世の中ラボ

【第119回】LGBTのドラマは増えたけど

ただいま話題のあのニュースや流行の出来事を、毎月3冊の関連本を選んで論じます。書評として読んでもよし、時評として読んでもよし。「本を読まないと分からないことがある」ことがよく分かる、目から鱗がはらはら落ちます。PR誌「ちくま」2020年3月号より転載。

 LGBTを肯定的に描いたテレビドラマが増えている。
 たとえばテレビ朝日系の「おっさんずラブ」(二〇一八年四月~六月)。不動産会社の東京営業所を舞台に、女子にはもてない社員の春田創一(三三歳・田中圭)と部下の春田に恋した営業部長黒澤武蔵(五五歳・吉田鋼太郎)を軸にした、これはオリジナルのラブコメである。仕事の話と偽ってデートに誘う、嫌がる相手にしつこく迫るなど、黒澤部長のやり方がセクハラ上司そのものである点がひどく気にはなるものの、同じく春田に恋する後輩の牧凌太(二五歳・林遣都)が参戦したことで物語は春田をめぐる恋愛バトルに発展。好評につき、テレビ朝日は、田中圭と吉田鋼太郎を再度起用し、格安航空会社を舞台にした第二シリーズ(一九年一一月~一二月)を放送したほどだった。
 あるいはテレビ東京系の「きのう何食べた?」(一九年四月~六月)。よしながふみのマンガを原作とするこのドラマは、弁護士の筧史朗(四五歳・西島秀俊)と、美容師の矢吹賢二(四三歳・内野聖陽)という中年ゲイカップルの物語だ。何事にもオープンな賢二と、ゲイであることを職場では公表していない史朗。小さな行き違いを含め、ドラマは二人の日常を丁寧に追う。料理上手な史朗が買い物や炊事にいそしむシーンは料理番組風。好評につき、こちらも二〇年の元日にスペシャル番組が放送された。
 これらメンズラブ(ML)系の民放ドラマとは別に、NHKでもLGBTへの誤解に一石を投じる作品を制作している。ファストファッション会社で働くトランスジェンダーのOL(志尊淳)を主人公にした「女子的生活」(一八年一月。連続四回)とか、ボーイズラブ(BL)好きな女子高校生(藤野涼子)が、それとは知らずにゲイの男子高校生(金子大地)と付き合いはじめる「腐女子、うっかりゲイに告る」(一九年四月~六月)とか。
「LGBTは生産性がない」と書いた自民党・杉田水脈議員の論文(「『LGBT』支援の度が過ぎる」/「新潮45」一八年八月号)に批判が集まり、「新潮45」が休刊に追い込まれたのは一八年九月だったが、右のようなドラマを見る限り、LGBTに対する世間の意識はかなり改善されたように見える。だけど実際はどうなのか。差別や偏見はなべて無知に由来する。あえていうけど、この件に関しては本でちゃんと勉強したほうがいいのである。

