ちくま新書

仕事を円滑に行うためのコミュニケーション・マナー

7月刊『やってはいけない! 職場の作法』の「はじめに」を公開いたしました。ついやってしまう、よくないコミュニケーションに身に覚えがある方はぜひご覧ください

「仕事のコミュニケーションには、明確な目的がある。本音を聞き出すこと。確約を得ること。この二つだから、覚えておくといいよ」

 とアドバイスを受けたのは、私が二〇代後半の管理職時代、仕事で初めて悩みを抱えたときのことでした。それまで(営業担当時代)は、一方的なマシンガントークでお客様を強引に説得するというやり方で高い業績を獲得し、社内外で「伝説の営業マン」と呼ばれるくらいの存在になっていました。当時は「仕事のコミュニケーションは、相手を説得する手段である」と決めつけていました。
 一日に話す相手の大半は、新規開拓する企業の担当者です。「このサービスの魅力を手短に説明させてください。お時間は取らせません」としゃべり続けて「いかがでしょうか? ぜひともご導入を検討いただけないでしょうか?」とたたみこむような営業トークを繰り返すだけでした。そんな稚拙なコミュニケーションでも、熱心さをかわれて社内で一番の営業成績をあげることができたのです。
 皮肉なことに、この成功体験が大きな勘違いを生み出してしまったのです。営業成績がいいと、上司や同僚はちやほやしてくれます。ですので、社内でのコミュニケーションは「自分はこのように思います」と自己主張だけをしていれば十分通用する環境でした。
 さらに、マスコミから「スター営業マン」として取材を受けたり、社内表彰をされたりするのが当たり前で、「自分は仕事ができる」と自信過剰な天狗状態になる環境になってしまっていました。当然ながら、自分のコミュニケーションスタイルや職場での作法も「万全だ」と決めつけていました。このような天狗状態では、職場の同僚たちもとてもアドバイスする気にならなかったことでしょう。

 振り返れば、恥ずかしいくらいの勘違いです。ただ、私が在籍していた会社(リクルート社)では、営業成績のよい人物は上のポジションでも活躍できるはず……と思われていましたので、同期トップで管理職に昇進しました。すると、ここでコミュニケーションに関する大きな壁にぶちあたりました。信頼して任せた部下が、思うように「動いて」くれないのです。

「今月の売り上げ目標は達成できるよね」
 と確認した時に「なんとか、がんばります」と曖昧な回答をする部下がいました。この回答の意味を、私は「達成できる」であると思い込んだのです。自分が上司に同じ回答をしたときには、確実に達成していたからです。ところが、自分の部下たちは未達成に終わり、できなかった理由を言葉巧みに説明してくるだけでした。「受注の予測をしていた商談の担当者が体調を壊して、決済が間にあわなかった」とか、「競合の会社が急に大幅な値引きをしてきて対応ができなかった」とか、その理由を聞きながら、
〈言い訳は聞きたくない。あくまで結果をコミットしたはずなのに……〉
 とイライラして、「もういい、期待した自分が間違いだった」と部下のやる気を下げる発言をしていました。
 あるいは「最近、仕事がうまくいかなくて悩んでいます」と声をかけてきた部下に、三〇分にわたり持論を展開し、これで明日から活躍してくれると期待していたら「体調が悪いので休みます」……彼は、出社ができない状態になってしまったということもあります。
 さらに「これは自分が決めたことだから」と高い売り上げ目標を伝えると、「納得できません」と反抗的な態度の部下が登場するなど、たびたびのコミュニケーションギャップが起きてしまいました。当然ながら、職場の雰囲気は悪い状態になります。そして、成績も低迷していきます。「伝説の営業マン」として築き上げた信頼や周囲の評価が、ガラガラと崩れていくのが手に取るように感じられました。
 こうなると自信喪失して、仕事のすすめ方に関しても何もかも不安ばかりで、会社に出社するのが怖いくらいの感情を抱きました。そんな暗黒のような状態の時に、職場の先輩管理職からいただいたのが冒頭のアドバイスでした。おそらく、私が部下とのコミュニケーションで大きな過ちを犯していると、その人は感じたのでしょう。
 振り返れば、私は営業時代の成功体験を引きずった説得型のコミュニケーションで、部下を引っ張っていこうとしていました。でも、そのやり方は管理職としては不的確な、やってはいけないコミュニケーションスタイルであったのです。ならば、どうしたらいいだろうか? 私は、管理職として、また組織人として必要なコミュニケーション・マナーや職場の作法を学ぶ機会をつくりました。そういうテーマの本も読みましたし、初めて(?)先輩社員に自分の問題点の指摘を求めました。
 さらに会社の人事部からフィードバックされた、部下から上司への要望を改めて見返していると、
「もっと部下の話を聞いてほしい」
「消化不良のまま仕事が押し付けられると、意欲が下がる」
 というコメントを発見しました。
 自分のコミュニケーションスタイルで、改めるべき点に気付くヒントを見逃していたのです。大いに反省をして、会社が教えてくれないコミュニケーションや作法を自らの努力で磨く決意をしました。このときに学んだことが、本書を書こうと思った原点になっています。
 ちなみに、コミュニケーションのとき、相手の状態は五つの状況に分類できます。

