていて、まさに「私もだ」という経験の共有こそ、フェミニズムの始まりであったと思いました。こうした日本での反応について、お二人はどのように受け止めておられますか。

チョ 韓国の読者の方たちからもいろいろな意見がありますが、「私の体験がそのまま本になって読まれているみたい」という方がたくさんいらっしゃいました。韓国語以外の言語・文化を共有する皆さんはどう感じていらっしゃるのか、どの部分が共感されているのか気になりますが、多くの方が共感してくださることはとても嬉しいです。一方で、(編集部注・女性の困難を描いたこの本が普遍性を持つ今の状況に)少し悲しい気持ちにもなります。同じ本を読んだ皆様と語り合えることをとても嬉しく思っています。

斎藤 チョ・ナムジュさんとは、2019年2月の東京でのイベントから半年ぶりにお会いしまして、まず最初に「キム・ジヨンは日本でも元気で過ごしていて、みんなに愛されています」とお話ししました。広く読まれ、本当にキム・ジヨンというキャラクターが皆さんの胸に届いていると思います。

 キム・ジヨンは小説の中で、自分自身の声を出せなくなって、お母さんの声や、亡くなった先輩の声でしか話せない状況になり、一度自分の声を失いますが、日本の読者の中には、この本によって初めて自分の声で話しだすことができた方がたくさんいらしたのだと思います。いままで意識していなかったことを話そうとしたり、行動に移そうとしたりする新たな一歩のための声を手に入れることができたのではないかと思っています。小さな本ですが、大きな力のある本だと思っています。

左から、司会の金友子氏、通訳のキム・スジョン氏、チョ・ナムジュ氏、斎藤真理子氏。

 

 

●この本を書いたきっかけ、設定の意図

司会 改めて、この小説を書こうと思った理由やきっかけについて伺います。

チョ この小説は、2015年頃から書き始めました。2015年には韓国では女性に関するさまざまな出来事がありました。例えば、この小説には「ママ虫(マムチュン)」という言葉が出てきますが、この言葉が初めて使われたのも2015年でした。そして、インターネットのポルノサイトで性暴力を企ててそれを実行するというショッキングな出来事が起きたことが明らかになったのもこの年でした。また、2015年には中東呼吸器症候群(MERS)が大流行し、韓国でも流行りました。そのときに、警告された女性がそれに従わず、勝手な行動をしたというフェイクニュースが流れ、多くの女性蔑視に繋がりました。

 本当に2015年は女性嫌悪がひどく多く起こった年でした。その反動で、女性はこのときから、いままで我慢していた様々な不満を話すようになりました。そして、社会で問題提起し始めました。女性たちは自ら「私はフェミニストだ」と宣言したり、不平等な扱いを受けた経験を話し始めたりしました。

 私はそのとき同世代の女性たちの話を整理して記録して文章に残そうと決めました。

司会 作家自身は、現実社会を見て自分の経験を振り返り、それを書いた。それを見て読者は自分たちの経験を振り返る。この流れは非常に面白いと思いました。

 作品化するときに、キム・ジヨンという人物を主人公に設定したわけですが、82年生まれ、名前がキム・ジヨン、兄弟姉妹合わせて3人、仕事をしている親がいて、本人は結婚しているという設定をなぜ選んだのでしょうか。

チョ まずキム・ジヨンは80年代生まれだという設定にしたかったのです。日本でも昔は男性中心で、女の子より男の子が生まれるほうがよいことだという思想があったと思いますが、韓国でもそうでした。しかし、1980年代になると、医療の進歩によって妊娠中の検査で男女の判別ができるようになります。韓国では80年代から90年代初めまで、女の子の中絶がとても多く起こったので、この時期に男女比が大きく広がりました。

 韓国の1980年代前半生まれの人々は、青少年期にIMF通貨危機(1997年)を経験しました。経済的に大きく揺れ動いたこの頃、大学進学時に、男か女かによって進路が変わることもありました。

 そして、80年代前半に生まれた人たちが第一子の出産を迎えはじめた時期が2013年頃です。その頃、韓国では保育料の全面無償保育制度が始まりました。すべての子供たちが、保育所や幼稚園の費用を全面支援され、保育所に通う子供たちがとても多くなりました。子供を保育所に預けた若いお母さんたちを、「子育てもろくにしないで遊んでいる」という目で見ることが現実にありました。そういうことを全部ひっくるめて語りたいと思って、80年代前半にあたる82年を選び、キム・ジヨンの生まれた年と設定しました。

 キム・ジヨンはソウル生まれで、首都圏にある大学に通いました。家の経済状態はそんなに悪いほうではなかった。経済的格差や地域問題に絡めて語られないために、平均より少し上の経済状態を、キム・ジヨンの環境として設定しました。

司会 男児選好の話や進路の決定、大学進学、就職など、いろいろなことが描かれていますが、小説の中にいろいろな統計の数値の出典があり、ルポルタージュのように、あるいは聴き取り調査の報告書のように感じられる部分があります。このような形式を使った理由や意図は?

チョ ここに書かれていることは単に小説の中の存在なだけではなく、現実問題だということをお伝えしたかったこともあります。小説でもあるのですが、本として残せば、2010年代当時の女性のライフスタイル、こういう人生を歩んだのだということを、記録、報告書として、あとから客観的に見てもらえると思いました。女性を軽蔑するようなことがたくさんあったので、こんな形を取りました。

2020年3月8日更新

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チョ・ナムジュ(趙 南柱)

チョ・ナムジュ

1978年ソウル生まれ、梨花女子大学社会学科を卒業。卒業後は放送作家として社会派番組のトップ「PD手帳」や「生放送・今日の朝」などで時事・教養プログラムを10年間担当。2011年、長編小説『耳をすませば』で文学トンネ小説賞に入賞して文壇デビュー。2016年『コマネチのために』でファンサンボル青年文学賞受賞。フェミニズムをテーマにした短篇集『ヒョンナムオッパへ』(タサンチェッパン、日本版は白水社)に「ヒョンナムオッパへ」が収録されている。 『82年生まれ、キム・ジヨン』(民音社)で第41回今日の作家賞を受賞(2017年8月)。大ベストセラーとなる。2018年『彼女の名前は』(タサンチェッパン)、2019年『サハマンション』(民音社)を刊行。photo©MINUMSA

斎藤 真理子(さいとう まりこ)

斎藤 真理子

斎藤真理子  (さいとう・まりこ)

翻訳家。訳書に、パク・ミンギュ『カステラ』(共訳、クレイン)、『ピンポン』(白水社)、チョ・セヒ『こびとが打ち上げた小さなボール』(河出書房新社)、ファン・ジョンウン『誰でもない』(晶文社)、チョン・セラン『フィフティ・ピープル』(亜紀書房)、チョ・ナムジュ『82年生まれ、キム・ジヨン』(筑摩書房)、ハン・ガン『回復する人間』(白水社)『誰にでも親切な教会のお兄さんカン・ミノ』(亜紀書房)などがある。『カステラ』で第一回日本翻訳大賞を受賞した。

 photo:©Yuriko Ochiai

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