ちくま文庫

時代の変化と「住み開き」

『住み開き 増補版-もう一つのコミュニティづくり』解説

今こそ人とのつながりについて考える本、『住み開き 増補版』についてコミュニティデザイナーの山崎亮さんに解説していただきました。

 かつては当たり前だったことが、時代の変化とともに珍しいことになり、意味が変容して新しい兆しだと感じるようになることがある。「住み開き」や「家から始めるコミュニティ」(単行本時の副題)という本書のキーワードは、まさにそんな状況にある言葉だといえよう。2008年に著者が提唱したこの言葉はいまも鮮度を保っている。コミュニティデザインや地域づくりに携わる立場から、歴史的な経緯とともに本書(2012年の単行本に、7軒の増補を加え文庫化)が広く現代の社会に紹介されることの意味を考えてみたい。
 今でも中山間離島地域の家を訪れると目にすることだが、旧家にはだいたい広い客間と大量の食器が用意されている。家主に話を聞くと「このあたりにはカフェなどが少ないから、親戚や友人が集まるときはだいたい客間に招き、食事を楽しみながら話をしたり歌ったり踊ったりするのです」という。地域住民や仕事仲間が集まって会議するのも客間であり、そのまま宴会になり、泊まっていく人もいる。そのことを特段「住み開き」と呼びはしないが、やっていることは本書に紹介された事例に近い。
 ところが、中山間離島地域から都市に人が集まるようになると、広い屋敷に住むのが難しくなる。郊外住宅地で「核家族」が生活するようになると、広い客間と多くの食器は姿を消すことになる。親戚が周辺に住んでいるわけではないし、仕事も遠方へと通勤することになる。地域の人たちが集まる場合は集会所を予約するし、友人と集まるなら娯楽施設でお金を払って楽しむ。
 さらに個人がスマートフォンを介して離れた友人とつながりながら生きるようになると、恋人や親しい友人以外が自宅を訪れる機会はほとんどなくなる。特にワンルームに住む若者や独居高齢者は、自宅に人を招く機会がめっきり減ることとなる。
 こうした流れとともに「コミュニティ」という概念も変化する。旧家の広い客間が使われていた時代は、三世代が同居している自宅、周辺に住む親族、共同で仕事をする地域の人たちと同心円状にコミュニティが広がる(血縁型コミュニティ)。まさに「家から始まるコミュニティ」である。核家族が郊外に集まって住むことになると、同じ地域に住む人たちが組織する自治会などがコミュニティということになる(地縁型コミュニティ)。そして個人がスマートフォンを介して好きなときに集まるようになると、同じ興味を持つ人たちの集まりがコミュニティと呼ばれるようになる(興味型コミュニティ)。いま若い人たちに聞くと「コミュニティって同じ地域に住んでいる人たちっていう意味もあるんですか?」と驚かれる。彼らにとって「コミュニティ」とは気の合う仲間のことしか意味しないのだ。
 そんな時代にあって「住み開き」は2008年よりもコミュニティがあいまいになった今こそ新鮮な響きを持つようになる。かつては当たり前だった「家から始まるコミュニティ」が、かえってこの時代に「家から始めるコミュニティ」としての可能性を帯びてくる。本書に登場する事例の多くは、血縁や地縁のコミュニティではなく、気の合う仲間が集まる興味型コミュニティを対象としている。しかも、集会所やカフェではなく自宅にコミュニティを呼び込む。つまり、血縁型@自宅→地縁型@集会所→興味型@カフェという流れのなかに、興味型@自宅という動きもあることを示し、その可能性について語っているのだ。
 住み開きの可能性については本書のなかで具体的な事例とともに示されているので、説明する必要はないだろう。コミュニティデザインの視点からは、公(おおやけ)と私(わたくし)の関係についてだけ整理しておきたい。ある空間である活動が行われるとき、公と私の視点から組み合わせを考えると4種類が考えられる。①公の空間で公の活動(広場で音楽イベントなど)、②公の空間で私の活動(路上でバンドの演奏など)、③私の空間で私の活動(自宅で音楽鑑賞など)、④私の空間で公の活動(自宅でライブなど)。
 以上のように整理するとき、空間と活動に公私のズレがあるところに面白い状況が生まれる余地があるように感じる。つまり、②と④である。②の「公の空間で私の活動」という点では、田中元子さんらが提唱する「マイパブリック」という概念が参考になる。公の空間に個人的な興味に基づく屋台を出して楽しむような活動だ。そして④の「私の空間で公の活動」という点では、「住み開き」という概念に現代的な可能性を感じる。時代の変化が生み出した可能性だといえよう。
 時代の変化とともに、まちのあり方も変わり続ける。まちは、そこに住む人たちの人生が積み重なってできあがっている。人生は日々の生活が積み重なっており、生活は活動が積み重なってできあがっている。活動は一人ひとりの意識から生まれている。つまり、時代の変化に合わせてまちが変わっていくためには、そこに住む人々の意識が変わり、活動が変わり、生活が変わり、人生が変わっていく必要がある。
 私の空間で公の活動を展開する「住み開き」という概念とともに、公の空間で私の活動を展開することの可能性についても考えてみること。こうした意識から新しい活動が生まれることだろう。急いで活動を生み出す必要はない。注意深く観察すれば、まちにはすでに公私のズレを活かした興味深い活動が生まれていることに気づくはずだ。こうした活動が徐々に新しい生活をつくり、新しい人生を生み出し、結果的にまちを変化させる原動力になるはずだ。
 

2020年3月16日更新

  • はてなブックマーク

関連記事

カテゴリー

山崎 亮(やまざき りょう)

山崎 亮

studio-L代表。東北芸術工科大学教授(コミュニティデザイン学科長)。慶応義塾大学特別招聘教授。1973年愛知県生まれ。大阪府立大学大学院および東京大学大学院修了。博士(工学)。建築・ランドスケープ設計事務所を経て、2005年にstudio-Lを設立。地域の課題を地域に住む人たちが解決するためのコミュニティデザインに携わる。まちづくりのワークショップ、住民参加型の総合計画づくり、市民参加型のパークマネジメントなどに関するプロジェクトが多い。「海士町総合振興計画」「studio-L伊賀事務所」「しまのわ2014」でグッドデザイン賞、「親子健康手帳」でキッズデザイン賞などを受賞。著書に『コミュニティデザイン(学芸出版社:不動産協会賞受賞)』『コミュニティデザインの時代(中公新書)』『ソーシャルデザイン・アトラス(鹿島出版会)』『まちの幸福論(NHK出版)』などがある。