加納 Aマッソ

第24回「私《ひき》が強いのよね〜」

 まただ。またあのネズミが得意げに取材に応じている。働き盛りの女性インタビュアーが「光栄です」だの「ここだけの話をどうかひとつ」などと辣腕を振るっている。近づいていってネズミを叩き潰してやりたいが、夢の中ではなぜかその場から一歩も動くことができない。遠巻きに、爺と婆と孫と犬と猫が、目ん玉が取れそうなほどネズミにガンを飛ばしている。ネズミの癇に障る高い声がキュリキュリ響く。「やっぱりねン、《ひき》っていうのはあるンだろうねン、ぼくのターンでかぶが抜けたっていうのさン、意図せずだけどさン」
 絵本『おおきなかぶ』のその後、が最初に夢に出てきたのは大人になってからだった。巨大なかぶが抜けたことが全国的なニュースになり、最後に駆けつけたネズミだけが人気者になって注目を浴びるという物語。なんでこんなやるせない話になったのだろう。私自身が「世の中は不公平である」ということを実生活で感じたのが、こういう形になって夢に出てきたのだろうか。だとしたら爺と婆と孫に申し訳ない。頑張ったんだから、ハッピーエンドで終わらせてあげたかった。犬と猫には、ごめんちょっとそこまで感情移入できない。
 それはともかく、私は絵本も実際のかぶも昔から好きでいるが、かぶのほうとは、今すこし喧嘩中である。
 かぶの旬は年に二回あると知った時、真っ先に「せこ!!」と思った。実際に口に出しても言った。しかも春のかぶはやわらかくて、秋のかぶは甘みがある、とくる。旬を二回むかえるだけでもせこいのに、それを違うパターンで? せこい。これはちょっと可愛げがないんじゃないか。他の野菜の「え? そんなんしていいん?」という声が聞こえる。ほんまにそう。ええわけないよな。みんな一回勝負でやってんのにな。
 私はかぶの、丸っこい白からヒゲをちょろりと出しておどけておいて、旦那それだけではございませんです、というように、落ち着きながらもしっかり躍動感のある葉っぱで格を出しているところが気に入っていた。そのフザケ根とマジメ葉のコンビネーションを見て、手にとってもらおうと必死に努力しているのだと解釈していた。殊勝な心がけだと感心してさえいた。頻繁には買わなくても、スーパーでネギを手にとりながら視界に入るかぶにも「やってんね」とやわらかい微笑を送っていた。だが、旬が二回あるなら話は変わる。かぶは余裕だった。フザケ根が生やしているヒゲはなんと「これ見送ってもすぐ次があるもんねプププププ」の小馬鹿煽りちょろりヒゲだったのだ。あかん、人をおちょくるのもいい加減にしいや。どないしたろか小童。
 私は密かに「春しか買わない作戦」を立てる。そうすることでかぶの「二旬持ち」の自尊心をへし折るのが狙いだ。しかしこれは諸刃の剣で、春しか買わないというのを強調するには、春にかぶを買う頻度をあげることになってしまう。ここは冷静にいきたい。売り場で、できるだけ真顔でかぶを手にとる。大きい。通常よりも、ずしっとしている。確実に旬を迎えてやがる。種類問わず、旬の野菜を買うときの「いやん旬やわ〜ん」というオバハン喜びが体を駆け巡りそうになる。そこをぐっとこらえ、かぶを買い物かごに入れたら、そのあと即座に新玉ねぎと新じゃがを投げ入れて、かぶを挟む。なめとったらあかんでい、旬はあんただけちゃうんやからなあ!
 スーパーからの帰り道、カフェテラスで子どもを幼稚園に迎えに行く前のティータイムをしている主婦二人が見えた。主婦Aが「ほんと下の子も〜、たまたま運が良くって同じ幼稚園に入れて〜、私《ひき》が強いのよね〜」と言っているのが聞こえた。私はぴくっとして、立ち止まる。みるみるうちに主婦Aは夢に出てくるあのネズミに変貌した。主婦Aの声が、だんだんと高くなっていく。キュリキュリキュリキュリ。その音に弾かれたように、私は袋の中のかぶを掴んでいた。ひき? なんやその実態のわからんものは、え? 一回こっきりの人生で、そのなんや、ひき? キュリキュリ? が君にはあって、私にはなかったです残念、で諦められると思うか? アホ言うたらいかんぞ、そもそもかぶを植えたんは爺やぞ、その爺の最初の支援者は婆や、それを横取りする権利がなんでお前にはあるんじゃあ!
 腕を振りかぶって掴んだかぶを主婦Aに投げつけようとした時、ふと手が止まった。まさしく旬であるそのかぶを、丁寧に植える爺の姿が浮かんだのだ。
 きっと爺は、巨大なかぶを引っこ抜いた後も、慢心することなく、そしてネズミの活躍にも目もくれず、毎年毎年かぶを作り続けていたのだろう。あり余るほどの愛情を受けたかぶは、そのせいで旬が二回になったのだ。私は腕を下ろし、袋にかぶを戻した。
 家に着く手前、近所で梅の花が咲いていた。まもなく春である。私は携帯を取り出し、「かぶ 春と秋 調理 違い」と検索しかけて、消した。次の旬までは時間がある。まだしばらく、喧嘩しているのも悪くない。
 

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