弱き者が見殺しにされる国 -新型コロナウイルスの猛威の陰で-

第三回 孤立化する障害者たち

三月末から四月にかけて突如訪れた制限付きの生活は、仕事というルーティンを失った障害者の方たちの体調や心のバランスを大きく揺るがしました。今回、石井さんがお話を聞いた女性も、障害のある息子にとって新型コロナウイルスの理解が難しいことや、グループホームの手助けなしで生活することへの不安に直面しています。前回に引き続き、障害者福祉の現場を取材しました。ぜひご一読ください。

 第三回 障害者と就労崩壊(2)

 新型コロナウイルスによって破壊された障害者の家庭を、前回に引き続きもう一例見ていきたい。

 四月の終わり、半村京子の携帯電話が鳴った。見知らぬ番号だった。電話に出ると、男性の低い声が聞こえてきた。
「警察です。今日、息子さんがスーパーで暴れたので、警察署に連れてこられています。すぐにお越しいただけないでしょうか」
 息子の名は、一志といった。十九歳。知的障害と精神障害があり、少し前からグループホーム(共同生活援助)で支援を受けながら暮らしていた。幼い頃から情緒不安なところがあったが、最近は施設の職員の支援によって見違えるように落ち着きを取り戻していた。なぜ、そんなことになったのだろう。
「一志が、誰かを怪我させたんでしょうか」
「店員やお客さんが暴力を振るわれたようですが、幸い大きな怪我はなかったようです。ただ、店の中がかなりひどい状況になっていまして……。ひとまず警察署へお越しください」
 京子は重いため息とともに電話を切り、外出の準備をした。中学生の娘が2DKのアパートの片隅で不安げな顔をしていた。

 事件について述べる前に、一志が生まれ育った背景をたどっておきたい。
 一志誕生の十八年前、トラック運転手の父親とスナックで働く母親のもとに、京子は生まれた。父親はほとんど家に帰ってこず、小学二年生の時に離婚。母親は生活困窮の鬱憤を晴らすように、幼い京子に対して暴力をふるった。
 小学六年生になると、京子は母親への反発心から、不良の先輩たちと付き合うようになった。商業高校へ進んだ後は、夜遊びばかりでほとんど家に帰らなくなり、十七歳の時に先輩の子供を身ごもった。京子は家から出たいという一心で、高校を中退して入籍することを決めた。こうして生まれたのが、一志だった。
 京子と夫の結婚生活は、最初からうまくいかなかった。夫は建築現場で働く一方でシンナーや覚醒剤の密売をしていた。そのせいで家には常に悪い仲間が出入りし、夫も薬物等を使用している時は正体を失って京子や一志に暴力を振るった。
 一志は物心つく前くらいから情緒が不安定だった。感情をコントロールできず、発作を起こしたように暴れ回る。小学生で軽い知的障害があると診断されて以降、精神疾患の合併も見つかって入退院をくり返した。生まれつきの特性に加えて、複雑な家庭環境が重なったのが原因なのだろう。

 中学生になって体が成長した一志は、家の中で暴力を振るいはじめた。京子は離婚してシングルマザーになっていたことから、暴れる一志を一人で押さえることができず、幼い娘を抱いて友人宅や警察へ駈け込むこともしばしばだった。
 ある日、一志は通行人をいきなり凶器で切りつけたことが原因で、医療少年院に収容された。出院後、京子が引き取りを拒否したことから、一志は家にもどらず、グループホームで生活することになった。
(私が京子たちと出会ったのは、少年犯罪と精神障害について取材していたのが切っ掛けだった)
 グループホームへの入所が、一志にとっては功を奏した。日々の生活リズムができ上り、困ったことがあっても職員が一つ一つ親身になって対処してくれる。就労支援を受けて仕事をはじめてからは、やりがいを感じて、将来の夢なども口にするようになった。きっと自分を理解してくれる大人たちに囲まれ、仕事を通して大勢の人とつながれたことが大きかったのだろう。
 一年も経たないうちに、一志は職員に勧められて京子に手紙を書くようにまでなった。家庭内暴力をはたらいていた頃に比べれば、信じられないほどの変わりように、京子もただただ驚くだけだった。