資本主義の〈その先〉に

第17回 資本主義的主体 part6
5 予定説の逆説

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世俗の否定の否定

 ルター派のBeruf(召命=職業)の観念だけでは、資本主義を推進する主体は生まれない。つまり、ルター派的な改革は重大な必要条件ではあるが、まだ決定的な要因が欠けている。ヴェーバーは、このように見なしている。この観念のポテンシャル、この観念によってもたらされることの潜在的な可能性は――ヴェーバーの推測では――、修道院の生活を律していた原理の世俗への還流である。しかし、ルター派は、これを完全に実現するには至らなかった。まずは、この点をもう少し説明しておこう。
 修道院の生活とは、いわゆる「祈りかつ働け」の生活である。修道院は宗教的に特別に価値のある空間であるがゆえに、そこでの生活には外部(世俗)にはない制約が課せられる。つまり、修道院生活に即した特別な禁欲があり、それは「世俗外禁欲」と呼ばれる。召命としての職業という観念は、これと同じタイプの禁欲を、世俗の行動、つまり職業生活そのものにもたらしうる可能性を秘めている。それは、「世俗.禁欲」と呼ばれる。禁欲は、普通は、(一部の)行動に対して抑制的に作用する。しかし、禁欲が、世俗に移されたときには、むしろ(特定の)行動を促進するように作用する。それゆえ、世俗内禁欲は、行動的禁欲とも呼ばれる。宗教改革は、ヴェーバーの観点では、その潜在的な可能性を十全に引き出したときには、修道院生活と等価な意義を世俗の職業生活に与えることになる。ヴェーバーは、ラディカルな宗教改革の担い手の一人だった、16世紀の思想家セバスティアン・フランクの言葉に託すかたちで、宗教改革の意義を次のように要約している。

すでにセバスティアン・フランクは宗教改革の意義を明らかにして、いまやすべてのキリスト者は生涯を通じて修道士とならねばならなくなった、としているが、これは宗教改革の性質の説明としてまことに核心を衝いたものだ[1]

 つまり、修道院生活を、信者の生活の全体へと普遍化すること、これが宗教改革の意義である。ヴェーバーの見るところでは、ベルーフという観念は、このような展開をもたらす、中核的な要素である。修道院生活の普遍化、つまり世俗内禁欲は、言わば、世俗生活の否定の否定の産物である。世俗外禁欲は、他から区別された時空間に――修道院という時空間に――宗教的に特権的な価値を、つまり聖性を与えるものであって、これは世俗の第一段階の否定である。この「世俗の否定」をさらに否定することで、世俗の行動そのものが、修道院に相当する宗教性を帯びる。どうして、キリスト教で、このような世俗の否定の否定が生じたのか。その究極の源泉は、〈キリストの受肉〉にある、という仮説を、前回提起しておいた。
 が、いずれにせよ、ルターと彼の教えを受け継いだ者たちは、この「否定の否定」の極限にまでは到達しなかった。つまり、ルター派は、「ベルーフ」という語を使い始めたが、〈キリストの受肉〉の含意を、十全に引き出すまでには至らなかったのだ。ルターは、「召命」ということを、保守的にのみ解釈したからである。ルターの考えでは、人はみな、神から与えられたポジションに、つまり最初に与えられた職業や身分にとどまるべきである。このように考えたときには、あのベンジャミン・フランクリンに見たような、あるいはシュンペーターのいう「起業家」のような、職業へと立ち向かう行動的・能動的な態度は絶対に生まれない。だから、ヴェーバーは、「ルターは結局、宗教的原理と職業労働との結合を根本的に新しい、あるいはなんらかの原理的な基礎の上にうちたてるにはいたらなかった」としている[2]。まだ何かが足りないのだ。それは何か。
 ヴェーバーが真に重視したのは、すでに前回に予告したように、ルター派ではなく、カルヴァン派である。ルターが用意した種子に、カルヴァニスムが加わったとき、劇的な飛躍が生じた。ヴェーバーはこのように論じている。この認定は、歴史的事実ともよく合致する。資本主義の先進地帯、早くから近代的な資本主義が勃興した地域は、カルヴァニスムがよく浸透した地域と一致するからである。カトリックが有力だった地域でないことはもちろんのこと、ルター派が主流だった地域でもなく、カルヴァニスムが多数派だった地域こそが、資本主義を先導した。
 地理的な分布だけではない。ヴェーバーによれば、練達な資本主義的事業感覚をもった経営者は、カルヴァン派か、あるいはそのような信仰をもった家庭の出身者が多かった。子どもに高等教育や実用的教育を与えることにとりわけ熱心なのも、カルヴァン派の家庭である。あるいは、資本主義に適合的な仕方で働く労働者――たとえば出来高賃金制にすれば少しでも高い報酬を得ようと最大限努力するような労働者[3-1][3-2]。――は、カルヴァン派に近い宗教教育を受けてきた者に多い。ヴェーバーは、彼の時代の(ドイツの)女子労働者が伝統主義的で、経営者が工夫したり、説得したりしてもなかなか熱心に働こうとしなかったが、敬虔派(≒カルヴァン派)の信仰をもつ地方で育てられた少女だけは別だった、と述べている。
 このように、さまざまな事実が、カルヴァン派の宗教的なコンテクストの中で資本主義的な主体が生まれてきたことを示唆している。

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