短篇集ダブル

「韓国文学の異端児?!パク・ミンギュ」から翻訳文学を語り尽くす!

斎藤真理子 × 岸本佐知子トークイベント

実力派人気作家パク・ミンギュの『短篇集ダブル サイドA』『短篇集ダブル サイドB』は、心揺さぶられる抒情的作品、常軌を逸した発想のSF、息をもつかせぬホラーなどが詰まっていて、どこからでも楽しめる。その魅力をたっぷり味わえるように訳しあげた斎藤真理子さんと、ルシア・ベルリンの作品集や、ジョージ・ソーンダーズ『十二月の十日』を刊行された岸本佐知子さんが、翻訳の秘密や韓国文学の魅力、特にパク・ミンギュの魅力を語り合う。

 

 

韓国で多く出されているジェームズ・ソルター作品

 

岸本:韓国の読者に翻訳小説というのはどのくらい読まれているんですか?

斎藤:作家たちに聞くと日本の方が多様に出ているっていいますが、私は、日本とほとんど同じように読まれている気がします。そして時々、日本では出てなくて韓国ではたくさん出ているような作家もいます。日韓でどういう人が読まれているのかを比較すると面白いかもしれないですね。

岸本:韓国ではジェームズ・ソルターがたくさん刊行されてるんですよね?

斎藤:はい。イ・ギホの『誰にでも親切な教会のお兄さんカン・ミノ』っていう短篇集の最初に出てくる短篇に、ジェームズ・ソルターを自分のハンドルネームに使っている読者が登場するんですが、作家に聞いたら、それは「ちょっと文学にうるさい人っていう記号」なんですって。それで気になってソルターの小説を探したら、日本では岸本さんがアンソロジーに入れてた作品しか読めなくて、単著は出てないんですよね。

岸本:そうですね。一番有名なのは『A Sport and a Pastime』……直訳すれば『娯楽と暇つぶし』かな。ジェームズ・ソルターの数少ない長篇で1967年の作品です。これはいつか訳したいなとと思ってます。ただこの人ね、もう亡くなったから言うけど、本当に嫌なジジイだったと思うんだよね(笑)

斎藤:岸本さんが編まれた『楽しい夜』という短篇集に表題作として入ってるんですけど、その作品が苦いんだ。

岸本:全然“楽しく”ない。チョコレートで言えばカカオ99%の激ニガ。

斎藤:ほんとそう。でも、雑味がないからスッキリしていて、これが韓国で人気だっていうのはなんとなくわかる気がしました。

岸本:純・文・学っていう感じですよね。『A Sport and a Pastime』は、アメリカ人の魅力的なボンボンと、友人の平凡な庶民の子と、二人の大学生男子が夏休みにフランスに旅行に行く。すると旅の途中で知り合ったフランス人の若い女とボンボンがあっという間に恋仲になって、もう朝から晩までセックスしまくるんですよ。それをもうひとりの平凡な友達の視点で、2人の出会いから別れまでずーっと描いていくんです。でも変なのは、その場に二人しかいないはずの場面までも、微に入り細を穿ちねちっこく書いてあるの。「お前それどこで見てるの?」という視点の異常さが際立っている。

斎藤:変わった話ですね。韓国には激ニガが好きな人が多いってことなのかな。5冊くらいは刊行されてたと思う。

岸本:この人はキャリアのわりに寡作なんですよ。最後の長篇がまた激ニガで。ある老人、と言ってもいい年齢の男が、かつて自分をひどくふった女の娘と知り合うんです。若くて、魅力的な娘なんですが、男は彼女を誘惑して、「僕が全部案内してあげるよ」とか何とか言って外国に連れていって、無一文の状態で放り出して自分だけ帰ってくる。

斎藤:ダメじゃん、ひどいじゃん(笑)。

岸本:ひっどい(笑)。それ書いた3年後くらいに、ジェームズ・ソルターは亡くなったんだけど。なんちゅうことして……。

斎藤:すごいですね。人間って興味深いですね。

岸本:斎藤さんに聞かれた時、なんで韓国でソルターがそんなに読まれてるのか分からなかったんだけど、思い当たることとしては、この人は朝鮮戦争の空軍パイロットだったんです。パイロット時代のことも書いてるし、プロフィールには必ず“朝鮮戦争の時に空軍パイロットとして何百回も出撃した”の一文が入っているんです。

斎藤:それだったら、パク・ミンギュさんが知ってそうな気がする。パクさんは戦争の時に使われたゴーグルも集めていて、おうちにいっぱいあるんだって。だから飛行機乗りと朝鮮戦争とか言ったら知ってそうな気がするんだけど。実は私、ジェームズ・ソルターについてもパクさんに聞いてみたんですが、自分は読んだことはない、自分より年下の40代の作家たちなら読んでいるだろうって答えてくれたんですよ。