ステップ1:まったく聞いていない
ステップ2:聞いてはいるが理解していない
ステップ3:理解した
ステップ4:納得した
ステップ5:宣言した

 暗黒時代の私は、ステップ2の状態で部下に仕事を任せられると勘違いしていました。
その理由はなぜか? 詳細は後述しますが、ステップアップするために必要なコミュニケーション・マナーを、私は知らなかったのです。ただ、このコミュニケーション・マナーは会社が教えてくれるものではありません。
 職場ではコミュニケーションをしながら成功と失敗を繰り返して、学び、覚えて、実践することを期待されています。私は営業成績がよかったため、周囲が指導するべきタイミングを見逃されてしまったのかもしれません。振り返れば、仕事向けのコミュニケーションに関しては入社当初の研修を一日受けたくらいで、それ以外に勉強する機会はありませんでした。
 さて、みなさんが私の先輩管理職であったなら、どのようにアドバイスしたでしょうか? さらに言えば、仕事で求められるコミュニケーションを、どのように説明しますか? 本書を読み始める前と後では答えが変わると思います。
まずは、冒頭であなたなりの答えを出しておき、読了したら、再び答えを考えてみてください。

 世の中のコミュニケーション・マナーや職場での作法を学べるビジネス書の大半は、汎用的な一般論です。新入社員時代に学ぶ「挨拶」とか「電話対応」といったベーシックなルールが、ずらりと紹介されています。
 私が思い出すのは「クッション言葉」です。相手に何かお願いをしたり、お断りをしたり、異論を唱える場合などに、言葉の前に添えて使用する言葉のことです。ビジネスでは様々な状況で使いますが、例えば、「書いてください」と言うより「お手数ですが、ご記入ください」と用件の前に添えるだけで、相手に対してへりくだる気持ちを伝えることができ、与える印象は格段によくなります。
 あるいは依頼を断る場合などには、「せっかくですが」「身に余るお言葉ですが」のような言葉を添えると、柔らかい印象を与えることができます。このように言葉を加えたり、表現を変えるなど、相手に対する思いやりの言葉があることでコミュニケーションは格段にスムーズになります。取引先や社内とのコミュニケーションに、効果的に活用させていただきました。振り返っても、ベーシック編は偉大で効果的な学びだったと思います。

 ただ、仕事の経験を重ねると、ベーシック編だけでは足りないものがあると感じるようになります。まさに応用編とでも言いましょうか、ひねりを加えて、コミュニケーションを駆使しなければいけない場面と遭遇するようになります。ところが、そのような応用編を会社は教えてはくれません。仕事にも慣れてきたなら、職場の暗黙の作法を理解せよ、そして自分で考えて行動せよということなのです。

