短篇集ダブル

「韓国文学の異端児?!パク・ミンギュ」から翻訳文学を語り尽くす!

斎藤真理子 × 岸本佐知子トークイベント

実力派人気作家パク・ミンギュの『短篇集ダブル サイドA』『短篇集ダブル サイドB』は、心揺さぶられる抒情的作品、常軌を逸した発想のSF、息をもつかせぬホラーなどが詰まっていて、どこからでも楽しめる。その魅力をたっぷり味わえるように訳しあげた斎藤真理子さんと、ルシア・ベルリンの作品集や、ジョージ・ソーンダーズ『十二月の十日』を刊行された岸本佐知子さんが、翻訳の秘密や韓国文学の魅力、特にパク・ミンギュの魅力を語り合う。

 

 

『ダブル』の人気作品

 

岸本:『ダブル』ではどの作品が日本の読者に受けていますか?

斎藤:今のところ私が聞いたのでは、「グッバイ、ツェッペリン」は人気がありますね。それから『サイド A』冒頭の「近所」。切ない感じの話なんですけど、沁みる。

岸本:クソうまいですよね(笑)。

斎藤 リアリズムの名短篇という感じで、クソうまいです(笑)。

岸本:同じくリアリズムの「黄色い河に一そうの舟」は?

斎藤:これもとても評判が良くて、韓国では演劇になって賞をとったりもしてるんですね。パク・ミンギュはそれまで奇想天外なものを書いたり、デビュー作の『三美スーパースターズ』はドタバタ青春物語みたいな感じだった。「黄色い河〜」はしっとり落ち着いた大人の作品ですね。

岸本:老老介護の話ですね。

斎藤:それから『サイドB』に行くと、「ルディ」っていう不条理ホラーみたいな作品も印象深いようです。

岸本:これ、「善人はなかなかいない」という、フラナリー・オコナーの作品を思い出ししました。なんの理由もない暴力がそこにある。

斎藤:これは象徴的な短篇で、資本主義そのものが主人公みたいな読み方をしている方もいます。あとは「アスピリン」っていう変な小説があって、これは会社勤めをする人の、世界的に共通の悲哀なのかもしれないですね。とんでもないことが起きるんだけど、日常には適応していかないといけないみたいなね。さっき言った「深」が印象深いという方もいらっしゃいますね。

 

韓国での「神」ーー『ダブル サイドB』の「星」

 

斎藤:私、個人的には、さっき言ってくださった『サイドB』最後の「ディルド〜」から「膝」まで続く食い詰め4部作(他に「アーチ」「星」)が全部好きです。

岸本:そう、食い詰め4部作。私「星」(『サイドB』)のセリフですごく沁みた言葉があって、斎藤さんもあとがきでも書かれていましたが、「誰かのそばに神がいないなら……人間でもいいから、いてやらなくてはならない」。シチュエーションも本当にすごくて、ここでこういうことを言う……って、パク・ミンギュさんの本質的な人間に対する優しい眼差しを感じました。

斎藤:あそこは直球ですよね。韓国ではキリスト教の信者が30%いて、信者以外の人も人生のどこかで教会とか聖堂に関わりを持つことが多いし、韓国の信者たちは、世界のキリスト教徒の中でも集まってお祈りするという行動をすごく盛んにやります。「グッバイ、ツェッペリン」でも、行方不明になっちゃった飛行船を追いかける時に会社の社長に電話すると[1] 、「俺、今、早朝祈祷会に行くところなんだ」って答えるでしょう。韓国では、普通に暮らしていても日常にキリスト教が見えるんですよ。「誰かのそばに神がいなくても」っていうのは、それも踏まえた神なので、日本で言うところのぼんやりした神様仏様とはちょっと違うような気がするんですね。そこは人間社会の濃さが少し違う気がするんですね。

岸本:濃さっていうのはありますね。

斎藤:「星」はアルフォンス・ドーデに捧げてるらしいです。

 パクさんって、マイノリティーに優しい作家とか言われると、「そもそも人間がマイノリティーなのではないでしょうか」って答えるんです。

岸本:それはすごい言葉ですね。

 

歴史の深部を撹拌して書かれている「膝」(『ダブル サイドB』)

 

斎藤 『サイド B』のラストが、今でいう北朝鮮に属する土地の一万年前を舞台にしている小説で「膝」。これをラストに持ってきたのは、やっぱりパクさんの強い意志なんじゃないかと思います。本人には聞いてないですけど、絶対そうだと思います。

岸本:お父様が北朝鮮のご出身なんですよね?

