特別掲載・大疫病の年に

パンデミックの夜に

新種のウイルスという見えない恐怖や先の見えない不安、そして氾濫する真偽不明な情報……。そうした奔流のただなかで、私たちは何を、どう考えるべきなのか。「分けるべきものを分け、結びつけるべきものを結びつける」──そうした思想史家の視点から、いま世界で起こっていることを理解するための糸口について、ご寄稿いただきました。ぜひご一読ください。

情報の氾濫と錬金術師

 パンデミックをめぐって大量の言説が出回っている。情報の大波に、まさに溺れかけている人も多いだろう。新しい現象が起きたときというのは、確実なものと不確実なものを誰も明確に分けることができない。こうした振り分けは、未来においてはじめてある程度可能なことだ。時間を飛び越えられない人間存在の限界からすると、たとえば冷静に判断し「正しくおそれる」という台詞は、現状では空疎に響く。「正しく」がどうすることか明確に分からないなか、むしろ人々の不安を煽ることにもなっている。「トイレットペーパーを買い占めないで」と全国に放送され、はたと気づいて買いに行く人はその最たる例だ。メディアからの発信がしばしば粗雑に見えるのは、発信者にとっての字義通りの意味とは異なるしかたで受信者の感情がかき立てられ、行動へとつながることの想像力が欠如しているからだろう。言語記号(シニフィアン)が担う意味(シニフィエ)はどんな場合も確定されておらず、その結びつきは文脈次第で驚くべき変異を見せる。こうした不確実の下では、政治家やジャーナリストは、たとえばニュージーランドの首相のように、含みを持たせた表現よりストレートなメッセージを選択すべきだろう。

 では、第二次大戦以来最も大きな危機の下にある現在、思想史家には何ができるだろう。より広く「思考」を職業とする人たちが、いますべき仕事は何だろう。歴史は現在にとって何の役にも立たないものではない。混乱から距離を取るきっかけを与えてくれるだけでも存在意義がある。また、思考とは分けることである。混沌として混ざり合っているものを分けることも、自分たちの置かれた状況を少し離れて見る手がかりになる。

 距離を取り、分けることは重要だ。パニック状態になると、世の中はいろんなものをごちゃ混ぜにしはじめる。そういうときこそ離れた場所に立つこと、そして分けることが大切になる。そして、少しだけ遠くからいま起きていることを眺めてみる。すると逆に、遠く離れた別々の場所に置かれているものが、実は結びついていることが分かってくる。

 パンデミックは刻一刻と新しい情報をもたらし、たえず変化する膨大な情報は、知るべきこととそうでないことの区別を難しくしている。古い資料を読み歴史に触れる仕事をする者は、遠近法を変えることで分けるべきものを分け、結びつけるべきものを結びつける術を、多少なりとも心得ている。こうした意味で思想史家は錬金術師のふるまいを真似て、いま私たちが立っている場所を確認し、未来を指し示す作業に参画すべきである。

ペストの都市

ミシェル・フーコー『監獄の誕生』(1975)の引用からはじめよう。

 ある都市でペスト発生が宣言された場合に取られた措置は、17世紀のとある規則によると、次のようなものだ。
 まず、空間を厳格な格子で区切る、つまり都市あるいは土地の封鎖を行う。町から人が出ることを禁じ、破れば死刑を宣告する。うろつく者は動物含め全て殺される。また、地方代官の権力によって都市は街区ごとに分割され、通りはそれぞれ見張りを担う総代の監督下に置かれる。総代は持ち場を離れると死刑に処される。所定の日になると、全ての人が家に閉じこもるよう命じられ、それ以降は外に出たら死刑に処される。総代自ら各戸の玄関を外から施錠し、鍵は街区担当の代官に預ける。代官は鍵を40日間保管する。……どうしても家から出なければならない場合には、交代で他の人と接触がないようにする。代官、総代、見張りの兵士以外に出歩く者はいない。あとは、感染した家々を死体から死体へと渡り歩く「カラス」と呼ばれる死を厭わない者たちだけだ。彼らは「病人を運び、死者を埋葬し、清掃し、卑しく穢らわしい多くの作業を行う」。遮断され、動きがなく、死んだ空間。各人が居るべき場所に留め置かれ、万一動こうものなら、殺されるか、感染するか、罰せられるまでだ[1]

