宿題の認知科学

18-10+5の答えと、迷子になった選手の愛犬の謎

言語学者・広瀬友紀さんの新連載です! 小学生の息子の宿題や答案をとりあげて、「あるある」から「斜め上」の間違いまで、認知科学の知見から迫っていきます。第1回は、「国語と算数が、意外なところでつながる」というお話。

 初めまして。「宿題の認知科学」というタイトルで連載させていただくことになりました、広瀬友紀です。

 このご時世、小学校の休校が続き、小学生の宿題はイヤになるほど面倒みているよという親御さんが日本中に溢れていたことでしょう。毎日目にする子供の繰り出す珍回答から、その思考回路を想像し、はては人間の認知に思いを馳せながら、Stayhomeをちょっとでも楽しくしませんか。教育現場に携わる方々も、こうした「普通に採点したらバツ」回答を、プロ教師としての目とはちょっと違った視点から愛でてみませんか。

 では、「宿題の認知科学」ってなによ? っていう狙いを少しご説明いたします。私は普段、人間がどのように言語知識を運用してリアルタイムに文を理解するのかという、いわゆる心理言語学・文理解の研究をしています。これは大きくいえば認知科学という学問分野の一部ととらえることができるでしょう。

 認知科学とは、人間の知覚・記憶・思考などの知的機能を司るしくみに迫る研究分野で、心理学、言語学、計算機科学、芸術学などさまざまな視点からのアプローチが含まれます。

 私はかつて『ちいさい言語学者の冒険――子どもに学ぶことばの秘密』という本で、子供の「コトバの珍プレー(いわゆる間違い)」から、私たちがいかに多くを学ぶことができるのかというお話をさせていただきました。子供はいったいどのように言葉を身につけたのか。

 これはつまり私たち自身もどのように言葉を身につけたのかという問いに等しいわけですが、私たち自身は思い出すことのできない過程を子供たちとともに追体験していこうというねらいでした。上記『ちいさい言語学者の冒険』で紹介した実例の大半は、私自身の息子(3〜6歳くらいのあいだ)の数々のコトバの珍プレーでした。

 この息子も小学生となりましたが、成長するにつれ言語習得過程の珍プレーを観察する機会も少なくなって寂しくなるだろうなという期待はうれしくも裏切られました。小学校の宿題やらテストやら授業ノートなどがなんとまあ、あらゆる珍プレー(暴投含む)の宝庫だったのです。

 「母語の習得」に特化した珍プレー集ではなくなりましたが、数字、社会、書字、そしてさまざまなルールや常識に対する子供の「認知」のあり方を次々に見せてくれました。
「子供のテストの回答が面白い」的なネタは、ネット上でしばしば笑いを誘い拡散されていますし、なかには、「どうしてこれがバツなのか」という熱い議論に結びつくものもよく見られます。こうしたコンテンツが人気な理由としては、大人にとっても「その思考のあり方、わかるわ!」という共感をおおいに呼ぶからに違いありません。

 今回は、そこに私も負けじと多くのネタを投下したい!という気持ちもありますが、できればそれらのひとつひとつに、なんらかの認知科学的知見でもって、もう一歩深く迫ってみたい。身近に観察された個別の例をとっかかりにして、子供の、あるいは人間一般の心の働き、認知のしくみについてもっと知りたい、それを共有したいというのがねらいです。

 「宿題の認知科学」というタイトルではありますが、テストの回答やら作文やらいろいろ登場します(ので、いわゆる家庭学習である「宿題」のみにこだわっているわけではありません)。小学生ともなると本人のプライバシーも多少配慮する必要がありますが、幸い編集者さまの(賄賂を伴う)説得により公開許可を得られた題材を少しずつ発信していくことができそうです。どうぞお付き合いいただければ幸いです。

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