身近な人からカミングアウトされたら
 基本中の基本から確認しておこう。
 LGBTとは、レズビアン(女性を恋愛対象とする女性)、ゲイ(男性を恋愛対象とする男性)、バイセクシュアル(女性も男性も恋愛対象となる人)、トランスジェンダー(生まれたときの性別に違和感を抱く人)の頭文字をとった性的マイノリティの略称である(ただし男女どちらにも性的な感情をもてないアセクシュアルなど、LGBTに含まれない性的マイノリティもいる)。このうちLGBは、性的指向(異性と同性のどちらが恋愛対象か)に、Tは性自認(生まれたときの性に違和感を抱くか否か)にかかわっている。数からいえば、性自認が身体的な性と一致し(シスジェンダー)、性的指向は異性愛(ヘテロセクシュアル)の人が多いため、LGBTは規格外とされてきた。おかしな話だ。性はもっと多様なのだよ。――と、ここまでは私も理解しているつもりだった。しかし最近の本を読むと、知らなかったことの多さにあらためて気づく。
 石田仁『はじめて学ぶLGBT』には「基礎からトレンドまで」という副題がついている。トレンドとはこれいかにと思ったが、なるほど文化的なトレンドはあったのだ。九〇年代の「Mr.レディ」ブーム、二〇〇〇年代以降の「オネエ」キャラのタレントブームなどである。こうした現象を見る限り、日本は「性の越境」や同性愛に寛容に思えるが、事実はそう単純ではない。
 仲のよい友人に自分は同性愛者だと告げられたらどんな気持ちになると思うか。一五年の意識調査では、この質問に六割以上が「理解したい」と、四割近くが「言ってくれてうれしい」と答えた。とりわけ二〇代~三〇代の若年層や女性には肯定的な意見が多く、否定的な意見が多かった高齢者や男性と明確な対比をなす。しかし、職場の同僚が同性愛者だったらという質問には二〇代の三割近くが「嫌だ」「どちらかといえば嫌だ」と答え、これが「自分の子ども」となると「嫌だ」「どちらかといえば嫌だ」が五割を超えるのだ。この傾向は「性別を変えた人」でもほぼ同じ。一般論としてはOKでも、身近な人はNG。それが現実。ML系のドラマ人気も、絵空事のドラマだから、という側面は拭えない。
 当事者を苦しめるのは世間(具体的には学校や職場や家庭)のこうした不寛容である。実際、当事者に対するある調査では、高校生になるまでの間にLGBTであることを誰にも伝えられなかった人が男子で約五割、女子で約三割。ごく少数にしか伝えていない人まで含めれば全体の四分の三に及ぶ。よく「LGBTといわれても、私の周りにそういう人はいないし」という人がいるが、これがそもそもの間違い。「いない」のではなく「伝えにくい」のだ。
 日本の人口に占めるLGBTの割合は七~八%、左利きの人や血液型AB型の人と同じくらいの割合だ、といわれる。だとしたら三〇人のクラスに二人くらい。石田仁は統計の取り方からこの数字に疑問を呈しているが、いずれにしてもゼロではない。〈必要なのは“分類”ではなく、寄り添い〉だとこの本は説く。〈テレビ番組などでは、オネエタレントの好奇な言動として性別違和や同性愛が表現されることが多く、おうおうにして「笑ってもよい」「気持ち悪い」という文脈の中で発信されます。/その価値観に影響された子どもたちは、「自分がそうかもしれない」と気付いたとき、自己嫌悪をくり返すことも少なくありません〉。
 では当事者たちの思いとは、どのようなものなのだろうか。以上を踏まえて、もう少し具体的な事例を読んでみよう。