 英語で検疫隔離のことをquarantineというが、これは40を意味するイタリア語(ヴェネチア語)由来のことばである。イタリア都市国家はヨーロッパで最も早くから、伝染病をきっかけとした行政装置である「衛生ポリス」を発達させた。

 『監獄の誕生』は、ペストの都市でくり広げられたこうしたぞっとするような監視の技法が、パンデミックを超えて日常生活にも応用されることで近代国家が生まれたという問題提起の書である。たしかに見渡してみれば、現代でも学校や病院など至るところに監視の装置がある。またたとえば中国を念頭に置くなら、現代にも国家規模の監視と処罰は堂々と実在している。

 一方で監視と処罰には、費用がかさむという難点がある。中国のハイパー監視はネットを使って効率的に行われているが、それでも違反者の取締りにかかるコストは甚大である。実際に違反者が連れ去られ処罰されることが周知されなければ、規則を守る動機を持つことは難しい。これは今回、日本の「自粛要請」の効果が薄いとされる論拠の一つである。だが、誰がどのように取締ればいいのか、どんな処罰が適切かは簡単には決められない。中国のように日頃から縦横に監視網を張り、人々もそれに慣れてしまって強権的措置に表立って反抗しない状態にならなければ、強権には現実味がない。日本のような民主主義と自由を原則とする国家、しかも憲法によって国家による強権発動に基本的な制限がある国では、こうした措置は不可能である(そしてそのことを大切に思い、中国での長い強制封鎖の間に人々が失ったもの、彼らの傷の大きさを想像しなければならない)。

「緩やかな」統治と強権国家

 では民主主義国家では、秩序を保つためにどんなやり方が取られるのか。フーコーは『監獄の誕生』を書いたあと、現在利用されているもう一つの危機管理方法を示している。これは「セキュリティの装置」あるいは「自由主義の統治」と呼ばれている。中身は簡単にいうと、処罰や強制を用いず人をある程度自由にしておいて、インセンティヴを与えて行為を誘発するという方法だ。たとえば現在、仕事に行くよりも自宅にとどまることにメリットがあれば、誰だってそちらを選択するだろう。在宅ワーク、休業補償などが整備されているなら、わざわざ感染の危険を冒して電車に乗りたい人は少ない。人間はみな損得勘定で動くし、動かざるをえないので、休業補償なしに家にとどまれと言われても従えない。収入がなければ生きてはいけないのだから。その動きを変えることで自由な選択に基づく行為を誘導するのが、新しい統治の技法だ。同調圧力と世間の目というタダで手に入るものだけで人の行動を変えようとするのは虫がよすぎる。生活がかかっている以上、早急に補償を行うことでしか感染拡大による社会的ダメージを減らせない。今日の感染と明日の衣食住を秤にかけて、感染を避けることを選ぶ人はどのくらいいるだろう。感染は目に見えないだけに、比較的弱いインセンティヴしか与えない可能性がある。

 広範囲の補償を明言した方が、結果的に政府支出も少なくて済むという合理的計算がなぜできないのか。当初の日本の手法は「緩やか」なのではなく、処罰も補償もなしに世間の空気だけで乗り切ろうという「非合理」なものだった。緩やかな統治の技法とは、インセンティヴを与えた上で個人に選択させ、それを通じて行動を変えることだ。そこでは正の動機づけと負の動機づけが組み合わせられる。それが効果的に設計されてはじめて、大規模な行為様式の変容、つまりは社会の動員が可能になる。

 一方、中国で厳しい都市封鎖が行われている光景には誰も驚かなかった。だがそれと同種の措置が、イタリアをはじめとするヨーロッパで、また世界一の感染地となったアメリカで取られるようになると、とまどいが広がった。それは、これらの国が自由を犠牲にして強権発動することへの怖れであった。これを機会に、世界が中国みたいになってしまったらどうしよう。自由や人権はグローバル化した社会においては、あまりに危険な贅沢品だと言われるようになるのだろうか。だからといって、外出制限は自由に反するとは今は言いにくい。自由とは、私たちが自分だけでなく他者の命の危険を考慮しても、なお守るべき価値なのだろうか。マルクス・ガブリエルやジョルジョ・アガンベンなど、著名な哲学者がネット上でもそうした問いかけを行い、メッセージを発してきた[2]