 例えば、上司に対する呼び方は職場により様々です。「社内では役職で呼んではいけない」という暗黙のルールがあるのに、「さすが部長、尊敬の極みです」と言ってしまったら? 言葉としては全く間違ってはいないのですが、その発言がかえって相手に不快な思いをさせてしまうことになるでしょう。
 実際、私がリクルートに在籍していた時は、相手を役職で呼ぶことは御法度とされていました(この風習は創業オーナーの江副浩正(えぞえ ひろまさ)氏が持ち込んだもので、五〇年前の設立当時には相当に斬新であったようです)。社内外の場面にかかわらず、上司のことも全部「さん」付けです。佐藤部長なら、普段は「佐藤さん」と呼びます。しかし、この「佐藤さん」が仕事で何かしくじってしまった場合、周りからは「佐藤部長~!」と突っ込まれます。
 これは「部長なんだから、そんなミスはしないでくださいよ」「あんた、部長の仕事をしていないだろ」ということを言っているのです。つまり、ここでの「部長」というのは尊敬の表現ではなく、「部長なんだから、それくらい頼みますよ」という意味での蔑称として使われているのです。そういう会社において、普段から「部長」という呼称を使ってしまうと、相手からは「俺をバカにしているのか?」と思われてしまいます。

 ただ、そんなフランクな風習に馴れ親しんだ社員が、歴史のある名門企業に転職したらどうなるか? 当たり前に役職で呼べばいいのですが、意外に抵抗感があるものです。さらに言えば「自分くらいは役職で呼ばない方がいいかもしれない。それを個性として注目度をあげていいくらいではないか?」と気軽に考えたりします。ところが、この考え方は自分に痛い目をもたらす可能性があります。
 以前に取材した時のエピソードですが、大手財閥系不動産会社で営業担当を外資系企業から中途で初めて採用しました。その社員、Sさんが入社歓迎会で上司であるG部長から、
「無礼講だから、聞きたいことがあれば気軽に質問してくれればいい」
と言われたため、
「では、Gさんに質問です。今後はどのようなディールソース(投資先)を期待していますか?」
と、肩書きをつけずに、英語が苦手なG部長が理解できそうもない質問をしてしまいました。しかも、聞き方にも馴れ馴れしさがあふれていたそうです。G部長が怒りを押し殺して、
「そのディールソースとは、どんな意味だ」
 と質問を返しました。すると、Sさんは「そんな言葉も知らないのか?」とでもいうように肩をすくめて説明したというのです。
「G部長はSさんに相当なる悪印象を抱いたに違いない」と、歓迎会に参加した同僚たちは全員感じたようです。
 新卒採用の社員ならば、「社歴」「肩書き」「社内の人事評価」などを徐々に理解して、ヒエラルキーの中の自分のポジションを把握しながら育っていくものです。ゆえに「無礼講」と言われても、どれくらいの質問をすればいいのか承知しています。まさに、発言コードが暗黙知であるのです。
 ちなみに、SさんはG部長からろくな仕事を与えられず、半年で退社してしまいました。
 社内では、「中途採用社員は戦力にならないからやめよう」という気運が高まるきっかけになってしまったようです。
 ただ、Sさんが転職先のコミュニケーション・マナーを学び、実践する意欲があればどうであったか? 活躍の可能性は十分にあったと思います。さらに言えば、この鎖国社会のような会社に風穴を開けるきっかけになった可能性もあります。大いに残念な結果ではないでしょうか。
 このように、呼称ひとつをとっても職場によってまったく使い方が違ってくるのです。
あるいは「忌憚のない意見を言ってくれ」と言われたときには、どのように返すべきなのか。これもベーシック編にはのっていません。言葉どおりに受け止めてビシバシと指摘すべき職場もあるでしょう。ただ、大抵の職場では「当たり障りのない問題でお茶を濁す」というケースが大半です。このように、会社ごとに翻訳が必要な言葉なのです。
 なぜ、こんなことが起きるのでしょうか。
 それは、日本の会社が非常に親密な人間関係を前提に成り立っていることが多いからでしょう。オーナー系企業などはその典型です。経営幹部が親族ばかりで、こと細かなニュアンスまでお互いが勝手知る関係です。
 そこまでではなくても、親和性の強さ(学歴や面識)などで人材を採用してきたことで
「詳細な言葉」でいちいち確認せずとも、なんとなくお互いがわかり合えたりしたのです。
 そのような親和性を計るプロトコルが、応用編のコミュニケーションでは求められます。
 ちなみに親和性の強弱は、次のような特徴で分類できます。

