ちくま新書

暴走する為政者が示す「この道」は、奈落へとつながっている

崩壊寸前のこの国はやがて「令和の敗戦」を迎える……経済・社会・政治の全方位から現場を取材した気鋭の記者が、私たちの不安の正体を炙り出す。経済政策の虚構、疲弊する労働者、権力の暴走と欺瞞。ちくま新書『令和日本の敗戦』の「はじめに」を、試し読みとして公開します。

「景気回復、この道しかない」
 二〇一四年一二月の衆議院解散総選挙で自民党が使ったポスターのキャッチコピーだ。 安倍晋三首相が、どこか宙の一点に視線を結び、たたずんでいる。政権を奪取して丸二年、 絶好調のときに打って出た解散総選挙であった。そして今、第二次安倍政権は八年目へ突入した。「この道」は一体どこへ向かっているのだろうか。

 本書では、平成期の三〇年余りを軸に振り返り、二〇一二年一二月以降の安倍政権の振 る舞いを分析し、そして令和の日本が歩むであろう未来を見据えてみる。経済、社会、政治の現場で起こっていることを、層を重ねるように追っていくことで何が見えてくるか。

 この国は近い将来、戦わずして「敗戦」状態に陥るのではないか。これまでに起きた出来事の一つ一つの点を線で結び、時代を立体的に捉えることで、見えてくる構図。それが令和日本の「戦なき敗戦」である。迫り来るその焦土を、私たちは避けることができるだろうか。

 経済格差が拡大し、非正規雇用比率は高まり続け、労働者の超長時間労働が常態化し、実質賃金は下がり続けている。産業は衰退し国際競争力を失い、他の先進国に遅れをとり、差は広がる一方だ。高齢者の孤独死は年間三万人、十代の死因のトップが戦後初めて「自殺」になった。この国の現状は焦土にも等しい、まさにそのとば口にいるのではないか。

 直視しなければならないのは「この三〇年間で私たちは確実に貧しくなり」「現在は〝不景気〞である」という現実である。

 こうした状況下にあって、七年余りを経た安倍一強の政治はなお「この道しかない」と今だに経済成長を唱導している。

 この政権は同時に、米軍との一体的軍事を深化させ、集団的自衛権の一部行使を容認し、それに基づき安全保障関連法制を強行採決した。「権力者の意向に楯突くな」という意思を誇示するかのように、沖縄県の名護市辺野古沖では新基地建設を断行し、市民の声を圧殺している。「表現の自由」や「身体の自由」といった近代国家における大前提である基本的人権、そして民主主義の破壊と蹂躙が先鋭的に露出している現場だ。こうした暴走の矛先は、この国に暮らす私たち全ての生活や文化、経済へと確実に向けられている。

 いくつもの布石を打ってきた安倍晋三首相はまた、国の最高法規である憲法に「自衛隊」を明記し、緊急事態時に政府の権限を強大化しておく「緊急事態条項」を盛り込もうとする改正案を訴え続けている。

 ここでいくつかの疑問が生じる。

 客観的に起きている現象は不景気であり、私たち多くの市民の生活は貧しくなり、さらには、自由や人権は確実に軽視され踏みつけにされながらも、各種世論調査において安倍政権 の支持率が劇的に下がることはない。

 また、二〇一六年七月の参議院議員選挙で自公政権が圧勝し、このとき衆院、参院ともに「改憲勢力」が三分の二を超えたとされる。したがって自公政権は改憲を「発議」できたはずだが、改憲論議はいっこうに 進んでいない。安倍自民党総裁 が改憲項目を四つに絞り 込んだのは二〇一七年五月三日だが、自民党はおよそ三年を経た今も衆参それぞれの憲法審査会でこの四項目を示すことさえできていない。

 一見矛盾した数々の事象を並べ、全体を俯瞰すると、一つの仮説、構図が浮かび上がる。 五〇%前後という低い投票率、高まる若年層の自民党支持、作り出される周辺国との摩擦と 軋轢、圧倒的な少子高齢化、疲弊する経済――。

 社会、経済、政治が一体となって、この国は奈落へと向かっているのではないか。それが令和において「戦わずして敗戦する国」の形である。

 新聞記者としておよそ一五年。経済や社会、政治について取材してきた。働く人、企業経営者、経済・憲法・政治の研究者、市民運動に取り組む人、国会の内と外、右派団体の集会、新基地建設の現場、この国の為政者たち――。様々な現場へ赴き、人と出会った。

 神奈川県を地元とする「神奈川新聞」 の記者として一〇年余り取材してきたことから、 本書でも取材の現場や人は神奈川県が中心となっている。ただ神奈川は取材の起点に過ぎ ず、実際の現場は東京・霞が関であり永田町であり、あるいは沖縄・辺野古である。登場人物も神奈川県内の人ばかりではない。大切なことは「どこの誰か」ではなく「何を伝えるか」 だ。したがって神奈川県という枠に必ずしもとらわれずに構成されている。

 現場からのルポルタージュを通して、いまという時代を多面的に捉えながら、この国の未 来についての思索を共にしてもらいたい。