接種論争と「緩やかな」統治

 ここでフーコーが描いた病の歴史を参考に、この事態を違った角度から眺めてみよう。フーコーは、18世紀に伝染病に関する全く新しい考えが現れたとする。それは天然痘に対する「接種論争」を通じて広がったものだ。そこには、フランス、イギリス、ドイツ語圏から著名な知識人が参加した。ジェンナーによる牛痘接種が19世紀以降に一般化するまで、天然痘の接種には感染や死の危険が伴った。当時行われた人痘接種は牛痘より強い反応を生むため、リスクがあってもなお接種を行うべきかが議論の的になっていた。論争の中では、整備されはじめたばかりの統計数値を用いて、罹患率、死亡率、年齢別人口構成など、さまざまな数字を駆使した言論がくり広げられた。これは現在、コロナウィルスについて統計数値が重視され、疫学調査と数字に基づいて対処法の当否が検証される、そうした議論の先駆けとなった[3]

 ここでは天然痘という恐ろしい伝染病に対して、かつてペストの都市に見られた隔離の措置は取られない。封鎖と隔絶によって流行を抑え込むのではなく、むしろ接種を通じて感染率や致死率をコントロールすることが目指されていた。現在インフルエンザをはじめとする多くの感染症で、これと同じやり方が採用されている。この方法なら、厳しい監視や都市封鎖などの手荒な介入は不要である。一人ひとりが自身の状況に合わせて、感染症のリスクと接種や予防のための行動との利益不利益を勘案することで、罹患率と死亡率が一定の範囲内に収まればいいのだ。そのため、人々の経済活動や自由な移動をあまり制限せずに済む。さらに、同じ病気がくり返し流行することによる「免疫獲得」の効果と組み合わせることで、まだ免疫のない子どもにターゲットを絞った対策が可能になる。

ウィルスの世紀はなぜやってきたか

 ではなぜ、中世から近世に猖獗をきわめたペストにおいて採られた、時代がかったゴシック的な措置が現代に復活したのだろう。それはひとえに、コロナウィルスが新しい病原体で、有効なワクチンが開発されていないことによる。ワクチンなしには感染症の「緩やかな」管理は難しい。一時期イギリスのジョンソン首相が提唱していた「集団免疫」の考えは、疫学がさかんなイギリスならではのもので、上記の緩やかな管理に近い。だがその首相自身も感染してしまった。現在ではイギリスも厳しい移動制限を課している。

 新しい感染症の出現は、これまで行われてきたやり方が通用しないことを意味する。ワクチンがなく、しかも免疫を持った人が全くいない状況では、体力のない高齢者と持病のある人はウィルスの恰好の標的となる。これが極端な人口密集地である現代都市に中世のペストのような効果をもたらし、都市封鎖と検疫が導入されざるを得なかったということだ。

 ここで再度視点を変えてみよう。では新しい伝染病が出現するたびに、今後も中世が再来するのだろうか。答えはイエスでありノーである。まず、新しい病気が出てくる頻度はどの程度かという点がある。鈴木晃仁は次のように指摘している。

 21世紀の「ウィルスの世界史」を見ると、病原体が世界各地で大きな流行を起こしていることがわかる。2003年のSARS、2009年の豚インフルエンザ、2012年のMERS、2014年のエボラ熱、2016年のジカ熱、そして2019年から現在のCovid-19というように、感染の流行が世界各地で非常に頻繁におきているのだ。その中でコロナウィルスが起こしたものは三回、2002年のSARS、2012年のMERS、そして現在のCovid-19である[4]