親和性が強い会社(鎖国系):オーナー系企業、新卒採用に頼る企業
親和性が弱い会社(開国系):企業買収経験のある企業、中途採用に頼る企業

 では、外資系はどうでしょうか? 大量採用している会社なら開国系で親和性は弱いのですが、少数精鋭の会社、例えば、投資ファンドとか金融機関などは経営トップが同じ大学、同じ前職ばかりを採用して、親和性の高い会社になっているケースもあります。私の知人が勤務する投資ファンドは、全社員が東京大学卒で同じ政府系金融機関出身です。
ですので、新規採用では似たようなバックグラウンドを求めます。鎖国系の方がローカルな社内用語や「あうん」で理解しないといけない隠語が存在します。例えば、ある鎖国系の広告代理店では、
「無理しなくていい」
と上司に言われたら、「無理してでもやりきること」との指示であると理解しなければいけないということでした。まさに隠語ですね。中途採用された、それを理解していない社員が無理しないで定時退社したら、「あいつはわかっていない」と社内評価を下げることになるのでしょう。
 また、社内用語や隠語とまでいかなくても「いつもの感じでよろしく」とか、「言わなくてもわかるよね」という言葉は、言外の意味を汲み取る努力をする必要があります。
逆に開国系では、社内用語や隠語は少なく、仮にあったとしても「社内用語集」などを作成して、理解度を高める環境づくりをしている傾向があります。
 みなさんは、開国系と鎖国系でどちらが仕事をやりやすいと思われますか? 慣れれば鎖国系の方がコミュニケーションは簡単です。ただし、慣れるためには社内用語や隠語や言外の意味を理解する努力が必要です。
 開国系は慣れる努力は少ないものの、理解度を高めるためのコミュニケーションは丁寧に行う必要があります。自分なりに仕事をやりやすい環境を選べればいいのですが、それも単純にはいきません。当初は自分のやりやすい環境を選べても、会社というものは状況が変化するからです。

 例えば、新卒で入社した鎖国系の会社は居心地がよく、このコミュニケーション・マナーや、職場の作法を生涯活用したい……と思っていても、企業買収や再編などで親和性の高さが変わる環境におかれる可能性は誰にでもあります。それは間違いありません。職場環境が変わった瞬間に、それまで通用してきたコミュニケーション・マナーや、作法が変わってしまうということは、よくあります。
 この本を手に取ったみなさんは、すでにオーソドックスな職場の作法はだいたい身についていると思います。社内でうまくやっているはずなのに、なぜかしっくりとこないと感じていたり、仕事相手との意思疎通が上手にできていないのではないか、と不安に思ったりしているのではないでしょうか。ひょっとしたら、「やってはいけない」ことをしてしまっているのかもしれません。
 大事なのは、職場の実情をよく踏まえて、自分のコミュニケーションや作法のレギュレーション(規則あるいはルール)を変えていくことです。それができればおそらく、「どんな職場でも仕事ができる」「別の会社に転職してもすぐに溶け込める」「短時間で人と打ち解けられる」といった、世に言われている「ヒューマンスキル」を身につけられることになると思います。

  それは仕事をする上で、非常に重要な武器となるはずです。そのきっかけとなるものを、本書からつかんでいただければうれしく思います。気をつけるべき職場での作法、特にコミュニケーション・マナーについて自分の経験も交えてお話ししたいと思います。

 

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