短篇集ダブル

「韓国文学の異端児?!パク・ミンギュ」から翻訳文学を語り尽くす!

斎藤真理子 × 岸本佐知子トークイベント

実力派人気作家パク・ミンギュの『短篇集ダブル サイドA』『短篇集ダブル サイドB』は、心揺さぶられる抒情的作品、常軌を逸した発想のSF、息をもつかせぬホラーなどが詰まっていて、どこからでも楽しめる。その魅力をたっぷり味わえるように訳しあげた斎藤真理子さんと、ルシア・ベルリンの作品集や、ジョージ・ソーンダーズ『十二月の十日』を刊行された岸本佐知子さんが、翻訳の秘密や韓国文学の魅力、特にパク・ミンギュの魅力を語り合う。

 

訳者あとがき、解説のこと

 

岸本:斎藤さんが監修された『完全版 韓国・フェミニズム・日本』(『文藝』2019年秋号を元にした単行本。河出書房新社)掲載の「韓国文学一夜漬けキーワード集」がむちゃくちゃ重宝するんですよ。これはどなたが書いたんですか?

斎藤:いちばんたくさん書いてくれたのが、『82年生まれ、キム・ジヨン』の解説を書いてくれた伊東順子さんです。それから翻訳家のすんみさん、古川綾子さん、クオンの伊藤明恵さん、私もちょこっと書いて……。何人か寄ってたかって書きました。昔、『沖縄キーワードコラムブック』(沖縄出版)っていう本があったんですよ。沖縄に住んでる50人くらいの人たちが、沖縄のことを解説する事典なんですけど、住人ならではの観点で書かれていて、調べるより読むためのコラムで、それがすごく面白くて、いつか真似したいと思ってたんです。

岸本:「チョンセ」についても丁寧に解説されているし、これを読んでから『パラサイト』を見るとすごくいいって、Twitterでどなたかがおっしゃってました。このあいだ私たちと柴田元幸さんと3人でラジオに出たんですよね。その時に、訳者あとがきについてどう思うかという話をしたんです。私は訳者あとがきを書くのが死ぬほど嫌いで、死にたくなるんですけど(笑)。『ダブル』でも、斎藤さんが全作解説をしてくださってるんですが、それを読んで、やっぱりあとがきは必要だなって思いました。この解説でどれだけ助かったか。

斎藤:ありがとうございます。全然書ききれてないんですけどねー。

 

不思議な短篇「羊を創った〜」の「生のリアル」

 

岸本:私、『サイド A』の「羊を創ったあの方が、君を創ったその方か?」も好きで、この短篇集の中でも異様の話というか……。

斎藤:何が何だかわからないですよね。取っ付きようがないというか、不思議な話ですよね。

岸本:わからない。高い塔の上にずっと男の人が2人いて、自分たちがいつからそこにいるのかも分からなくて、サイレンが鳴ると敵が攻めてくるんで撃って戦うんです。その合間に物を食べたり。

斎藤:バドワイザー飲んだり。

岸本:お互いにセックスしたりね。記憶もない、自分が誰かもわからない、敵が誰かもわからないし、ここがどこかもわからない。だからこそ抽象的で象徴的で、生きることの生々しさが凄く伝わってくる。ある意味一番リアルに感じた作品です。

 

誰に宛てた作品か?

 

岸本:斎藤さんの解説を読んで知ったんですが、この短篇集は一篇一篇、誰かに宛てて書いているんですよね? これはどこでパク・ミンギュさんは表明されてるんですか?

