加納 Aマッソ

第25回「必要なのは才能じゃない、練習それだけ」

 中3にあがると、副教科に器楽の授業が加わった。授業が始まる前から「私はどんな楽器も絶対に上達しない」という確固たる自信があった。音痴でリズム感もなく歌がヘタな私が、楽器演奏はチョチョイのチョイでした、なんてことはあるわけないと思っていた。なんだったら、チョチョイのチョイというリズムもうまく取れているか不安なくらいだ。それに、自分が苦手なものには努力できない性格だということも知っている。中1の時に親父がギターを教えようとしてくれたとき、一つのコードも押さえられずに「指長い子に産まんかえ!」と逆ギレして一カ月足らずでやめた記憶も新しかった。
 最初の授業で、先生が「今から20分やるから、自分が演奏したい楽器を考えて決めるように」と言った。それぞれの楽器には定員があり、希望人数がオーバーした場合はじゃんけんで決めるという。とたんにクラスは騒々しくなった。だいたいの子が「うちらでフルート占領しやへん?」とか「サックス吹きたいけど、人気が集中するからここはひとつトロンボーンでいこかいな」というような作戦を、楽しそうに立てていた。「え、演奏したい楽器があるとでも?」と思っていたのは、私と瀬戸ちゃんだけのようだった。
 これでもかというほど面倒臭がりの瀬戸ちゃんは、のんびりとした声で「だるいのは避けたいやんなあ」と言いながら、私の横で楽器一覧が書かれたホワイトボードを眺めていた。「あいこ、どれ狙ってる?」と聞かれ、しばらく考えてから「うーん、これかなぁ」と指差すと、瀬戸ちゃんが「それやわな〜」ともっともらしく頷いた。
「じゃあ次、マリンバ、定員二人、やりたい人〜」と聞かれすぐさま、私と瀬戸ちゃんは手をあげた。他にあげる人がいないかドキドキしたが、「はい加納と瀬戸ね」と、私たちはあっさりとマリンバに決まった。私が木琴の一種であるマリンバを選んだのは「一番簡単そうだったから」なのに対し、瀬戸ちゃんは「本体持たんでええしな、管楽器みたいに中まで掃除せんでええやん? で、肺活量必要ないからしんどないし、あと後列やからサボれんで」と、4点もマリンバの良いところをあげた。途端に瀬戸ちゃんがカッコよく見えてきた。この短時間で、たとえ後ろ向きな理由であれ、4つも長所を見つけられるなんて。極力努力したくない人の「自分が選んだ道を肯定する能力」というものを、私ははじめて目の当たりにした。この子は、この先きっと私より胸を張って生きていく、と直感した。
 器楽の授業は、楽しかった。管楽器の指導に追われて先生はマリンバに見向きもせず、瀬戸ちゃんの言った通り、私たちは教室の後ろでサボりたい放題だった。合奏する曲にもマリンバのソロパートはなく、さらに他の楽器の力強い音にかき消されてしまう。瀬戸ちゃんが、マリンバの長所に「最悪叩かなくてもいい」を追加した。授業の終わりに、楽器の掃除をしているクラスメイトをよそに、私たちはマリンバのバチでフェンシングをして遊んだ。

 大学に入学した春、一番驚いたのはみんながとにかく音楽に詳しいことだった。映画サークルに入ったが、「どんな映画が好き?」と聞き合うのは直接的で恥ずかしいのか、部室ではよく洋楽の話になり、私はその度にほぇーと間抜けな声を出して感心しているほかなかった。
 同期の一人に「試しに聴いてみ」と言われ、ジャズのアルバムを借りた。一人暮らしのアパートに帰ってコンポでCDをかけると、部屋とは不釣り合いの粋なトランペットの音が流れてきた。はじめのほうこそ「スウィングしとんな」という意味のわからない感想しか持たなかったが、一曲気にいった曲ができてからは、なんとなくそれを寝る前に聴くのが日課になった。深夜のまどろみに、トランペットのプァーーというロングトーン、跳ねるようなピアノ、自由なサックスが重なり、それらの音がだんだん遠ざかっていくのが心地よかった。
 気になってそのアルバムの奏者のことを調べると、その人が放ったいろんな名言がでてきた。中でも「必要なのは才能じゃない、練習それだけ」という端的な言葉が目に留まった。んなアホな。違う時代の異国の学生にまで聴いてもらえるほどの曲を、努力だけで演奏できるわけない。そりゃめちゃくちゃ練習したんやろうけど。と考えていたら、ふとマリンバのことを思い出した。そういえばあの曲にマリンバ使われてなかったな。そう思うと笑えてきた。どこまでも努力する人と対極にいるマリンバの、あたたかいティコティコという音が、妙に懐かしく感じた。

 22歳の春、芸人として生きるために上京した。自分になにができるかもわからなかった。プァーーティコティコ。雑踏に飲み込まれないように、頭の中で鳴らした。プァーーーティコティコ。プァーーーティコティコ。努力と才能、そして人生を楽しむ音。ティコティコティコティコ。いつかテレビにうつった私を見て、瀬戸ちゃんは何て言うんやろうなあ。
 

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