岸本:ほんとは知ってるんじゃないかな(笑)。

 

パク・ミンギュの独特の文章

 

斎藤:パクさんの文章って、変なところで改行しますね。ポン・ジュノ監督のお祖父さんはパク・テウォンという1930年代に活躍したモダニズムの作家で、リーダブルで、面白い小説を書いた人なんですけど、その作品の中で、変にピョンって飛んだり、急に文字が大きくなったりとかいうことをやってるんですよ。ある時に、パクさんの文体ってパク・テウォンのオマージュなのかなと思って聞いてみたら、「それは違うんですね、なぜと言うなら私はこの作品を書いた時にまだパク・テウォン先生の本を読んでいなかったので。でも後になって読み、素晴らしい作家だと思いました」って言うんですよ。そのことを他の人に言ったら、「必ずそう答えるんだよね、でもたぶん読んでないはずないんだよね」って言う。そういうストーリーに入れられちゃうのが嫌なのかなって思うんですけどね。

岸本:作家ってわりとそうかも。明らかに影響を受けてる人に、あなたこの人の影響受けてるんでしょ? って言うと、「はい」とは言いづらいかもしれない。

斎藤:ええ。そういうことはあんまり聞いちゃいけないんだろうと思ったんだけど、つい気になってしまって。パクさんっていろんなところ吸収してきて成り立ってる集合体みたいな気がするんですね。音楽もめちゃめちゃ好きで、『ダブル』を読むと歌詞が山のように出てきますよね。これは韓国人が読んだらメロディと一緒に流れるから、ジュークボックスみたいな本なんです。他にも映画とか、音楽とか、詩とか様々なものがいっぱい入ってはち切れんばかりになって、表紙で蓋してあるけど、表紙を取ったらボーンっていっぱい出てきそうな。

岸本:ご本人みたいな感じですよね。パクさんにちょっと聞くとワーッと出ちゃうんでしょ?

斎藤:そう。だから1を聞くと28.9出てきちゃうんですね。

岸本:『ダブル』ではセリフがしばしば小さい文字で書いてありますよね?

斎藤:「羊を〜」では、一人の発言が全部小さくなってたりとかしますね。『ピンポン』の時もそうでした。原則がありそうでないので、最後まで全部原文と照合しないと間違える。

 今までもいろんなことを聞いてきて、「これとこれは関係がありますか?」「全くありません」って言われちゃうことが何度かありましたね。

岸本:私は韓国語わかりませんけれども、パクさんの韓国語はどんな感じなんですか?

斎藤:すっごい変な韓国語だと思います。ちゃんとしてるところはちゃんとしてる。老大家みたいに書けって言われたら、文体模写はものすごくうまいと思うんですよね。だから、わざとズラしてるっぽい感じかな。

岸本:翻訳でも“変さ”が出ていてすごいです。

斎藤:それ、変じゃないところが変になってないですか?(笑)

岸本:翻訳者の永遠の問題ですよね(笑)。変な文章だからって変に訳すと、単に翻訳が下手だと思われる問題。

斎藤:パク・ミンギュはそれの塊で、ちょっとズラした言い方とか、関節技っぽい感じで。副詞がおかしかったりとか、接続がおかしかったりとかする。セリフだったらいいんですけどね。

 

「グッバイ、ツェッペリン」と壮大な海洋SF「深」

 

岸本:パク・ミンギュさんって、平凡な日常の世界に急に変なものをぶっこんでいくっていうのが多くないですか?

斎藤:上司がタヌキになってしまったり、『カステラ』が、全編そういうタイプでしたね。『カステラ』の世界をシェイカーに入れてグワーッて振ったら二層に分かれて、上に現実の辛い話が出てきて、下の方にSF層が残るみたいな。で、それをまたわざわざシェイクしてA面B面にしてる。A面がSFで、B面がリアリズムとかっていうんだったらわかるんだけど、そうじゃなくてグシャグシャになってるでしょう。

岸本:振れ幅が凄すぎてちょっと待ってっていう感じですよね。何篇か超絶ガチSFみたいな作品があるじゃないですか。

斎藤:ええ。たとえば『サイドA』の「深」という作品のタイトルも、「深い」っていう形容詞の一番下の文字を取っちゃってる不思議な言葉だったんです。海洋SFというか。

岸本:読み終わってみたらそんなに長い話じゃないのに、世界観がどえらい壮大で。尺とスケール感の落差に唖然としました。

斎藤:ほんとに。水圧の高いところにグーッて押さえ付けられて一気に手を離されたみたいな感じで読み終える。その前が「グッバイ、ツェッペリン」っていう話で、これが好きな方は多いんですよね。

