ちくま学芸文庫

世界とつながる、メソポタミア神話

『メソポタミアの神話』解説

4月刊のちくま学芸文庫『メソポタミアの神話』(矢島文夫著)より、沖田瑞穂さんによる解説を公開します。「ギルガメシュ叙事詩」をはじめとして今日でも圧倒的な人気を誇るメソポタミア神話。他地域の神話との比較なども盛り込みつつ、その魅力をあますことなく紹介してくださっています。ぜひ、ご一読ください。

 イシュタルに、エレシュキガル。
 ギルガメシュに、エンキドゥ。
 メソポタミア神話に登場する女神の姉妹と、英雄の親友たちです。
 じつは今、彼女ら彼らは、とても有名なのです。

 わたしが受け持つ大学の神話の授業で、数年前から、ある変化を感じていました。学生たちが、神話の神々や英雄、小道具などの名称について、少々マイナーなものであっても、とても詳しいのです。インドでいうと、『マハーバーラタ』の英雄アルジュナや、その得意とする弓のガーンディーヴァといった固有名詞が、やけによく知られています。一体どうしたことでしょう。
 学生に聞いてみました。すると、「先生、ゲームに出てきますよ」と。
 そう、いま、ゲームの中で神話の神々や女神たち、英雄たち、女性たちが大活躍していて、まさに世界の神話の万神殿の様相を呈しているのです。それらのゲームを通じて、いま神話の知識への需要が、かつてないほどに増しています。
 そのタイミングで、本書、矢島文夫氏の『メソポタミアの神話』がちくま学芸文庫として復刊されると聞き、わたしは小躍りしました。メソポタミアの神話は世界の神話の中でもダントツに古く、各地の神話に影響を与えています。そして前述の通り現代にもその姿を現わしていて、その重要性はいや増しに増しているからです。
 メソポタミアの神話が、古代の他地域の神話とどのような関連にあるのか、少し例を挙げて見てみましょう。