 たしかに20世紀にも、今回しばしば想起されている第一次大戦時のインフルエンザや、1980年代以降のHIVの世界的流行などはあった。ただ、新しいタイプのウィルス変異が猛威を振るう機会は、明らかに21世紀に入って増えている。なぜこうしたことが起こるのだろう。一つは、グローバルな人の移動が飛躍的に増大したからだ。日本も「インバウンド」といったことばで観光立国を目指し、これまでにない規模で外国人旅行者を受け入れるようになった。オリンピックに向けてこの流れをさらに加速させようとしていたところに、すっかり水を差された形だ。だが今回のコロナウィルス流行が、いかに普段から外国との人の行き来が盛んであるかを改めて示したことはたしかだ。

 ただしこれは、ウィルスが出現し、外国にまで輸出されて猛威を振るう強さを獲得してからの話だ。ではそもそもなぜ、感染力も致死率も高く、重症化して社会活動を不可能にするようなウィルスが、21世紀に入って次々に現れるようになったのだろう。

 これにはただ一つの答えがあるわけではなく、複合的な要素が重なり合っている。だが主要な原因として、次のような指摘がなされている。そこには、野生動物の住む森林から世界の海に至るまで、グローバル資本主義があらゆる生命を食い尽くしてきた貪欲の歴史が関わっているというのだ。『巨大農場が巨大インフルエンザを作る――インフルエンザ、アグリビジネス、そして科学の本質について』(2016)の著書がある、ロブ・ウォレスのインタヴューを引いておこう。

 目下のアウトブレイクで本当に怖いのは、新型コロナウィルスを単独の出来事として捉えてしまうという過ち、というよりむしろご都合主義の拒絶反応です。新しいウィルスの頻繁な出現は、食糧生産および多国籍企業の収益と関係しています。なぜウィルスが以前より危ないものになってきているかを理解したいなら、工業モデルの農業生産、とりわけ家畜生産の工業化を精査すべきです。今のところ、政府も科学者もそれに乗り気ではありません。むしろ真逆の態度を取っています。
 新しいアウトブレイクが勃発すると、政府やメディアだけでなく医学的権威すら、目の前の緊急事態に気を取られてしまいます。そのため、どこにでもあるちょっとした病原菌が、突如としてグローバルな感染を引き起こす構造的な要因を取り逃してしまうのです。
 いま工業化された農業と言いましたが、もっと大きな視点からも見られます。資本というのは、世界中の原生林や小土地所有者の農地を最後の一か所まで強奪してきた急先鋒です。投資による森林減少や開発によって病気が発生しているのです。広大な土地が有していた多様で複雑な機能は、土地の能率的利用によって失われてしまいました。それがきっかけで、かつては局所に閉じ込められていた病原菌が、まず地元の家畜や集落に広がります。そして遠からず、ロンドン、ニューヨーク、香港などの資本センターが主要な感染集中地になるでしょう[5]

 これと同じ指摘は、先日Webちくまに掲載したマイク・デイヴィスの記事でもなされている[6]。まず、巨大なアグリビジネスの参入によって森林が切り開かれる。森から病原菌が解き放たれたところに、野生動物が感染する。そこに進出してきた大規模畜産業によって工場方式で飼われる家畜が感染し、飼育環境が過密なために爆発的に広がってウィルスの変異が進む。そして感染した肉を食べた人、また畜産場で働く人に感染する。

 また、アフリカでのエボラ熱の度重なる流行には、野生動物(ブッシュミート)の狩猟が関係している。アフリカ中部や南部では、昔から狩猟採集民族が野生動物を主な食料源にしてきたことが知られている。だが注意すべきは、こうした生活様式、またたとえば中国の生肉市場で野生動物が生きたまま売られていることなどを、単に「食文化」として一括してはならないことだ。アフリカでは従来の狩猟民と異なる層がブッシュミートの狩猟に進出し、肉が市場に出回っている。背景には農村部の生活形態の変容や都市の拡大、そして森林伐採がある。こうした危険な組み合わせが野生動物保護のみならず感染症の脅威を増すことについて、今回のパンデミック以前からくり返し警鐘が鳴らされてきた[7]。伝統的で「野蛮な」食文化を欧米的生活様式と対立させるのではなく、昔からあったものが違ったしかたで都市部や外国の市場とつながっていくことがもたらす、意図せざる効果を注視しなければならない。

