「ていねいな暮らし」の戦時下起源と「女文字」の男たち

「ていねいな暮らし」の戦時下起源と「女文字」の男たち

5月4日、厚生労働省が新型コロナウィルスを想定した「新しい生活様式」を公表しました。感染対策のために、「手洗いや消毒」「咳エチケットの徹底」といった対策を日常生活に取り入れることだけでなく、会話や食事、働き方など様々な領域における行動について指針を示しています。
この「新しい生活様式」という言葉から、戦時下に提唱された「新生活体制」を想起するという大塚英志さんに、エッセイを寄せていただきました。

 テレビの向こう側で滔々と説かれるコロナ下の「新しい生活様式」なる語の響きにどうにも不快な既視感がある。それは政治が人々の生活や日常という私権に介入することの不快さだけではない。近衛新体制で提唱された「新生活体制」を想起させるからだ。
 かつて日本が戦時下、近衛文麿が大政翼賛会を組織し、第二次近衛内閣で「新体制運動」を開始。その「新体制」は、経済、産業のみならず、教育、文化、そして何より「日常」に及んだ。事実、大政翼賛会の理論的基礎を作った昭和研究会の示した新体制建設綱領には「新生活体制」の項があり、こう説かれる。

 内外の非常時局を突破し、日本の歴史的使命たる東亜自立体制建設のため、全体的協同的原理の上に国民生活を一新し、国民に犠牲と忍耐と共に新たなる希望と向上を齎すべき新生活体制の確立を期すること。
(翼賛運動史刊行会『翼賛国民運動史』)

 文体は勇ましいが、文言をややソフトにすれば、コロナというこの「非常時局」に転用できそうである。何故、「国民生活」を一新しなくてはいけないのかといえば、それは大政翼賛運動の「実践場」が「日常生活」(「大政翼賛会会報」第2号)であるからだ。

 ぼくは以前から「日常」とか「生活」という全く政治的に見えないことばが一番、政治的に厄介だよという話をよくしてきた。それは近衛新体制の時代、これらのことばが「戦時下」用語として機能した歴史があるからだ。だからぼくは今も、コロナ騒動を「非戦時」や「戦争」という比喩で語ることの危うさについても、一人ぶつぶつと呟いているわけだが、それは「戦争」という比喩が「戦時下」のことばや思考が社会に侵入することに人を無神経にさせるからだ。例えばコロナへの医療対応を「コロナとの戦争」と比喩した瞬間、そこには「前線」と「銃後」のような構図が成立し、「#医療関係者にエールを」と呼びかけるのは正しいことなのかもしれないが、そこに「兵隊さんありがとう」に似た不穏な響きをぼくは感じてしまう。

 と、このように書き始めれば、何でも戦争に結びつけいかがなものかと言う、サヨクのいつもの手口だろうと反発する人々も少なからずいるだろう。しかし、このような「非常時」の「日常」、「銃後」の「生活」を政治が言い出すとき、碌なことにはならない。そのことはやはり歴史を振り返れば明らかなのだ。
 なるほど、かつての戦時下と違って私たちは「ステイホーム」しながら、日々の料理に工夫を凝らしインスタにあげ、この機会に断捨離を実行し、私生活を豊かなものにしようと工夫をしているではないかと言う人がおられるだろう。マスク、トイレットペーパーに続き、パンケーキ用の小麦粉が品薄となり、東京都は「こんまり」動画を配信し、家庭菜園が人気だとニュースが報じる。webでエクササイズもあれこれと配信される。飲食業の自粛に伴うフードロス問題にも熱心だ。
 その一つひとつは悪いことではない。
 しかしそれでも引っかかるのは、それらが、「咳エチケット」や「ソーシャルディスタンス」や「テレワーク」とセットになって求められている、新しい日常や生活の一部である、ということだ。私たちが「日常生活」に求める豊かさは、コロナ政策の「実践」の場になってしまっている。
 ぼくは、自分の生活、日常に公権力が入り込み、そこに「正義」が仮にあっても、それはやはり不快である。そして、その「不快である」ということ自体が言い難く、誰かがそれを言い出さないか互いに牽制しあい、「新しい日常」を生きることが自明とされる。そういう空気はきっと近衛新体制下の日常の基調にあった、と想像もする。
 ぼくはそのことがとても気持ちが悪い。
 本当に気持ち悪い。

2020年5月22日更新

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大塚 英志(おおつか えいじ)

大塚 英志

1958年生まれ。まんが原作者、批評家。神戸芸術工科大学教授、東京大学大学院情報学環特任教授を務め、現在、国際日本文化研究センター教授。まんが原作に『クウデタア<完全版>』(KADOKAWA)他多数、評論に『感情天皇論』(ちくま新書)、『少女たちの「かわいい」天皇』(角川文庫)、『感情化する社会』(太田出版)、『大政翼賛会のメディアミックス』(平凡社)、『日本がバカだから戦争に負けた』(星海社新書)、他多数。

 

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