加納 Aマッソ

第27回「今日は機嫌が良くない一日やったわ」

 毎日ご機嫌で暮らせることができればそんなに素晴らしいことはないが、人間なかなかそうはいかない。年を重ねた分だけ少しは感情をコントロールできるようになった気もするが、それでも日々予想だにしないことは起こるのであり、ひょんなことから落ち込んだり気分を害したりしてしまう。そして年に2回ほど、どうしようもないほどひどく塞ぎ込んでは、もんもんぷすぷす、情けない音を体から発する。その原因がひとつの時もあれば複合的なときもあるし、理由自体が判然としない場合もある。朝から晩まで不快な気持ちを引きずる。先週がまさにそうだった。
 このままだと自分ひとりでこの状況から脱することができそうにないなと思い、サービス精神のかけらもない会話の切り口であるとは自覚しながらも、私はいかにも日記に書くようなトーンで「今日は機嫌が良くない一日やったわ」と友人に電話口で告げることを選択する。友人はそれを受けて「そういうこと言うんはめずらしい」と言った。私は「何があったん?」と聞かれなかったことに、打ち明けた相手が正しかったと小さな喜びを感じる。今回は困ったことに、理由がわからない不機嫌に見せかけたいだけの、理由がハッキリとした不機嫌だった。つまり、はっきりとした不機嫌の原因があるが、それに向き合うつもりは毛頭なく、天候や身体的不調のせいだと自分に言い聞かせた上で「今日は機嫌が良くない一日やったわ」から始まる何かしらの軽い会話のラリーを楽しみたいだけであったので、理由を正直に話し、日中の不機嫌だった時間ないしはその原因となる事柄をもう一度なぞることになるのは、どうしても避けたかった。
 友人の「むやみに質問しない」というおそらく天性の気遣いによって、私は次の言葉を自分で決められることになった。本当であれば、友人が言った「めずらしい」の意味について、それは一般的な会話の出だしとしてなのか、私がそういうことを口にすることについてなのかどちらか、を問いたかったが、友人の質問しないイズムに一瞬で感化されたらしく、ひとまず「確かにな」と言う。続いて「今日は常に不快がそばにあって、それは、バイトの時に早く終わらんかと何度も時計を見てまうやつと同質の、10倍バージョンの不快」だと伝えた。友人は「相当やな」と返した。私は楽しくなってきた。この質問のない空間を風情を呼ばずして何と呼ぼうか。こうなってくると面白いもので、あえて質問がきそうなスレスレのところを突きたい欲望に駆られる。私は「なんて?」が予想される「この不快は明日にまで持ち越しそうな気がするてぃんちゃこぶりら」と言う。すると友人は「最後わからんかった」と言った。すごい、かわした! こいつは本物だ。本物であればこれはどうか。「あんた、本物やな」もう今や完全に攻撃と防御の構図である。私は果敢に攻むる者、どうだ、これなら「なにが?」と言わざるを得ないだろう! 友人は軽く笑いながら、あろうことか「知らんがな」と言った。知らんがな!? なんだこの返事は? どういうことだ。不確かであるという事実を恥ずかしげもなく平然と伝える癖のある関西人同士の会話としてもこれはおかしい。全然成り立っていないじゃないか。もしかしてこいつはちゃんと私の話を聞いていないだけなのか? そう思うと、先ほどの短い返事も風情なんかではなくただ淡白なだけに思えてきた。あれ、普段こんな奴だったか? 私はどうしても堪え切れなくなって、ついに言う。「なんかテンション低ない?」すると友人は少し間をあけて「ちょっとな」と漏らした。二戦目が始まった瞬間に気づいたら「え、どうしたん!?」と言った私は、このわずかな時間で、ニつも黒星をつけた。

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