 こうしたプロセスは、森林とそこに生きる動植物にとっても、地球のCO2排出にとっても、突然人に狩り出されて食べられるようになった野生動物にとっても、工業製品のように大量生産される家畜たちにとっても、何一ついいことはない。SARSのとき中国では1万頭のジャコウネコが殺されたと言われる。生の多様性や土地との結びつきを失い、感染の餌食となる地域の人々にとっても悪いことばかりだ。良いことと言えば、「先進国」の人々が巨大農場のおかげで安い肉をたくさん消費し、どれも同じように形の整った農産物を食べ、多国籍企業がたっぷり儲けることだけだろう。恐ろしいのは、家畜の密集飼育がウィルスにとって恰好の繁殖場所であるのと同じように、人間たちが密集する世界のメガシティは好都合な繁殖地だということである。東京は世界一のメガシティだ。つまりウィルスの培養場としてうってつけの街だ[8]

 大地や海や森と結びついてきた農林水産業を、「わざ」ではなく「産業」にしてしまったこと、またそれがグローバルアグリビジネスの餌食となったことが、どれほど深い罪であるのか、ウィルスの猛威はそのことを思い出させる[9]

感染リスクは平等ではない

 パンデミックの起こり方はまた、弱者が誰かを明るみに出す。アメリカで黒人の犠牲者が多いのは、食生活、持病、そして医療保障と大きな関係があるとされる。医療資源へのアクセスの不平等は、そのまま感染と重症化のリスクの不平等につながっている。ましてや、デイヴィスが『スラムの惑星』で描いた、世界に億単位で存在する最貧困層に流行が広がれば、感染者の数も死因も真相が分からないまま大量死を招くだろう。世界一豊かなはずのアメリカにおける貧弱な社会保障は、弱者を利用して富が吸い上げられていることを暴露した。アフリカに関しては、デイヴィスの予言が外れてくれることを願う。ただし、4月17日に国連アフリカ経済委員会が、最悪の事態になれば、30万人死亡、2900万人が極度の貧困に陥るという予測を公表した[10]。ブラジルやエクアドルをはじめ、中南米でも感染が拡大している。パンデミックは、急激な世界人口の増大がまともな衣食住を欠いた弱者人口を幾何級数的に増やしているという事実を、改めて突きつける。

 こうしたことをふまえるなら、コロナウィルスの由来についての米中の非難合戦がいかに無意味で、肝心な点から人々の注意を逸らしてしまうかが分かる。政治家たちはわざと、表層の対立を煽って深層にある問題から目を逸させているのだろう。敵の悪口はナショナリストの常套手段だ。だが重要なのは、中国人の食習慣でもなければ、アメリカ軍が陰謀を企てたという噂でもない。このようなウィルスが、世界の巨大工場かつ最大人口を擁する中国で感染爆発を起こしたのはなぜなのか、その理由を現代の経済社会のあり方から探ることだ。

国家対自由な経済の図式の愚昧

 こうした状況下で、どのように分けることとつなぐことが有効なのだろう。まず提案したいのは、国家の強権性、非常事態を宣言し私権に制約をかける機能を、自由な経済活動と対立させて二者択一にする図式を捨てることだ。マルクスやポランニーが生涯にわたって語ってきたとおり、国家は18世紀の市場社会黎明期から、「自由な経済活動」を強制するために権力をふるってきた。そもそも「自由な経済活動」という言い方自体、経済的自由主義者が考えついた欺瞞的名称だ。グローバル化した経済が明らかにしたのは、自由な経済活動とは、もっと速く、もっと多く、もっとヘトヘトになるまで活動し、資源を無尽蔵に消費し、資本をとめどなく循環させて蓄積し、自己増殖する資本に人も資源も従属するような活動だということだ。それとは異なる道を歩むチリのような国を無理やりに「自由市場」に参加させるために歴史的に何がなされたかは、たとえば中山智香子『経済ジェノサイド』[11]に記されている。