笑いではなく命がかかった問題
 遠藤まめた『オレは絶対にワタシじゃない』は、女に生まれたことに違和感を持ち、悩み続けた末にLGBTへの理解を深める活動をはじめたトランスジェンダー男性の活動の記録である。なぜLGBTの活動をはじめたのかという問いに著者は〈一〇代の頃に「ノー・フューチャー」だったから〉だと答えている。
 幼少期から、七五三の着物に泣き、リカちゃん人形を与えられることに恐怖した子どもは、小学校でさらなる困難に直面する。〈男子は『ぼく』、女子は『わたし』と書きましょう〉と教師に指導された作文の授業。ランドセルなどの持ち物を赤で統一されること。スカートが嫌いで、バイオリンの発表会で着せられるワンピースの恐怖。仲間うちでは「おとこおんな」と呼ばれていたが教師はいった。〈『おとこおんな』なんて失礼なことを言ってはいけません。遠藤さんは、ちゃんとした女の子なんですから!〉
 その後進んだ中高一貫のミッション系女子校は、女子が「ただの人」でいられる分、居心地は悪くなかったが、それでも辛いのはセーラー服だ。〈先生、もうスカート、イヤなんですよ。すごくつらくて、どうしようもなくて、毎朝ほんと地獄なんですよ〉、せめて体操服で過ごさせて欲しいと請願すべく、教員室のドアを開けた高校二年の夏。教師の言葉はつれなかった。〈うーん、性同一性障害ねえ〉〈今は思春期だから、誰だって考えたり悩んだりする時期はある〉。それでもみんな〈卒業すると、それなりにメイクして、女の子っぽい感じになって、結婚して子どもを産んでいる人たちもたくさんいるよ〉。無知無理解とはかくも恐ろしいのである。
 もう一冊。砂川秀樹『カミングアウト』だ。ゲイであることを公にしている著者が、ゲイやレズビアンによる八件の実例(カミングアウトストーリー)をもとに、カミングアウトするとどうなるか、その先どんな関係に変わるかを考察した本である。
 親しい友達にはなんとか告白できても、家族や職場でのカミングアウトはハードルが高い。カミングアウトした人の理由はいろいろだが、多くはのっぴきならない事情と直結している。一緒に住んでいる同性カップルでも、家族にパートナーだと紹介していなかったため、病に冒されたパートナーの最期に立ち会えなかった、ひとりで悩みを抱え込んでいたために家族との関係が悪化した。
 とりわけ深刻なのは、精神疾患などの精神的な問題を抱えている場合である。うつ病などでクリニックに通っていても、自分の性的指向について医師やカウンセラーに話していない人は多い。「関係ないから」という人もいるそうだが、異性愛者が多数の社会で、絶えず自分を偽らなければならないことが〈その人の精神状態に影響を全く与えないということがありえるだろうか〉と著者は問う。恋愛や結婚についてなにげなく話せる人、隠すことが当たり前の人との差は大きい。
『はじめて学ぶLGBT』は、〈性的マイノリティの中に抑うつや不安、身体症状の不調など、心や体の問題を抱える人の割合が多いこと〉を指摘している。男性の同性愛者は異性愛者にくらべ、自殺企図(自殺しようと試みる)のリスクが約六倍、という調査結果もある。LGBTは、笑いのネタどころか命がかかった問題なのだ。
 こうしてみると、問題があるのは当事者ではなく、圧倒的に周囲だということに思い至る。二〇一九年、世界保健機構(WHO)は「性同一性障害」を「精神障害」の分類から外した。LGBTに対する世界の認識は変わりつつある。だが、性の多様性について教えていない学校がほとんどの日本では、まだまだお寒い状況だ。ドラマはLGBTを感覚的に肯定するキッカケにはなっても、それでわかることはわずかである。もう一度いう。本で勉強してください。
 

【この記事で紹介された本】

『はじめて学ぶLGBT――基礎からトレンドまで』
石田仁、ナツメ社、2019年、1600円+税

 

LGBTという「少数者」について学ぶことは〈同時に、多数者(マジョリティ)とは「誰」であり、多数者であることは「どういうこと」なのかについて学ぶことにもつながっています〉(「はじめに」より)。著者は一九七五年生まれ。基礎知識から教育、法律、科学、心身のケア、カルチャーまで、あらゆる事象を学習参考書並み密度で説いた入門書。当事者にもそうでない人にも親切。 

『オレは絶対にワタシじゃない――トランスジェンダー逆襲の記』
遠藤まめた、はるか書房、2018年、1500円+税

 

〈オレは男のはずなのに、なぜか女の体。おまけに女子校で、セーラー服姿の毎日。苦しすぎて、もう限界――〉(帯より)。著者は一九八七年生まれのトランス男子。LGBTに関する啓蒙活動を続けているだけあり、自身の体験をベースにしながらも、トランスジェンダーの心の内など、通読すれば一通りのことはわかる楽しい入門書。運動の方法論などにも学ぶ点が多い。

『カミングアウト』
砂川秀樹、朝日新書、2018年、760円+税

 

〈《本当の自分》を伝える。そのことがなぜこんなに苦しいのか――自分が性的少数者であると打ち明けること。それは必然的にわたし/あなたの関係の再構築を要請する〉(カバー袖より)。著者は一九六六年生まれの文化人類学者でオープンリーゲイ。カミングアウトはした人もされた人も含め、すべての人を当事者にする。紹介された八人の例は多様だが、どれも身につまされる。

PR誌ちくま2020年3月号

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