岸本:飛行船をどこまでも追いかけていく。

斎藤:これはほんとにダメ男がいっぱい出てくる面白い話なんだけど。それ終わると、「深」が始まってちょっときつかったですね。

岸本:短篇集って、ただでさえ一個の話が終わったら次の話って全然違う設定で、頭をリセットし直してやるから、じつは翻訳するのけっこう疲れますよね。

 

韓国語の呼称と敬語を訳す工夫

 

斎藤:「グッバイ、ツェッペリン」ってハートウォーミングなんですよね。最初から最後まで2人の男の人が絡み合っていくんですけど、その2人の関係がだんだん変わっていくんですね。はじめ、若い人が自分より年上の人を超バカにしてるんだけど、徐々に兄貴と尊敬するようになっていくんですよ。それを韓国語では呼び方の変化で表しているんですが、日本語だとなかなかうまくいかないので大変でした。

岸本:それって韓国翻訳あるあるじゃないんですか?

斎藤:呼称の問題はすごくあります。

岸本 「ディルドがわが家を守ってくれました」にも出てきたように、韓国では一歳でも年が上だと敬語で、お父さんと息子でも敬語で会話しますよね?

斎藤 あのお家は息子がわりとちゃんとしていて、お父さんがダメダメ。お父さんは非正規になってるんだけど、それを隠している。でも息子は知ってるんですね。お父さんを大事にしなくちゃいけないっていう優しい息子なんだと思うんです。「お父さん、そんな情けないこと仰ってもダメではないですか」みたいな感じ。あそこの会話は、私結構好きで、自分の奥さんのことを「母さんみたいな女と結婚するぐらいなら、江原道(カンウォンド)に行ってクマと一緒に暮らした方がましだよ。クマなら入場料ぐらい取れるだろ」とか言うじゃないですか。それで息子が、もう少ししゃべってから「クマの話、お母さんにしてもいいですか」って聞くと、父親が「よくねえよ」って答えるんですよね。あそこはすごい好き。あそこは自分でも三回転半ジャンプがうまく決まったような感じがした。

岸本:ほんとね。私もそこ爆笑して、印つけたの。

斎藤:あれはいい親子なんですよ。原則的に韓国では親には敬語を使うんですけど、親子関係とか家庭環境によって使わない場合もあります。

岸本:『クレヨンしんちゃん』も敬語だっていうのは本当?

斎藤:私は実際に見てないんですが、『クレヨンしんちゃん』の画面ではお父さんに酷いことしてるんだけど敬語で字幕が書いてあって、そのギャップが最高だったって聞きました。

 敬語問題は極端に言うと違う言語圏から見ると、「このクソお父様め!」「お父様め!おくたばりやがれ!」みたいな感じに見えるんですよ。

岸本:両方の言語が出来る人にだけ与えられた楽しみですね。

斎藤:時々我慢のタガが外れてキレちゃったりとか、だんだん言葉遣いが変わっていったりとか、そういう描写は訳すのは大変ですが、読むのはすごく面白いですね。

2020年5月13日更新

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斎藤 真理子(さいとう まりこ)

斎藤 真理子

斎藤真理子  (さいとう・まりこ)

翻訳家。訳書に、パク・ミンギュ『カステラ』(共訳、クレイン)、『ピンポン』(白水社)、チョ・セヒ『こびとが打ち上げた小さなボール』(河出書房新社)、ファン・ジョンウン『誰でもない』(晶文社)、チョン・セラン『フィフティ・ピープル』(亜紀書房)、チョ・ナムジュ『82年生まれ、キム・ジヨン』(筑摩書房)、ハン・ガン『回復する人間』(白水社)『誰にでも親切な教会のお兄さんカン・ミノ』(亜紀書房)などがある。『カステラ』で第一回日本翻訳大賞を受賞した。

 photo:©Yuriko Ochiai

岸本 佐知子(きしもと さちこ)

岸本 佐知子

翻訳家。訳書にルシア・ベルリン『掃除婦のための手引き書』、リディア・デイヴィス『話の終わり』、ジョージ・ソーンダーズ『十二月の十日』、ミランダ・ジュライ『最初の悪い男』、スティーブン・ミルハウザー『エドウィン・マルハウス』、ジャネット・ウィンターソン『灯台守の話』、ショーン・タン『セミ』など多数。編訳書に『変愛小説集』『楽しい夜』『居心地の悪い部屋』ほか、著書に『なんらかの事情』『ひみつのしつもん』ほか。2007年、『ねにもつタイプ』で講談社エッセイ賞を受賞。