 国家の強権性対経済活動の自由というこの図式は、経済的自由主義者が「言説のヘゲモニー」を握るために生み出した一つの幻想である。これとは異なる線引きを行い、分けるところとつなぐところを変えなければならない。「一帯一路」を見れば明らかなのは、市場の自由と強権国家は対立どころか手を携えて、世界を資本の餌食にしようと日々活躍していることだ。世界で最も強権的な国家が、グローバル資本主義の新たな騎手として、社会主義体制のまま資本主義を牽引しようとしている。

 むしろ分けなければならないのは、自粛要請で仕事がなくなって休業補償を求めることと、強い国家、ペストの都市の代官を容認することだ。国家に保障を求めることは、自由を譲り渡すことではない。経済の自由か強い国家かの二択で語るのをやめ、生存と生活の権利である「社会権」の系譜を思い出さなければならない。社会権の保障者として国家を規定し、それによって国家のあり方を変えようとする運動は、資本主義という妖怪が徘徊しはじめた19世紀以降、さまざまな場所で試みられてきた。歴史が確証するのは、市場の自由は国家の強権性と対立するどころではなく、国家の後ろ盾を得ることで社会の自立性や生存権の保障を脅かしてきたということだ。

 19世紀以来、社会運動に携わる人々は自律的ローカル経済を重視する一方で、生存保障の担い手としての国家に一定の期待を寄せてきた。ここでは、国家対社会という対立軸には乗らず、国家の機能そのものを変革することで、社会の守り手としての新たな国家像を生み出すことが目指された。国家がいいのか悪いのかではなく、どのような役割を国家に求めるのかを考えるということだ。それによって、強権国家か自由な市場かという誤った二者択一を放棄するだけでなく、市場の貪欲に対する防波堤となりうる国家と社会のあり方を模索しなければならない。

自由と生存のトレードオフではない

 自由ということばは人を罠にはめる。一方に、言論の自由、表現の自由、そして生き方を選ぶ可能性を増すという意味の自由(ケイパビリティの増大)がある。他方で現在、働くことを強いられる「自由」、つまり働くか無一文になるかの選択の「自由」が切迫した形で出現している。両者は全く別のものだ。自由と市場との暗黙の結びつきを断ち切らなければならない。他者との際限ない比較によって虚栄心に駆られ、歯止めなき金儲けに走る「自由」、不要なものを欲望し飽和した多種の商品から選ばされる「自由」とは異なる価値が、生と生存の多様性を求める自由にはある。地産地消の農村生活は、なぜIMF―世界銀行の「構造調整」によって破壊されねばならなかったのか。国家ぐるみの資本さえあれば、中国企業がアフリカの山を買ってそこの水を独占し、地元民に売りつけるのは経済活動の自由なのか。二酸化炭素を吐き出しながら世界中を飛び回る旅客機に乗って旅行する自由と、政府を批判する言論を発表しても削除されない自由とは同じではない。どの自由が大切なのか、なぜ誰のために、あるタイプの自由が棄却されねばならないのか、いつもそれを確認しながら進まなければならない。

 非常事態の下にある現在、自由と生存のトレードオフは必然ではない。分ける場所とつなぐ場所を変えて同じ事態を見れば、それは見せかけにすぎない。むしろ自足と自律と小規模の均衡循環が、強欲と権力への執着と無限の増殖運動と対立させられるべきなのだ。私たちは何に巻き込まれてきたのか。ウィルスの蔓延が指し示すものは何か。それが「強い国家の回帰」を招来する必然性はない。敵対ではなく協力をと唱えても実効性に乏しいが、つなぎ方を変えること、概念相互の結びつきと切れ目を変えることを通じて、人々の価値観や世界のあり方を変える可能性は十分にある。

 アルフレッド・クロスビー、ソニア・シャー、ローリー・ギャレットらによる叙述[12]が示すとおり、感染症とは社会的なものだ。社会的なものをどのように描き、捉え、強欲による単調な支配ではなく生存の多様性を生み出すために用いるかは、私たち次第だ。たしかに思想と歴史の営みは、予防ワクチンを開発することはできない。だが、社会を病から癒し、病と共存するためのアイデアを提供する有力なツールとなる。

 

 

[1] Michel Foucault, Surveiller et punir: Naissance de la prison, Paris: Gallimard, 1975, p.198.(田村俶訳『監獄の誕生―監視と処罰』新潮社、1977年、198頁)