斎藤:『ダブル』の原書には載ってないんですけど、イラスト入りの別バージョン豪華本に、それぞれの短篇を誰に宛てたかっていう短い説明が書いてありました。この小説はアーサー・C・クラークに捧げましたみたいなことが。豪華本にしか書かれていないので、韓国の読者でも知らない人は多いと思います。

岸本:それで、「羊が〜」に「ゴ」と「ド」っていう人が出てくるんですけど、それは解説を読んだら、ゴドーなんですね(笑)。『ゴドーを待ちながら』を書いたサミュエル・ベケットに捧げてる。

斎藤:訳してても絶対わからないですよ。何度かのメールのやりとりの最後に「これは何かを待ってる物語なのです」「ゴドーを想いながら書いたからこういう名前になりました」ってサラッて書いてあって、これを知ってると知らないじゃものすごく違うんだけど! って……。

岸本:なんでそんなすっごい大事なことを最後まで言わないの!(笑) 知らずに読んでも、最初に生のリアルさというのは受け取ったけれども、やっぱりゴドーっていう補助線を引いてもらった方が作品をより深く味わえると私は思います。

斎藤:特に海外の著者が書いたものは、読むときに補助線が、必須というよりは有効です。なくても読めるけど、あったほうが圧倒的にいい。それまでね、「コ」と「ド」と訳していたんだけど、全部「ゴ」にしました。韓国語では濁音の原則が日本とちょっと違っていて、コとゴはあんまり区別しない感じがあるので、そのまま訳すとコになっちゃうので。

岸本:でもさ、その大事な情報をパクさんは何度かやりとりした後に、ついでみたいにポロッと言ったわけ?(笑)

斎藤:そう、本人に隠してる気は全然ない。パクさんは、知ってても知らなくても構わないというスタンスですね。韓国の読者って、物語の背景設定とか裏話にそれほど興味がないような気がします。著者のプライバシーとか、裏話、小ネタ、小技的なこと、我々は大好きじゃないですか。韓国の読者はそんなに関心ないみたいですね。

 この「羊を〜」は、夢を見ている時のリアルさみたいなものが凝縮して現れていて、この作家、やっぱりすごいなと思いましたね。現実と夢の接点っていうのが、ナビに「火星」と入れてずーっと行ったら月に行けたっていうのと同じで、次元を超えて移動しているのに、“ただずーっと行ったら”っていう地続きの表現が人間の脳はできるんですよね。そのことを普通に書いてるのがすごいと思いますね。

 ダメだ目が痒くなってきちゃった……。

岸本:マスク取っていいですよ? 斎藤さんがマスクを脱いだら私もマント脱ぐので。

斎藤:じゃあやめよっか。(外したマスクを見ながら)岸本さん、この顔を見て話してたんだね、すごい(笑)。

岸本:あんまり違和感なかったけど、蒸れないかなってずっと心配してた(笑)。

2020年5月13日更新

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斎藤 真理子(さいとう まりこ)

斎藤 真理子

斎藤真理子  (さいとう・まりこ)

翻訳家。訳書に、パク・ミンギュ『カステラ』(共訳、クレイン)、『ピンポン』(白水社)、チョ・セヒ『こびとが打ち上げた小さなボール』(河出書房新社)、ファン・ジョンウン『誰でもない』(晶文社)、チョン・セラン『フィフティ・ピープル』(亜紀書房)、チョ・ナムジュ『82年生まれ、キム・ジヨン』(筑摩書房)、ハン・ガン『回復する人間』(白水社)『誰にでも親切な教会のお兄さんカン・ミノ』(亜紀書房)などがある。『カステラ』で第一回日本翻訳大賞を受賞した。

 photo:©Yuriko Ochiai

岸本 佐知子(きしもと さちこ)

岸本 佐知子

翻訳家。訳書にルシア・ベルリン『掃除婦のための手引き書』、リディア・デイヴィス『話の終わり』、ジョージ・ソーンダーズ『十二月の十日』、ミランダ・ジュライ『最初の悪い男』、スティーブン・ミルハウザー『エドウィン・マルハウス』、ジャネット・ウィンターソン『灯台守の話』、ショーン・タン『セミ』など多数。編訳書に『変愛小説集』『楽しい夜』『居心地の悪い部屋』ほか、著書に『なんらかの事情』『ひみつのしつもん』ほか。2007年、『ねにもつタイプ』で講談社エッセイ賞を受賞。

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