 「Ⅰ 天地創造の神話」では、ティアマトがでてきます。原初の海水の女神です。ティアマトは若い世代の神々と争いになり、その筆頭であるマルドゥーク神に殺害され、竜の身体を引き裂かれて、その身体から世界が形づくられました。
 この神話は「世界巨人型」と呼ばれるタイプの神話に分類することができます。世界巨人型とは、原初の巨人が死んでその死体から世界が造られたとする神話です。たしかに、ティアマトは竜の姿をしているので「巨人」ではないのですが、神話の構造としてはまちがいなく世界巨人型です。同型の話は中国、インド、北欧などに分布しています。中国では盤古、インドではプルシャ、北欧ではユミルという、いずれも原初の巨人がいて、彼らが死んでその死体が天と地、太陽と月など世界の構成要素となりました。ユミルといえば、話題の漫画『進撃の巨人』(諫山創・作)にもその名が出てきました。
 「Ⅱ タンムーズ神話」では、イナンナの冥界下りについて紹介されています。イナンナは冥界に下ることを決意し、身を飾り立てて出かけていきます。地下界の門番に装飾品や衣服を一つずつ奪われ、最後には全裸で姉である冥界の女王エレシュキガルのもとにやって来ます。
 これとよく似ているのが、意外にも遠く離れたニュージーランドの神話で、タネという男の神がヒネという妻で娘でもある女神を迎えに冥界に行きますが、このときにも「冥府の番人たちのところを通過」しているのです。冥府には門が複数ありそれぞれ番人がいる、というアイデアが共通しています。
 「Ⅲ ギルガメシュ神話」では、その中で語られる洪水の話の中で、人間は洪水によって「粘土になってしまった」とイシュタルが嘆きます。ということは、人間は粘土で造られたということですが、人間が「土」で造られたとする神話も、実はかなり広く見られるモチーフなのです。『旧約聖書』では最初の人アダムは土のちりから造られました。中国では女神女媧は粘土と泥で人間を造りました。ニュージーランドではタネ神が土で最初の女を造りました。最初の女というと、ギリシアでも最初の人間の女パンドラは工作神ヘパイストスによって粘土から造られています。
 なぜ、人間は土から造られたことになっているのでしょう。人類が古くから粘土をこねて神の姿を造っていたことと関係があるかもしれません。それと同じように、神も土で人間を造ったのだ、という思考です。
 この洪水は、人間を滅ぼすために神々が計画したものですが、洪水の後エアという神が洪水の首謀者であるエンリル神に言います。「洪水のかわりにライオン、狼、飢饉、ペストで人間には十分だったのに」。ここには、人間が増えすぎるとよくない、そうなったときには猛獣や飢饉や病によって人間が減らされる、という神話的な思考が表われています。
 このアイデアは、インドの叙事詩『マハーバーラタ』にも通じるところがあります。『マハーバーラタ』の主題であるクルクシェートラの大戦争は、増えすぎた人類の重荷に苦しんだ大地の女神の懇願によって行われたことになっているのです。やはり、人間が増えるのはよくない、増えすぎれば様々な災厄が起こって人間が減らされる、という思考が見て取れます。産めよ増やせよ、が良かったわけでは決してないのです。人口の急激な、あるいは極端な増加は貧困と死につながり、古代世界ではとても恐れられていたのです。
 私がこれを書いているまさにこのとき、新たな疫病によって人類は脅かされ、社会は停滞し、心身ともにじわじわと病に追い詰められています。人類は増えすぎると神々がもたらす災厄でその数を減らされる――。今でもその神話的思考は生きているように思えてなりません。
 「Ⅳ 神々と人間の物語」ではアッカドの怪鳥ズーの神話が紹介されています。ズー鳥は〈天命の書板〉を盗んで無敵となっていました。これに対抗するのがニンギルス神です。ニンギルスは四つの烈風を鳥に吹きかけて鳥を退治しました。ズー鳥の翼はもぎ取られてはるか彼方に落ちていきました。
 このズー鳥の話は、インドの鳥の王・ガルダの話と似ているところがあります。ガルダ鳥は母ヴィナターが産んだ卵から出てきましたが、母が蛇族の奴隷となっていたため、自身も奴隷として蛇族に仕えていました。奴隷の状態から解放されるため、ガルダは天界に赴いて不死の飲料アムリタを盗んできます。天界の神々と戦闘がはじまりますが、ガルダ鳥にかなう神はどこにもいませんでした。しかしガルダは、インドラ神の武器である金剛杵に敬意を表わし、「羽を一枚落とし」ました。ガルダはインドラと共謀して蛇族にアムリタを与えるふりをして自分と母を奴隷の状態から解放させました。その後すぐにインドラがアムリタを回収して天に去りました。
 メソポタミアのズー鳥も、インドのガルダ鳥も、〈天命の書板〉や〈不死の飲料アムリタ〉のような神々にとって欠かすことのできない大切なものを奪います。しかしある一人の神がこの鳥と戦って、最終的にそれを取り戻します。その後、「鳥の翼や羽が落ちた」という描写がどちらの神話にも表われます。
 メソポタミアとインドで、話がとてもよく似ているのです。その理由ははっきりとは分かりませんが、メソポタミアとインドのインダス文明が古くから交流を持っていたことと関係があるかもしれません。
 同じ章でヒッタイトの神話として紹介されているイルルヤンカシュの神話も興味深いものです。竜神イルルヤンカシュは雷神と戦って、その目と心臓を奪って隠していました。雷神は息子を竜神の娘に嫁入りさせて、隠されていた目と心臓を取り戻しました。昔話にもつながるようなおもむきのある話です。特に、心臓が本体から離れても生きている、というモチーフは、エジプトの古い説話にも表われます。バタという男が心臓を取り出して松の木につるしているのです。松の木が伐られて心臓が地面に落ちると、バタは仮死状態になりますが、兄が心臓を口から飲ませてやることで蘇生しました。このモチーフはヨーロッパの昔話にも頻出し、「体外魂」「分離霊魂」と呼ばれています。心臓が体外にあるので本体をいくら攻撃されても死ぬことはない、しかし隠された心臓を攻撃されたら死ぬ、というものです。このタイプの話は、現代の世界的な文学作品の中でたいへん有名になりました。そう、J・K・ローリング作『ハリー・ポッター』シリーズです。ハリーの宿敵ヴォルデモートは自分の魂を七つに分けて宝物などの中に保管していました。作中では分霊箱(ホークラックス)と呼ばれています。ハリーたちはこれを一つずつみつけて破壊していったのです。
 こうして、メソポタミアの神話は、現代の文学にもつながっていきます。
 このように見てくると、矢島氏によって美しい文章で紹介されたメソポタミアの神話は、他の様々な地域の古い神話と関連があるばかりか、現代の文学や、ゲームなどにもつながる要素を持つ、まさに物語の宝庫であり源泉であるといえるでしょう。

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