[2] アガンベンなどヨーロッパの現代思想家たちの声明の一部は、『現代思想』2020年5月号、特集「感染/パンデミック」で読むことができる。

[3] 西迫大佑『感染症と法の社会史――病がつくる社会』新曜社、2018年、第四章、重田『統治の抗争史――フーコー講義1978-79年』勁草書房、2018年、第七章を参照。

[4] 鈴木晃仁「コロナウィルスはこうして「凶悪化」してきた…感染症社会の21世紀」「現代ビジネス」2020年4月9日 https://gendai.ismedia.jp/articles/-/71703

[5] Rob Wallace (interview) ‘Corona virus: The agricultural industry would risk millions of deaths,’ in Marx 21, March 21, 2020. https://www.marx21.de/coronavirus-agribusiness-would-risk-millions-of-deaths/
(脇浜義明訳「新型コロナウィルス感染症(covid-19)に関するインタビュー Marx 21, 2020年3月21日」 https://c66da71b-923b-4053-884a-e8022e5f0815.filesusr.com/ugd/ac6998_072cf3cca07844719eed145c4cd0cbfb.pdf

[6] ‘In a Plague Year,’ in Jacobin, March 14, 2020. https://jacobinmag.com/2020/03/mike-davis-coronavirus-outbreak-capitalism-left-international-solidarity
(重田園江訳「大疫病の年に」「Webちくま」2020年4月7日 http://www.webchikuma.jp/articles/-/2004

[7] 白戸圭一「「エボラ出血熱」と「アフリカの食文化」の関係」「ハフポストニュース」2014年8月21日 https://www.huffingtonpost.jp/foresight/ebola-africa_b_5693558.html

[8] もちろん、人口集中と感染症の関係はいまにはじまったことではない。視点をぐっと大きく取るなら、それは定住による人口密集地が出現した新石器時代以来つづいているとされる(ジェームズ・C・スコット『反穀物の人類史――国家誕生のディープヒストリー』第3章)。

[9] より広く、地球環境の激変との関係も当然思い浮かぶ。環境破壊と新しい感染症との関係の解明には時間がかかるだろう。イタリアの作家パオロ・ジョルダーノは、両者の関係を直感的であっても想像することを促している。ジョルダーノ、飯田亮介訳『コロナの時代の僕ら』早川書房、2020年4月25日刊。同書に関する毎日新聞、藤原章生の記事https://mainichi.jp/articles/20200413/dde/012/040/016000c?pid=14606

[10] ニューズウィーク日本版2020年4月18日 https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2020/04/30-40.php

[11] 中山智香子『経済ジェノサイド―—フリードマンと世界経済の半世紀』平凡社新書、2013年

[12] アルフレッド・W・クロスビー、西村秀一訳『史上最悪のインフルエンザ―—忘れられたパンデミック』みすず書房、2004年、ソニア・シャー、上原ゆうこ訳『感染源――防御不能のパンデミックを追う』原書房、2017年、ローリー・ギャレット、山内一也監訳、野中浩一訳『崩壊の予兆――迫りくる大規模感染の恐怖』河出書房新社、2003年

写真出典 iStock/Ladiras

2020年5月8日更新

  • はてなブックマーク

特集記事一覧

カテゴリー

重田 園江(おもだ そのえ)

重田 園江

1968年兵庫県西宮市生まれ。早稲田大学政治経済学部、日本開発銀行を経て、東京大学大学院総合文化研究科博士課程単位取得退学。現在、明治大学政治経済学部教授。専門は、現代思想・政治思想史。フーコーの思想を、「権力」や「統治」を中心に研究する。著書に『ミシェル・フーコー――近代を裏から読む』『社会契約論――ホッブズ、ヒューム、ルソー、ロールズ』(以上、ちくま新書)、『フーコーの穴――統計学と統治の現在』(木鐸社)、『連帯の哲学Ⅰ――フランス社会連帯主義』(勁草書房、第28回渋沢・クローデル賞本賞受賞)、『統治の抗争史――フーコー講義1978‐79』(勁草書房)などがある。

関連書籍