斎藤:そうです。お祖父さんが、子供だったお父さんを連れて、朝鮮戦争の時に南に逃げてきたんですね。その逃げる前に住んでいた地域を舞台にしてる。旧石器時代になるのかな。

岸本:そこが普通じゃないですよね。

斎藤:パクさんは、今までの知識を全部撹拌してメモリーゼロに戻して、言葉を出すことが出来るんですよね。「膝」っていうのは、自分の父方の人々がまだ戻れていない場所、その場所の歴史の深いところまで大きく撹拌して書いてる。だから韓国という枠を越えた小説になっていて、パクさんらしい、スケールの大きな小説になっています。

岸本:すごいなと思ったのは、この描写力です。ほんとに洞窟に住んで毛皮の服を着て、石の武器を持ってマンモスと戦っているような気持ちになります。

斎藤:氷河期が始まって、集落の人たちはどこかに移住してるんですね。でも自分は赤ちゃんがいるから残らなきゃいけない。彼はもしかして念頭に置いてないかもしれないが、北朝鮮の飢餓の状況とダブって読めるんですね。

岸本:寒い、ひもじい、痛い。ジャック・ロンドンみたいだった。

斎藤:その中で、すごくシンプルな行動しかしないわけですよね。大昔の人なので、石を入れた皮袋を持って歩いてマンモスを見つけて、と身体の描写しか出てこない。足をこの時どちら側に? 石をどうした? とか、現実にどういう体勢か思い浮かべて訳すのが難しかった。

岸本:でも迫真でした。「膝」っていうタイトルがまた、読み終わってみたら「く〜」ってなりました。

 

ツェッペリンの抜け感

 

斎藤:く~ですよね。岸本さんが一番好きだった作品はどれですか?

岸本:ほんとに全部好きだったんですが、『サイド A』でいうと冒頭の「近所」も好きでした。「羊を創ったあの方が〜」も異形すぎて忘れられない。

斎藤:わかります。悪夢に残りそうな感じですよね。

岸本:『サイドB』は「グッバイ、ツェッペリン」。庶民の夢が飛行船に託されてふわふわ流れていく。切なくもあり、青春的でもあり。でも最後に落ちた場所がなんとも皮肉というか。パクさんの作品はどれもそうなんだけど、立ち行かない辛い状況を書いていても、どこか抜け感がありますよね。この作品では飛行船というモチーフがいい軽やかさを作っていました。あとさっき言った「ディルド〜」から先の4部作は全部ほんとに好きですね。

 

主語をどう訳すかーー「〈自伝小説〉サッカーも得意です」

 

斎藤:私と似てるかも。SF系の短篇はどれもシビアな設定のものが多いですね。そのSF系とリアリズムを繋いでるかなと思ったのが、「〈自伝小説〉サッカーも得意です」。

岸本:(笑)。あれはどの程度本気で描いてるの? どこかで自分の前世はマリリン・モンローだって本気で言ってた?

斎藤:いや、ここでだけだと思うんですけど。現実にマリリン・モンローが朝鮮戦争で韓国に慰問公演に行ったことがあって、『diamonds are a girl's best friend』っていう有名な曲をスパゲッティストラップのドレスを着て、朝鮮戦争の兵隊さんが山のようにいるところで歌ったんです。

岸本:舞台側から撮った有名な写真がありますよね。ちょっと怖くなるくらいの観客の数。これ、やってることは全部マリリン・モンローなんだけど、主語は「僕」じゃないですか。

斎藤:それも大変だったんですよ。一人称は「ナ」っていう英語の「I」なんですけど、「ナ」は男か女かどっちか分からない。韓国では「ナ」のままでいいけど、日本はそうはいかないでしょう。「僕」にするのか「私」にするのか最後まで迷いました。

岸本:「僕」にしてよかったんじゃないですか。違和感がいい感じで仕事をしています。

斎藤:ありがとうございます。違和感を全部消しちゃっても変ですもんね。

岸本:どの言語の翻訳でもそうだと思いますが、違和感をどの程度残すかっていうのが常にありますよね 。

 

マッチョから距離を取る男性作家4人

 

岸本:韓国ではパクさんの下の世代の作家もどんどん出てきてるんですよね?

