弱き者が見殺しにされる国 -新型コロナウイルスの猛威の陰で-

第四回 コロナ禍、障害者福祉の最前線

不安定な精神状態を抱えている人にとって、「日常」は決して盤石なものではありません。生活には介助や医療的ケアが欠かせませんが、濃厚な接触を伴うため、就労支援事業所でも手探りの対応が続いています。これまで「対面でしかわかりあえない」ことが前提としてあった障害者福祉の現場で、四月以降、何が起きているのでしょうか。今回は「支える側」の視点から迫ります。(6月は週2回の更新です)

 第四回 障害者と就労崩壊(3)

 これまでの連載で見てきたように、知的・精神障害のある人たちは、仕事を介して社会とつながることで精神のバランスをとっている側面がある。家族もその人が外に出ている間は、自分の時間を手に入れることができる。全員にとって就労がライフラインの一つになっているのだ。
 ところが、新型コロナウイルスによってこれが壊れたことで、一部の人々の生活が困難な状況に陥った。社会とのつながりが切れた障害者の中には病状が悪化したり、パニックを引き起こしたりする人が出てきて、それが家族をはじめとして周囲の人々の生活にも影響を及ぼすことになったのである。
 では、就労を支援する人々は、こうした状況に対していかに向き合ってきたのだろうか。

 就労支援を行う組織の中でも、緊急事態宣言が出された四月七日以降も、業務の継続を選んだところがある。神奈川県相模原市で就労継続支援A型事業を手掛けるNPO法人「ここのわ」だ。三十代を中心とした二十四人の利用者の登録があり、六割が精神障害者、三割が知的障害者だ。ペットボトルなどプラスチックのリサイクル事業を主に請け負っている。
 理事長の前田隆之は述べる。
「うちは町の中心地からかなり離れていることに加え、取引先の店が営業を継続していたので、四月以降も休業措置を取らずに、業務をつづけることにしました。利用者を動揺させたくないという気持ちもありましたね。精神障害者の中には、社会の『大変だ』という声に引っ張られて、『会社がなくなるんじゃないか』とか『給料が減って生活できなくなるんじゃないか』と悪い方向へ考えてしまうような人もいます。そういう人の場合は、これまで通りの仕事をつづけて、私たち外の人間とつながっていた方が余計なことを考えずに安定していられるんです」

 事業を継続するにあたって、感染防止対策を徹底した。取引先がマスクを製造していたり、アルコールを製造している会社が近辺にあったりしたので、そこから必要な品を必要な分だけわけてもらい、事業者内での接触も極力避けるようにした。おかげで感染が起こることなく仕事を進められたという。
 前田は述べる。
「ご家族にしても、週に何度か仕事に出てリズムを保ってほしいというのが本音でしょう。親が亡くなって独り暮らしをしている利用者もいますが、彼らは彼らで、毎日うちで出している昼食のおかげでなんとか栄養バランスを保って生活しているという事情もあります。うちに来なくなれば、それができなくなりますし、安全確認もとれなくなってしまう。そうしたことを踏まえれば、休業に踏み切るのはリスクが高いと感じます」
 こうしてみると、一律に事業を停止することが必ずしもいいわけではないことがわかるだろう。

 一方、同じ就労継続支援A型事業でも、緊急事態宣言を受けて事業の停止を決めたところがあった。第二回で紹介した「しごとも」だ。
 臼井崇晃は語る。
「うちも本心では事業をつづけたかったのですが、取引先の一つが休業したために、現実的にそれができなくなりました。ただ、その負担が利用者やご家族にかかるのは明らかですので、スタッフが利用者へ毎日のようにメールや電話で連絡を入れて様子を確認するようにしました。一種の『在宅支援』をすることにしたのです」
 日常のルーティーンを失った利用者が、自室にこもって不安を募らせるのは明らかだ。利用者の中には、スーパーに納豆が売っていないというだけで激しく動揺してしまう人もいる。そこへスタッフが連絡して、正しい情報を与えたり、困っていることがないかどうかを確かめたりしたのである。
 そんな中で四月の終わりになって寄せられるようになったのが、給与に関する問い合わせだ。臼井の言葉である。
「利用者さんの中には給与の支払いを気にしている人が多いです。テレビや新聞で休業補償が六割っていう情報が流れていますよね。それで本当に六割しかもらえないのかとか、十割にしてほしいとか、早く働きたいといった声が上がってきているんです」
 ここの利用者の平均月収は八万円ほどだ。精神障害者の場合は、障害年金を受けられないことも少なくないので、半数はこの給料がそのまま月の収入となる。親と同居している場合はまだしも、独り暮らしの人はこれだけではやっていけないので、八万円に加えて親から仕送りをもらってギリギリで暮らしている人も少なくない。だから、給料が六割になるということは、人によっては死活問題なのだ。
 臼井はこうしたことを受けて、ゴールデンウイーク明けから事業の一部再開を決めたという。
「このままの状況がつづけば、利用者さんやご家族の心にも問題が出てきます。また、せっかく就労支援の現場に事業を委託してくれていた企業との関係も悪くなってしまう。それで四月以降も行われている取引先の宅配事業については請け負いを再開し、利用者さんに少しずつもどってきてもらうことにしたのです」
 宅配事業はネット販売が伸びていることで人手が足りなくなって、新たな取引先を探している。これまでのように断りつづければ、新型コロナウイルスの騒動が収まった後、取引が難しくなることもありうる。
 とはいえ、新型コロナウイルスとは今後も長きにわたって付き合っていかなければならない。それについてどう考えているのか。
 臼井は言う。
「これまで福祉の現場はすべて対面で行っていました。利用者の見守りも、ミーティングも、仕事の支援も。対面でしかわかりえないというのが前提としてあった。それが今回の問題で少しずつ変わっていくだろうなという感覚はあります。ただ、利用者の中にはネットをうまくつかいこなせない人たちもいますので、それをどうするのかというのは新たな課題だと思います」

 障害者の就労支援の現場に光を当てた時に見えてきたのは、仕事を介して社会と結びついている障害者の生活だった。それは決して堅固なものではなく、社会変化によって簡単にほころびが生じ、利用者やその家族に多大な負担がかかることになる。
 新型コロナウイルスによって明確に示された今、そのライフラインをどうするのかをしっかりと考えていく必要があるだろう。

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