斎藤:はいもう、どんどん。パクさんはもう50代前半なので、下の世代がたくさん出てきてます。いい感じにマッチョを捨てた人たちが。パクさんはマッチョな時代に大人になってその中をサバイブしてきて、自分はマッチョじゃないんですよね。

 今、日本に紹介されてる韓国の男性作家では、パク・ミンギュさん、『鯨』を書いたチョン・ミョングァン。それから、イ・ギホ。また、『韓国が嫌いで』っていう衝撃的なタイトルの小説がこの前出たんですけど、その著者のチャン・ガンミョン。みんなマッチョでないと生き延びられない韓国社会で育ってきた人たちだけど、一人一人のやり方で、マッチョから距離を取る方法を生み出してると思うんです。その距離の取り方が四人四様、様々ですごく面白いです。

岸本:韓国ではマッチョから距離を取るのは、結構勇気のいることですか?

斎藤:勇気がいったのはもうちょっと前の時代かもしれないですね。今は、大きな勇気よりも日々の精進がいるっていう感じだと思うんです。家庭でも、書いていく面でも、コツコツやってらっしゃるっていう好ましさを私は感じています。

 ミンギュさんはその中でも、お兄さんの世代に入ると思います。体も鍛えてらっしゃるっぽいし、拳で喧嘩しようと思ったらちゃんと勝っちゃえるような人だと思うけど、声がすごく小さい(笑)。2017年に日本にいらした時にイベントをやって岸本さんも来てくださいましたね。ミンギュさんって立派なガタイで、メガネをして、おしゃれで、変わった髪型して……。

岸本:そうそう。髪は結んでね、背が高いんですよ。

斎藤:そういうおじさんなんですけど、声がこんな(ボソボソと喋る)小さいんですよ。マイク使っても聞こえないんですよ。「私がなぜこのように小声で話すかというと、私が育った1960〜70年代の韓国社会は“大声の者が勝つ”という風潮が非常に強かったため、大声で話す人が全員大嫌いになり小声で話す練習をしてこうなりました」っておっしゃってました。おうちでもそうやって話してるんですか? って聞きたいんですけど、勇気がないんです(笑)。いつ会っても小声で話すから、どこか行って大声出してるのかなとか思って。でも声の大きさはわかんないけど、家でも奥さんと「ですます」調で喋ってて、キムチを仕込むのも二人でやるっておっしゃってました。日々の修練の上に、こういう好ましい男性像ができていると思います。

 どうも今日はありがとうございました。

岸本:どうもありがとうございました。

 

2020年5月13日更新

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斎藤 真理子(さいとう まりこ)

斎藤 真理子

斎藤真理子  (さいとう・まりこ)

翻訳家。訳書に、パク・ミンギュ『カステラ』(共訳、クレイン)、『ピンポン』(白水社)、チョ・セヒ『こびとが打ち上げた小さなボール』(河出書房新社)、ファン・ジョンウン『誰でもない』(晶文社)、チョン・セラン『フィフティ・ピープル』(亜紀書房)、チョ・ナムジュ『82年生まれ、キム・ジヨン』(筑摩書房)、ハン・ガン『回復する人間』(白水社)『誰にでも親切な教会のお兄さんカン・ミノ』(亜紀書房)などがある。『カステラ』で第一回日本翻訳大賞を受賞した。

 photo:©Yuriko Ochiai

岸本 佐知子(きしもと さちこ)

岸本 佐知子

翻訳家。訳書にルシア・ベルリン『掃除婦のための手引き書』、リディア・デイヴィス『話の終わり』、ジョージ・ソーンダーズ『十二月の十日』、ミランダ・ジュライ『最初の悪い男』、スティーブン・ミルハウザー『エドウィン・マルハウス』、ジャネット・ウィンターソン『灯台守の話』、ショーン・タン『セミ』など多数。編訳書に『変愛小説集』『楽しい夜』『居心地の悪い部屋』ほか、著書に『なんらかの事情』『ひみつのしつもん』ほか。2007年、『ねにもつタイプ』で講談社エッセイ賞を受賞。